第116話 婚約者はアレスよりも強い

 三人に連れられ、別室にある長椅子に座らされる。

 パメラとメアリは隣へ座り、腕を力強く掴まれ離すつもりはないようだ。

 ミーアは俺の前に立つが、何かをするわけもなくただ見下ろしている。

 右へ左へと顔を動かしていると、隣りにいる二人に両頬を手で押さえられて上を向かせようとする。


「お、おい……」


 ミーアは相変わらず無表情の俺を見ていた。

 確かにそう褒められたことではなかったにしろ、それでも子供たちを助けたことに変わりはないだろ?

 どういうことなんだ?


「ミーア? メアリにパメラも……何なんだよ」


 俺の問いかけに何も答えるつもりはないのか返答が返って来ない。

 ここで俺が怒るのは筋違いなんだろう。

 それとも一緒にダンジョンに行けないことなのか?

 その他にもなにか理由が……と、思い返しても何も思いつくことはない。


「そうだ、パメラ! 婚約受け入れてくれて嬉しかったぞ」


 話題を変えようとしてみたが、パメラが腕を掴む手に力が入るだけで答えようともしない。

 なんなんだよ、お前ら何時打ち合わせをしていたんだ?


「め、メアリは、さっきの魔法もすごかったが、上手く使えるようになったみたいだな」


 なんて言っていたら、頬を抓られてしまう。パメラも同じように頬を抓られてしまい、これは選択ミスということなのか?

 目の前に立っているのがミーアで、二人は顔を伏せている。


「ミーア……ええっと。その、会いたかったぞ?」


 ミーアは少しだけ顎を引くだけだった。

 お世辞か? 可愛いとか綺麗とかそういうのを言えば良いのか?

 ここで失敗をすれば二人から、多分殴られかねない。


「もちろん、パメラやメアリもだぞ」


 これでもだめなのか?

 だいたい何をそんなに怒っていると言うんだ?

 あれか……アスタロトでの戦いで結構な怪我をしていることか?


「本当に訳がわからないんだが、それとも、きょ……魔人との戦いで怪我をしていることが原因か?」


「魔人? 魔人と戦ったのですか?」


 ミーアは、制服のボタンを外していき、包帯で巻かれている体をみて涙を流し始めた。

 パメラが上着を取り、メアリは部屋から出て行った。

 俺の体は回復魔法の光りに包まれると、少しだけ痛みが引いていく。


「ありがとうな。ミーア」


 パメラは上着を細かく凝視をしている。

 何をやっているんだ?

 さっぱり分けが分からん。


「いかがでしょうか?」


「少しは楽になっているよ。わざわざ悪いな」


「私にはこの程度しかできませんから……一つお聞きしてもいいですか?」


 隣に座り、頭を胸に預けている。

 それだけで鼓動は当然早くなり、あの時の夜が思い返される。


「何をだ?」


「この包帯どなたが?」


「包帯? ああ、多分宿屋の人か、それとも拾ってくれたあのおっさんか?」


 そう言えば誰が手当をしてくれたのかはわからない。お金も置いてきたことだし、それで納得してもらうしか無いだろう。


「ああ!! やっぱり! ほら、ここの所。直してある!」


 そう言って、パメラはミーアを見せつけている。何をやっているのかと思えば、破れていたところを探していたのかよ。

 そのぐらいサービスなんじゃないのか?

 

「アレス様、正直にお答えください」


「な、何をだ?」


「その助けて頂いた方と、宿の方以外に交流を持たれたような方は居られますか?」


 交流?

 ミーアの言葉の意図は何なんだ?

 あの冒険者たちのこと? ビキニアーマーのおっさんか?

 いや、それ以外ってことだから……。


「ああ。それなら、あの子供たちだな。たまたま立ち寄ったダンジョンで知り合ったって。さっき聞いただろ?」


「パメラはどう思われますか?」


「うん。大丈夫だと思う」


 何が?

 どういう事を聞きたかったと言うんだ?

 魔人との怪我も特に何も聞かれない。かなり治っているから、それほど問題はないだろ?


