第144話 最後の強者ベリアル
ミーカトの入り口に下りると、多くの冒険者達が負傷しており、ギルド職員たちが対応に追われていた。
ポーションが大量に入った木箱を、収納から取り出して床に並べていく。
周囲からは、驚きの声が出てくるがそんな物をいちいち気にしていられない。
念の為にと準備していたものだったが、残りの数を考えればミーアたちが使う分は問題はないだろう。
食料も俺が食べる分の一週間分ほどの量を置いて、今後使うことがないコテージを設置する。
「お、おい……」
俺に声をかけようとするのは、あのギルドマスターだったが、魔力糸を使って複数の剣を俺の周りに出現させる。
その剣先を向けたことで、ギルドマスターの歩みが止まる。俺としては、このまま見過ごせないが、相手をしている余裕がない。
「これだけあればなんとかなるだろう。誰も、中に入らないようにしてくれればいい」
「お前は一体何を……」
「時間がないんだ。これ以上議論するつもりなら、ここに居る全員を蹴散らしてもいいんだぞ」
俺の脅しが効いたのか、ギルドマスターは後ずさりをする。
人混みを飛び越えて、ダンジョンの中へ進んでいく。
索敵を展開すると、まだ多くの冒険者達が戦っている。
このまま放置するべきか……助けるべきか迷う所だ。
「何もしなければ、それはそれで貴族としてどうなんだろうな」
このダンジョンはそれほど大きくはないが、多少の寄り道でどれだけの時間が必要になるのかは不明だった。
しかし、索敵を展開できるだけあの場所よりもまだ楽な方だろう。
風球を作り、残っている魔物たちを倒していく。
移動するのは速いが、風球を同時に使用するとなると少々不安定になってくる。
それにこれまでと比べて、威力も上がっているから場合によっては冒険者たちに致命傷を与えかねない。
「だとするのならやっぱりこれか」
氷の大剣を作り出し、戦っている冒険者の所に向かう。
赤い魔物を背後から両断して、魔力糸を使い冒険者達を捕まえる。
暴れて喚くが、氷の大剣を向けることで黙らせる。
ダンジョンの外に戻り、魔力糸で拘束していた冒険者たちを、次々と地面に放り投げて開放する。
* * *
「ギルドマスター、アレは何なんだ!」
アレスによって連れ出された冒険者たちが、揃いも揃ってギルドマスターに詰め寄っていく。
何を伝えればいいのか、このまま沈黙をしていても埒が明かない。
「今は待機をしてくれ。さっきの奴は、ローバン公爵家のアレス・ローバン。ふてぶてしい奴だが、俺としては信頼のできる相手だ。どうか頼む」
ギルドマスターは言い寄ってくる冒険者たちに深く頭を下げると、さっきまでの威勢を無くして用意されていたテントに向かっていく。
それからというもの、アレスによって強制的にダンジョンから放り出された冒険者たちに対して、ギルドマスターが頭を下げることで、納得をしていない様子だったが、詰め寄るものは居ない。
「おわっ」
アレスがまた冒険者を数人連れて戻ってきていた。
「ギルドマスター。後何人ぐらいいるんだ?」
「残っていても数人だろう。一体何がどうなっているのか説明しろ」
「このダンジョンには、魔人というとんでもない奴がいるってだけだ。俺ですらこうなるぞ」
そう言って、隠していた左腕をひらひらと見せびらかす。
ダンジョン攻略者でありながら、何度もダンジョンに出入りをしている、アレスの強さは理解していたつもりだった。しかし、そんなアレスが負傷するほどの魔物が潜んでいることを示すものだ。
「中にいる人間はできるだけ連れ戻す。絶対、中に入れないように頼むぞ」
そう言い残し、アレスはまたダンジョンの中へ入っていく。
ギルドマスターの周りに冒険者たちが集まっている。
彼らの不満を抑えるのも、ギルドマスターとしての役割だと考え、アレスの指示通り中に入ることを禁止にする。
* * *
「四階層になると冒険者たちもまだ来ていないか……三階にいる奴らで最後ってことだな」
下りてきた階段を戻り、三階で戦っている冒険者たちを集めていく。
