第115話 アレスの悪行

 門を通り、見慣れた屋敷へと向かう。

 四人はキョロキョロと辺りを見渡している。貴族の屋敷に来るなんてまず無いだろうから、気になるのも当然だよな。

 仮に走り回ったとしても別にいいのだが……いくら子供とは言え、そういうのに遠慮してしまうのだろうな。


「あら? アレス君?」


 俺はその声に、体が自然と強張る。

 庭の花壇から顔を覗かせている。以前と同じように姉上様が花を見ているようだった。

 げっ、と言いそうになったのをなんとか飲み込む。


「姉上様……えっと、父上は?」


「まずはただいまでしょ?」


 子供たちは揃いも揃って、俺の後ろに隠れている。お前達にも分かるんだな、あの笑顔の裏にある邪悪なものを……。


「ただいま姉上様。それで? 父上は?」


「はぁ。おかえりなさい。お父様でしたら執務室にいらっしゃいますよ。そんなことよりも、その子達は?」


 四人のことを軽く紹介して、中へ入るが珍しくホールには誰の姿もなかった。

 どういう事だ? 索敵を展開していくとミーアたちだけでなく兄上も居ないようだった。


 父上は執務室だけど……それに、こんなにも使用人が居ないんだ?

 普段であればもっといるはずなのに、何かあったのだろうか?

 気になりつつも、執務室の扉をノックする。


「アレスです」


「いいよ。入りなさい」


 あれ?

 なんだかすごく嫌な笑い方をしているのだけど……今思えばかなりおかしいぞ?

 ヘーバイン公爵が来ているというのなら、魔力量の大きさからしてすぐに存在は分かるようなものだよな?

 分かっていたことだけどここには父上だけしか居ない。

 だとするのなら、町にでも行っているということなのか?


 そんなことよりも、俺がここに来るとしても問題はないはず。それなのに、あの父上の様子からして、多分怒っているようにも見える。

 この子達と一緒だから……ってわけでもないか、最初からああだったし。

 俺の体の大きさからして、子供たちの姿は見えにくい。それなのに、父上は俺に対して普段見せない顔をしていた。


「お前ら……俺の父上、アーク・ローバンだ。挨拶をしてくれ」


「おや、その子達は?」


 子供たちを中へ入れると、父上の表情は一変する。あのベールですら背筋を伸ばしている。相当緊張しているようだな。

 父上の表情は柔らかく、子供たちの言葉にちゃんと受け答えをしていた。

 さっきのは気のせいだろうか?


「うん、元気があっていいね。でも、少し汚れているようだね。ちょっとだけ、待っててくれるかな」


 ベルを鳴らし、やってきたメイドに子供たちを預け、部屋から出て行ったところで父上は俺の両肩をがっしりと掴まれた。

 その場で座れと言わんばかりに、下へと力を込められる。

 やっぱりかと、俺は抵抗することもなく正座をした。

 しかしだ、俺には秘訣があるのだから、父上だってそう簡単に怒ることはないだろう。


「アレス。なぜ君がここにいて、あの子達は一体どうしたのかな?」


 これまでの経緯を説明していくのだけど、父上も本棚にある辞書を取り出し、俺の頭の上でポンポンと軽く叩いていた。


「ほら、続けるんだ」


 もはや父上が持っているのは、本ではなく打撃系の武器だ。俺はそう確信をして、あの宿屋の一件もかなり誤魔化しつつ話していると、鋭い衝撃がゴンと音を立てて脳天を直撃する。

 本の背で殴りつけるとか、何を考えているんだよ!

 痛みに頭を抑えながらのたうち回る。

 馬鹿じゃねぇの……少しぐらい加減してくれよ。


「ほら、早く続きを言いなさい」


 転がる俺を踏みつけ、父上は手に持っている本を高々に上げている。

 痛みに耐えつつ、姿勢を正す。


「ううっ。理不尽すぎる」


 父上は顔色一つ変えずに、あの極悪な辞書を手放さない。

 あんなので叩かれて平然としていられるはずないだろう?