「一体さっきのは何だったんだ?」


「あの子達が仲睦まじくてよかったですよ」


「そうですね。あの子達で本当に良かったです」


「お前ら俺の話を聞いているか?」


 二人は、ホッとしたのか胸を撫で下ろしている。

 そんな中メアリが、お湯の入ったボウルとタオルを持ってきた。

 そういうことか、本当に気が利くよなメアリは……。


「ありがとうな、メアリ」


「いえ、ミーア様。変えの包帯をご用意頂けますか?」


「それなら大丈夫だろ。さっき回復魔法を掛けてくれたからさ」


「それでは包帯を取りますので、背中を向けてもらえますか?」


 言われた通りに背中を向けると、綺麗に包帯を巻き取っている。

 完全に傷がなくなっているわけじゃないが、ミーアの魔法は上達しているようだな。

 あれから十日は経っているんだっけか?

 ただ、自分にかけようとして上手くいかなかったのはなんでなんだろうな?


「ミーア様。もう一度お願いをします」


「わかりました」


 背中に傷が残っているのだろう。見えていない傷を治すよりも、見えていた方が魔法をかけやすいのか?

 パメラは俺のワンパックが気になるらしい。

 両手を腰に当て、大きく胸を張るが、パメラは首を傾げるだけだった。

 それにしてもだ……お前らは少しぐらい、恥じらいというものがないのか?

 俺の居た世界だと、お巡りさんが駆け付けてくる事案だぞ?


「ふぅ」


「お疲れさまです。これでしたら包帯は必要無さそうですわ。さすがミーア様です」


「そういや、スミアって女の子だけど。アイツも使えるんだよ回復魔法」


 ミーアに比べると、かなり低いとは思う。

 それでも、こういう事にでもなれば、やっぱり回復魔法は必要だな。

 これだけ効果があるのなら、人数さえいればある程度のことなら、なんとかなりそうだな。


「まさかとは思いますが、アレス様は受けられたのですか?」


「回復魔法をか? いや、俺が怪我をしている事自体、多分気がついてないだろうな。それじゃ、俺はそろそろ父上の所に……」


 パメラが持っている服を奪い取り、ミーアの回復魔法とメアリが体を拭いてくれたことで、体は随分と軽くなった気がした。

 しかし、袖を通そうにもミーアにしがみつかれ、メアリの表情は険しいものへと変わっていく。


「何を仰っているのか分かりません」


「そうですよ。婚約者三人を置いて何処へ行くんですか?」


「お前ら……」


 メアリはこの二人とは違い。何処か一歩後ろに下がっているようだな。

 今のパメラはこれぐらい奥ゆかしさを持ってもらいたいものだ。


「これから、お帰りになられるのですね。それでは、わたくしの方からは後ほどお兄様に一報送らせて頂きますわ」


 あ、兄上に一報だと?

 さっきの魔法と言い、怖い、メアリが一番怖い……こいつは俺の苦手な所を確実に攻撃してくるタイプだ。

 これならパメラのほうが何倍もマシだな。


「ま、まて……それは色々と問題になりかねない」


「そうでしょうか? わたくしに、いえ、わたくし達に愛の言葉の一つも囁かれず、枕を濡らす毎日です……と」


 ええっと。そんな事本気で書くつもりなの?

 俺の性格を知っている兄上のことだから、気にするなってことにならない?

 でもなんでだろうな、それを見た兄上の鬼のような形相しか想像できないのは。


「私のために色々としてくれたのに、何も言ってくれないんですね」


 パメラさん、この流れに乗ってこないでくれよ。

 お前がそんな事を言ったら……。


「アレス様。私はいつまでもアレス様と一緒に居たいのです。これは、わがままになるのですか?」


 俺だってできることならずっと一緒にいたいさ。

 もし、平穏な世界があるのならそんな生活も楽しいだろう。

 そうならない現実も確かに存在している。


「そもそも、アレスさんは、明日のこと忘れていないよね?」


「明日?」


 オウム返しのように言葉を漏らしてしまう。

 俺は三人の力によって、長椅子へと座らされる。

 ニコニコと笑っているにも関わらず、どうしてか……怒っているようにしか見えない。


「私達との約束、もう忘れたのですか?」


「わたくし達を不安にさせたバツですわ」


「アレス様は勿論覚えておりますよね?」


 ズイっと顔を近づけてくる三人の顔に……俺はその約束というものが何だったのかをようやく思い出す。


「あっ」

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