第142話 違和感

 俺は寝ていた所を、ガドール公爵のでかい声で目が覚める。


「なんだと!? 貴様のような奴が神殿に仕える大司祭だと!?」


 一体何の話をしているんだ?

 そんな声を出すのなら、せめて部屋の外でやってくれよ。

 体を起こすと、むさ苦しい分厚い胸板を顔に押し付けられる。


「アレス! よくぞ生きて戻ってきた」


 筋肉の抱擁を、誰もが心地よいと思えるはずもないだろう。


「やめ……苦しい」


「父上。お止めください、アレス殿は大怪我をしていたのですよ」


 ヘルディによって引き剥がされたところで、ブワッと流れる涙が俺の頭上でなかったことが何よりの救いだな。

 体や腕の様子からして、思惑通りバセルトン公爵家は俺の怪我に対処してくれたようだな。

 とはいえ、無くなったモノはさすがに戻りはしないか。


 左手首は包帯が巻かれていて、動かすと鈍い痛みとともに無いことに違和感を覚えてしまう。

 そんな事はどうでもいいと言わんばかりに、俺の腹は空腹に対して猛抗議をしている。


「ヘルディ。悪いが何か食べられる物を用意できないか? 煩くてかなわん」


「はっ、仰せのままに」


 姿勢を正し、右手を胸に当て頭を下げる。

 何とも仰々しいが、それについては何も言わないことにした。部屋から出ていくのだが「うぉぉおお」と、叫びながら廊下を走っていた。

 何でそうなるんだ……さっきまでの冷静さは、何処に行ったんだ?


 それと、何時もなら堂々と構えているおっさんが何で泣きじゃくっているんだよ。

 あんなのに抱きつかれている、執事が可哀想だったが俺に来ないためにも犠牲になってもらうとしよう。




 どうやら俺は、二日ほど目が覚めなかったらしい。

 起きた時に居た司祭達の力によって、ある程度の怪我は回復しているものの、目が何で覚めないのかと騒いでいた所、俺は目が覚めた。

 なんかこう、もっと違う場面で目を覚ましたかったな。ここに居ない三人にそんな事を期待するほうがどうかしている。


「ところでアレス。お前に一体何があったというのだ? その腕は、ただ事ではあるまい」


 ようやく落ち着いたのか、普段の様子を見せている。

 俺にとってはそんな事は最早どうでもいいことだった。

 今は話をする時間でも、場所ですら無い。


 目の前に置かれた料理を前に、周囲の雑音などどうでもいい。

 収納から、二本の棒切れを取り出す。


「アレス殿? それは一体?」


 ヘルディの問いかけに答えることもなく、俺は箸を使って料理を口に運んでいく。

 あれもこれも、美味い。

 ここにある料理の数々は俺のために用意してくれている。


 左手が使えないことで、フォークだけでも食べられるようにしてくれている。ならば、ここは話をするよりも食べるというのが先決であり、何よりも重要なことだ。


「父上。アレス殿が落ち着くまで、今は待つしか無いでしょう」


「そのようだな」


 俺は食べるだけ食べて一人だけ満足していた。ガドール公爵に案内され、別の部屋にあるソファーに腰を下ろすが、自然と横になってしまう。

 それからは、数分も経たずして満腹による満足のせいか睡魔に襲われる。


「父上。アレス殿が目覚めるまで、今は待つしか無いでしょう」


「そ、そのようだな」


 俺が目が覚める頃には、辺りは暗くなっていた。

 ソファーで寝ていた気がしていたのだが……ベッドの上で目が覚める。

 一体誰がと考えるものの、ここでなら俺ぐらい余裕で持つことができる人物がいる。


「目が覚めたか?」


 運んだ張本人らしき人物から声をかけられる。


「ああ……申し訳なかった。その、何の話もせずに眠ってしまい」


 ガドール公爵の目からは、微かな殺気のようなものを感じ取り俺は頭を下げるしか無かった。

 ここが実家であったのなら、拷問のような仕打ちが待っていたのは確実だろう。


「なに、気にするようなことは何もない。お前はよくやっている、そうやすやすと頭を下げるな」


 持っていた斧を壁に立て掛けるが、なぜ完全武装を何故しているのかが理解できていない。

 以前なら、もっとゆるい格好をしていたのに、鎧をまとい索敵を展開すると、この部屋を取り囲むように兵士が配置している。


 別の何かがあるというわけでは無さそうだけど……なぜこんな事になっているんだ?


