第114話 子供たちとアレス

 俺はロイ達を引き連れて、ローバンの屋敷へ向かっていた。

 ロイたちが世話になっていた孤児院には、ある程度の寄付をして少しばかり離れることを伝えた。


『ローバン様。何卒よろしくお願い致します』


『ああ、何も問題はない。これまでよく頑張ってくれたな。それと、公爵家として力が及ばす申し訳なかった』


 孤児院に手厚い支援なんてものはほぼ無い。

 先に居た子供が大きくなり、色んな仕事の手伝いをしてお金を集めていた。

 気前のいい冒険者達が、お金を置いていくこともあるが……毎度そんな事をしている余裕もない。


「孤児の問題をどうするかという話を、あの子達に背負わせるのも気の毒だな」


 今の環境を改善するために、貴族連中に働きかけ支援をさせた所で……現状はある程度は解決をするだろう。

 だけど、孤児が大きくなっても任させれる仕事は少ない。だから貰える給料は少なく、冒険者になるにしても装備にそれなりの金は必要だ。


 ロイたちが持っていた武器は、町に居た冒険者が置いて行ったもので古くてもう使い物にならない。そんな装備だった。

 今はダンジョンに行く予定はないので、装備を買ってはいない。


 ローバンへ向かうのに数日もあれば着くだろうから。

 俺たちはのんびりとした足取りで進んでいた。


「はぁはぁ……くっそ!」


「くっ……はぁはぁ」


「ロイ! 立ち止まるな、置いて行かれちまうぞ!」


 もちろん、ただ歩かせるなんてことはしない。

 街で大きめのかごを買い、その中は近くにあった石を入れベールとロイに背負わせている。

 汗だくになりながらも、弱音を吐くこともなく付いてきている。


「だけど……僕はもう」


「分かった、ゆっくりでいいから付いてこい。俺がアイツんとこに行って、休憩にしてもらってくるから」


 ベールは口が悪い。だけど仲間思いの良いやつだな。

 ロイもベールに励まされ、下ろしたい荷物を手放すことはない。

 女の子はと言うと、重りをつけないがただ走らせている。

 これはこれで過酷なもので、俺の前後を行ったり来たりさせている。

 もう少しペースを上げれば早く着くのだけど、ロイ達が遅いのでそうもいかない。


「はぁはぁ」


「ベール。よく頑張ったな、お前はすごいよ。そろそろ休憩にするか?」


「やっとか」


 速度を落としていた俺にベールが追いついている。話は聞こえていたから、ベールの頭に手を置くと、そのまま腰を下ろしていた。

 ロイは必死になって俺の所まで来て腰を下ろし、スミアやランも立ち止まって息を整えようとしていた。


「おいおい、お前らちょっと待て、俺は休憩するか? と言ったが、誰も休憩をしていいとは言ってないぞ?」


「嘘だろ……」


「ベール。お前の勘違いだぞ?」


「いや、だって、アレス様があんな事を言うから」


「後十五分頑張るか、飯抜きどっちがいいんだ?」


 ベールからは、悪魔だの何だのと言われるが、ロイがベールを叱りつけていた。

 ランには睨まれ、スミアからも少し怒られている。

 なんというか……何処かの誰かさんに若干似ている気がしたのは気のせいだろう。


「後五分だ。それで休憩にする」


 そう言うと二人は、力を振り絞りなんとか立ち上がって歩みを進めている。

 半端に休憩をしたせいなのか、さっきより少しふらついている。

 あのまま倒れられても困るので、女の子たちを呼び、二人にはかごを下から支えるように指示をした。

 当然あまり効果もないが、二人共格好の悪いことは出来ない。


「それじゃ、休憩にするか」


「こんどは、嘘じゃないですよね?」


 やれやれ、早々に疑うなよ。


「そうか……スミアはそんな事を言う子じゃないと思っていたんだが」


 なんて言うものじゃなかったなと……後になって後悔する。


「じょ、冗談だ。いや、本当に休憩にするから、ほ、ほら。おやつだってあるんだぞ?」


「本当に?」


「いや、本当に悪かった」


 俺が腰を下ろして、簡単な食事の準備を始めると四人はようやく腰を下ろした。

 おいおい、スミアさん? 今のは嘘泣きじゃないよね?

 美味しそうにカップケーキを食べているが……嘘泣きじゃないよな?


 少し重すぎたのか、二人は肩を擦っている。

 初日にしては少しハードだったか?