 結局説教は、子供たちが湯浴みを済ませ、そして食事を終えるまで続いていた。

 たった一撃だったが、未だ頭が痛い……。


「それで? あの子達はどうするつもりなんだい?」


 一度こっちに戻ってきた子供たちは、今は姉上様が面倒を見てくれている。

 余計なことを教えていないといいのだけど……。


 あの凶器は本棚にようやく戻されると、俺も拷問から開放される。

 だからと言って、勝手に椅子に座ろうものなら何をされるかわからない。


「あのままダンジョンへ行かせていたら確実に死ぬことになる。せめて一年ぐらいは訓練を積む必要があると、思います」


「つまり君のように、させるという事かな?」


 俺と同じことができる奴が居たら、それはそれでびっくりだと思う。

 ここがゲームじゃなければ、俺もそんな事をしないまま学園に行っていただろう。

 学園でそれなりに頑張っていたかも知れない。


 なんとか死なないよう努力していただろう。

 だけど、あの子らにそんな余裕はない。まだ幼い子を助けるために、自分の力量も測れず、簡単に息絶える。


「ここ数日、子供たちといて考えたことがあります」


「いいよ、言ってごらん?」


 この話は、俺にとって何も関係がないことだ。

 ミーアを救うきっかけにならない。

 俺にとっても、ローバン公爵家にもメリットはなく、膨大な出費だけがかさむだけ。

 しかし、今後を見据えた場合、恐らく必要なことだと思う。



   * * *



「こんな事をしていて、僕たちはアレスに追いつけるのかな?」


「アレスさんはかなり規格外な所もありますからね。追いつくこと自体難しいですね」


 レフリアたちは、今後のことについて話し合っていた。

 いくら魔物を倒し続けてもアレスと共に戦える気がしない。

 下級ダンジョンすら攻略することも出来ず、一方アレスは単身で幾つものダンジョンを攻略しいる。

 その快進撃は留まることを知らず、つい数日前にはヘーバイン領にある二個目のダンジョンを攻略したと情報が入ってきた。


「アレスには悪いけど、私達には荷が重いわよ」


「お役に立てるのであれば、気持ちも変わってくるのですが……」


 レフリアたちもゆっくりではあるが、強くなっている。

 パメラが完全復活したことで、あの頃とは違い下級のダンジョンもアレス無しで、四階層まで進むことが出来ていた。


 それにクーバルの助力もあり、ミーアとレフリア以外の武器は新しい物を与えられた。

 そのため、主力だったハルトの攻撃力は飛躍的に向上し、防具もより強固な物に変わる。ある意味装備のおかげとも言える。


 だからこそ、皆は落胆してしまったのだ。


 それはというのも、アレスの装備はどこからどう見ても貧弱。そもそも装備の強さに拘ることを考えていない。

 ミーアたちに渡された武器は、当時からすればどれも貴重だった。今になって、なぜアレスは自分の分を用意していなかったのかを思い知らされる。


「アレスは今頃何をしているのかな?」


「どうせ、別のダンジョンにでも居るんじゃないの?」


「アレス様……」


 レフリアたちは、ミーアの実家であるシルラーン家に滞在している。

 昨日帰ってきたばかりだが、疲労というよりも落胆に打ちひしがれていた。


 そんな時、勢いよく扉が開きロイ達がぞろぞろ中へと入って来た。

 レフリアたちは慌てて立ち上がり、ハルトは武器を手に取っていた。


「よぅ、久しぶりで良いのか?」


 驚かせておきながら、何も悪びれる様子を見せないアレスの姿。

 そんなことよりも、目の前にいるアレスにミーアは抱きついていた。

 メアリはパメラの手を掴み首を振った。パメラは一度目を伏せて二人を見守っていた。

 久しぶりに見せる、ミーアの姿に二人は湧き上がる気持ちをぐっと堪えていた。




「ミーア。元気そうだな、無事で良かった」


 俺は頭を何度か撫でて、ミーアを抱きかかえ椅子に降ろした。

 これの何が気に入らないのか、服の裾を捕まれ離そうともしない。


「ところでさ、その子達は何なの?」


「良い質問だな。聞いて驚け、コイツラは俺の隠し子だ……待て待て、分かるだろ冗談ぐらい。どう考えても分かるだろ?」


 ミーアはお腹の肉を掴み、レフリアは剣を抜き、パメラは矛先を首筋に当てている。

 そんな女性陣による鬼の形相を前に、子供たちは怯えだし、ガタガタと震えていた。


「アレス様。そのような冗談、笑えませんわよ?」


 うん、そうだね。

 というか、それもかなり笑えないぞ? とりあえず、その魔法は消そうか……メアリ。

 俺を本気で焼くつもりなのか?


 レフリアの一撃だけでなんとか許してくれたものの、即座に殺しにかかるとか普通に考えておかしいよな?

 どう見ても分かる話じゃないのか?


 子供たちに自己紹介をさせたのだか、俺のセンスのない冗談のせいで、緊張は解れるどころがかなり悪い状態になっていた。

 俺に対してかなり打ち解けていたのに、今はさっきの恐怖で顔面蒼白。

 この状況で納得してくれるのだろうか?