「そろそろ話をしてくれるか?」


 ラストダンジョンのことは伏せたまま、ダンジョンに向かって偶然強者と出くわした事にする。

 腕を組みながらも、俺の言い訳を真剣に聞いてくれるものだから、所々に歯切れの悪いものも出てくる。


 それにしてもアムドシアスとの戦闘に、左腕一本だけで済んだのは幸いかも知れない。

 仮に万全の体制だったのなら、こんな事にならずに済んだのかも知れないが……あの攻撃が体を貫いていたら、今こうして生きていることもなかったのかも知れないな。


「そうか。それほどまでに、魔人は強敵ということか……こんな事を言うのは間違っているのかもしれん」


 ガドール公爵は、窓の外を眺め深い溜め息を漏らす。


「一つの街が滅びるよりも、お前が死ぬことのほうがより大きな被害をもたらす。これから先、同じようなことになりそうであれば、逃げることを考えろ」


 そんな事を公爵家の者、ましてや当主が言うものではないだろう。

 ガドール公爵は、俺の存在を失ったことによる損害と、今生きている人たちを天秤にかけた。


 貴族は民を守るために存在している。


 父上から何度も強く言われた。

 俺だからではなく、俺も貴族の端くれとしてそうあるべきと教えられた。

 今の言葉は、それを覆す。


「それは無理な話だ。俺を認めてくれるのはありがたいが……ローバン公爵家のアレス・ローバンとして、その考えに賛同できない」


 俺の言葉に、そう言われるのが分かっていたのかため息を漏らすと口角を上げニヤリと笑う。


「さすが、アークの息子なだけはあるな」


 カドール公爵は、俺の肩を軽く叩いて、部屋から出ていった。

 

 残る強者はあと一体。

 最強の強者を倒した今。残る強者に対して、逃げるつもりはない。


 その後に残る、ラスボスを倒せることができれば、俺はまともな生活が遅れるのだろうか?

 俺は綺麗に畳まれている、自分の服を手に取る。

 片手だとこういう時はかなり苦労するな。


「さてと……行くか」


 レーヴァテインを持ち、窓を開ける。

 夜の風が部屋に入り込み、不思議と心地よさを感じていた。


「アレス殿!」


「ヘルディか……色々と世話になったな。俺はこれからローバンに戻る」


「お止めください。まだお体も治っていないというのに」


 そんな事を言われても、俺の体からは特別おかしな所は感じない。

 ただ引き止めたいだけなんだろう。

 俺はやるべきことが残っている……いつまでもここにいるわけには行かない。


「大丈夫だ」


 窓から飛び出し、上空に向けて高度を上げていく、何かを叫んでいたへルディの声が届かなり、夜空を眺めていた。

 それにしても不思議な感覚だ。


 三日振りの外だからか?

 それとも、達成感によるものだろうか?


「風が気持ちいいな」


 いつまでもこんな事をしている場合じゃない。

 さて……と、ハルトにこの武器を渡しておかないとな。

 エアシールドを展開して、空を駆け抜けていく。


 俺が作った街道を進み、夜だと言うのに何台かの馬車が街に向かって進んでいた。

 街灯でもあればもっといいのだろうけど……そこまでの余裕は流石にないよな。

 

 ローバン家に戻りハルトを探す。

 索敵を展開すると似たような反応があった。窓の外から覗き込み、中を確認するとハルトは一人で筋トレをしていた。

 軽く窓を叩くと、俺に気がついた。


「アレス?」


 ハルトが窓を開けると、俺は持っていた剣を床に投げ捨てる。

 布でくるまれているが柄の大きさから、それが何なのかを理解していたようだった。

 俺に視線を戻し、何時になく真剣な表情をしていた。


「何をしているの? そんな所に居ないで、入ってくれば? ここは君の家なんだよ」


「これをお前に渡しに来ただけだ。お前なら使いこなせるだろ?」


 そう言い放ちハルトは窓から身を乗り出して俺を捕まえようとする。

 その手は、展開されたシールドによって弾かれる。俺はその場からゆっくりと離れていく。

 ハルトが大きな声で俺の名前を叫んでいる。誰かに気づかれる前に、俺はハルトに手を振る。


「また、後でな」


 聞こえないはずの言葉を投げかけ、空に向かって飛び立つ。


 残る強者はあと一体。


 しかし、残された日数はもう半年しかない。

 最早のんびりとしていられる時間は無くなっていた。

 ここに来るまでの間、何度試しても、左腕から魔法を使うことはできない。

 

 アムドシアスの戦いによって受けたハンデは、これまでの余裕は全て無くなってしまう。

 今の体に慣れるためにも、ダンジョンを攻略しつつ最後の強者を倒す必要があった。


「後、少しだ……」

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