残っている人数は、七人。
「お前達で最後だな」
氷の大剣を冒険者達に向け、剣を向けてくる相手に対してその剣身を切り落としてから、魔力糸を使って空中に持ち上げていく。
いっそ口を塞ぎたいところなんだが、俺の戦いを見せることで黙ってくれるので最初からこうするべきだったよな。
魔物を薙ぎ払っていると、冒険者たちからは嘘だろ、冗談だろと何度聞いたかわからない。
加速すると、中には気絶をするものさえ現れる。
この程度でよくここまでこれたなと感心すら覚える。
「残りはきっとミーアたちだよな」
四階層までの冒険者を退避させ、奥まだ進んでいると思うミーアたちを探すために、奥へ進んでいく。
強者の武器を持っていることで、ここに居る魔物に対してまともに戦えているのだろうな。
「最下層まで行っていないといいんだけどな」
五階層、六階層へ辿り着き……一気に不安にかられていた。
強者の眷属は出てきているにも関わらず、残る階層とあと一つ。
ここに来るまでの間に、冒険者達を優先したことでミーアたちを危険な目に合わせただけでなく、最悪の光景が脳裏に浮かんでくる。
魔物を斬り飛ばしながら急いで最下層を目指していた。
いくらあの武器を持っているとは言え、強者の攻撃にまともに耐えられるはずもない。
ただ、ダンジョンを攻略するのと、強者と戦うとでは明確に大きな差がある。
その特殊な能力に翻弄されて、今の俺ですらこの有様だった。ベルフェゴルを倒した時の俺と比べても、レフリアたちの能力はまだ低い。
「ここだ、頼むから……まだ生きててくれよな」
最下層に辿り着いた俺の前に、ぼろぼろになった皆の姿があった。
ミーアとスミア……メアリも一緒に回復に専念し、ハルトとベールの二人だけがかろうじて立っているという状況だった。
「ハルト! 下がれ!」
俺の声に耳を傾けるハルトは、ベールを抱えてベリアルを前に背中を見せて走り出していた。
ベリアルから吐き出される火炎は、シールドによって防がれる。
「ハルト、コイツは俺に任せて、皆を一箇所に集めろ。後で結界を張る」
「わかったよ、アレス」
ハルトは俺の言うとおりに倒れている皆をミーアたちがいるところに運んでいる。
今は怪我をしているものの、まだなんとか生きている。
だけど、あのおっさんの姿だけが見えない。
ベリアルのターゲットは未だハルトを追いかけているものの、俺が前に立ちふさがりシールドによってその攻撃は無効化する。
風球で攻撃をしても思っていた通りに、ダメージが少ない。
レフリアもそうだけど……ロイとランも相当やばいな。
ミーアの魔法のおかげでなんとかなっているようなものだ。ミーアは、俺の事が気になっているようだが、どう考えても優先するのはレフリアだ。
「ミーア。レフリアに意識を集中させろ! パメラ、動けるのならベールを手伝え」
収納に残っていた、ポーションか入っている木箱を取り出してメアリがそのポーションを使用していく。
絶対に向こうへ行くなよ……レフリア。
「お前の相手は俺なんだよ!」
バーストロンドや風球を使って攻撃するも、ハルトばかりを狙っている。
炎を撒き散らし、赤いマグマのような玉をくり出したりと、何度やったところでその程度の攻撃なら俺のシールドを突破することは出来ない。
「アレス。皆を集めた」
「そうか……」
部屋全体を取り囲む分厚い氷の壁を作り出し、少しだけ時間稼ぎをする。
魔晶石を取り出し、皆の周りへと置いていく。
後ろでは、轟音が鳴り響き、ベリアルが氷の壁を壊そうとしている。
「アレス様」
「ミーア、大丈夫だ。レフリアを頼んだぞ」
結界が展開されると、ミーアの声は俺に届かなくなる。
何かを言っているが、その言葉は俺に届くはずがない。
「最後の強者。ベリアルか……お前は、そんなに強く無さそうだな」
「コロス、キサマ、コロス」
そんなベリアルの声に、俺は自然と口角が上がっていた。
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