「俺が悪かった。頼むから機嫌をなおしてくれ」


「自業自得ね」


 俺は三人に謝り続けた。パメラの余計な一言を言ってからというもの、今度はその条件を飲むことで許してくれたのだった。

 あの時に比べて元気になったのは嬉しいけど、ちょっと行き過ぎていないか?

 まあ、辛そうにしていたときに比べたら、これでいいのか?

 そう疑問に思うのは、これまでとは違いかなり積極的すぎる。


「もういいから、さっさと話を進めて。私達にアンタたちの痴話喧嘩を見せないでよ」


「はいはい。話を進めればいいんだろ?」


 俺が父上に話した事を子供たちを交えて話す。

 このローバン領に、新しく冒険者の養成学校を作る計画。

 基盤すら何もないので、今はレフリアたちと一緒にダンジョンへ向い、実戦を交えつつ訓練をするというものだ。

 もしもの場合や、数多くの魔物が出現した場合は、全員で対処する。

 二重パーティーによる養育という話だ。


「あのねぇ。私達の強さならアンタが一番良く分かっているでしょ?」


「それでは、私達はアレス様と別行動というわけですか?」


 俺が皆を巻き込んだにもかかわらず、こんな事を言うのだから反発も当然だろう。

 だけど、あの時にこの子供たちがミーアたちと重なって見えた。


 今まで選んできたことは、どれも間違いだらけで、何も成功していない。

 付き合わせたのは申し訳ないが、俺の知らない所でお前達が危険な目に合うのは避けたい。

 その逃げ道ではないけど……。


 強者との戦いは、二回ともギリギリの戦いで、やっぱり今からミーア達を連れて行くことは自殺行為に等しい。

 その様子からしても、この中で一番納得していないのがミーアだ。


「そういうことになる。俺はダンジョンを攻略するつもりだけど、それでも新しい物は出てくるだろう」


 消しても消しても、ダンジョンは出現するため、一向に終わりというものが見えない。

 この世界に攻略者を名乗れるのは俺だけで、暴走させないために冒険者が居る。

 しかし、進行はかなりゆっくりだけど、俺達人間の方がどんどん不利になっている。

 ロンダリアのような者がいたり、ヘーバインのように上位の魔物が居れば対処にすら手こずる。


 ラカトリア学園にいる生徒達の弱さも目立っている。ゲームでは一切描写はなかった話だ。

 そして、公爵家当主であるあの三人だとしても、強者を倒すことは出来なかっただろう。

 全ての貴族を強者にぶつけたとして、その後どれだけの被害が及ぶかもわからない。

 そんなことをすれば国が傾く。


「俺にできることは少ない。魔人の情報を集めつつ、この子らを育てて欲しい。それがきっとこの先役に立つことなんだと思う」


「アレス様のできることは、わたくし達に比べ多いとは思いますわ。ですが、アレス様のような方がこの子達の世話となると、難しいですわね」


 そんなことをスッパリと言われるが、俺がどれだけコイツラの世話をしてきたと思っている?

 何も知らないのに、そこまで言われると流石に腹が立つ。


「失礼な。ここに来る間もちゃんと鍛えていたんだぞ。そうだよな、ロイ」


 しかし、ロイは俺と目を合わそうとはしない。

 他の三人も俺と目が合うと気まずそうに視線をそらしている。

 何故だ? 少しきついとは思うけど……兄上に比べたらあの程度かなり優しい方だぞ?


「アンタは何をやったのよ。普通ここまで嫌われないわよ」


「い、いえ、私達は別に嫌いにはなっていないです。でも、かごが……」


「かご? どんな訓練をしていたのかな?」


 何その優しい声は……お前は本当にレフリアなのか?

 ミーアが裾を引っ張り、訝しげな顔を見せていた。あのハルトさえも、俺をジトリと見ている。

 ぽつりぽつりとこれまでのことを話すラン。


 俺の特訓だけにとどまらず、ポーションの件までもが隠されること無く語られていた。

 俺の両脇は、パメラとメアリに取り囲まれている。

 ちょっと待ってくれないか? お前らなんで武器を持ったままなんだ?


「そっかそっか。大変だったね……ミーア。連行しなさい」


「ちょっと待て、横暴だろうが! お前達、さっきから黙って聞いていれば、随分と俺を悪く言ってくれたな!」


「三人とも頼んだわよ」


 腕を捕まれ、部屋から追い出されるのだが、ベールの野郎あとで覚えていろよ。

 しかし、睨みつけようとした所で、ミーアは顔を近づけ視線を遮り、扉が閉まった。

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