 今のうちに鍛えておいて損はないと思うけどな。


 果物を並べ、コップに入れていた水を凍らせる。

 その二つを風魔法を使いミキサーのように細かくしていく。果物の絞り汁をコップへと入れてから砕いた氷と、少しだけ水を足していく。


「すごい……」


「それは何なんだ?」


「味の保証はないが、飲んでみてくれ」


 試しに飲んでみるのだが……やっぱり薄い。そりゃ水を足しているからこうなるのは当然だ。 こういうのってどうやって作るんだ?

 炭酸でもあれば良いのか?


 俺と比べて、子供たちにはなかなか好評だな。

 少し寒いとは言え、あれだけの事をしていたら冷たいものが欲しいよな。


「うめー。おかわり」


「ちょっと、ベール。アレス様に失礼だよ」


「ロイ、別にそんな事は気にしない。それとも……作るのは一つで良いのか?」


 正直でよろしい。

 二杯目を作り終えて、食事を済ませると皆はウトウトし始めていた。


「そのままだと風邪を引くから、寝袋を持ってテントに入れ」


 目をこすりながら、テントの中へ素直に入っていく。

 こういう時だけはアイツは素直だよな。


「こういうのも悪くはないな」


 三時間ほどが経過するも、誰も起きてくる様子はない。

 よほど疲れたみたいだな。

 夜になればかなり冷える。それ今日は月明かりがないから、このまま進むよりは寝かせておけば良いだろう。


「あれ? 真っ暗じゃん」


「そうだな。あ、晩飯はもう終わったから」


「はぁぁぁああ!?」


 ベールはテントから勢いよく飛び出してきた。

 使い終わった食器を、水魔法を使いながらランが洗っている。

 スミアは木にもたれて、お腹を擦っている。

 ロイは食後のお茶を飲んでいて、皆は既に食事を終えている。


「なぁ、アレス様……嘘だよな? ロイ?」


 ロイは視線を反らし、同様にスミアもランも視線を落としていた。


「そんな所に突っ立っていないで、こっちに来いよ」


 手招きに従うがその足取りはかなり重い。

 まあ、コイツの反応は本当に面白いな。


「ほれ、お前の分だ。ちゃんと食えよ?」


「何だよ! もう、何なんだよ!」


 文句を言いつつも、泣きながら用意していた食事を食べていた。

 ロイは、「程々にしてくださいよ」と言われ、スミアからは無言の眼差し。

 誰もベールの分は無いとは言っていないだろ?


 俺のいたずらはランから散々と怒られ、その後ろには俺を挑発するベール。

 当然それをランが叱り飛ばしていた。


「そうだ。ラン、スミア。ちょっとこっちに来い」


「なんですか?」


 はっきり言ってこの歳の子供たちが、何に興味があるのかは知らない。

 ただ、露店にあった物を二人が見ていたというだけ。


「こっちはスミア、こっちはランだ」


「え? あ、あの……」


「スミア、お礼お礼。ありがとうございます」


「はい、ありがとうございます」


 ただの髪留め。

 花がついているだけの、安物だ。やっぱり女の子というだけあってか、こういう物には目が行ってしまうのだろう。


「おーい、少年たちよ。どうだ?」


「何がだよ?」


「何か御用ですか?」


 お前たちは本当に期待というものを裏切らない。

 さっきまで二人は、渡した髪留めに付け合ったりしていて楽しそうにしていたが、男連中には理解できない。

 俺も人のことを言えた義理じゃないが……。


「ランさんとスミアさんや。この二人にはどんな罰がいいかのぅ?」


 そう言って、二人に意見を求めるのだが……二人共俺の方へ向き、スミアが左、ランが右の頬を抓っている。

 まてまて、何で俺なんだ?


「ぉ、おい」


 なんか二人が怒っている?

 さっきまで楽しそうにしていたよね?

 何が気に入らないんだ!?


 女の子ってやっぱり複雑なんだな。


 それからは、体をほぐすためにストレッチをして、腕立てやスクワットと言った筋トレを少しだけやってから寝ることにした。


 朝になり、太陽の光で目を覚ます。

 俺はかごの中に入れていた石を減らしていく。

 さすがにこの重さはやりすぎだよな。


「それじゃそろそろ行くか」


「おう。これぐらい楽勝だぜ」


 半分まで減ったかごを見て、ベールはかなり喜んでいた。

 ロイもかごを背負い重さを確かめている。


「これだとさっきより軽くて丁度いいね」


「何やっているんだ? そのかごは、ランとスミアだ。昨日の逆だぞ?」


 二人は顔を見合わせている。

 歩くペースが早くなったと勘違いをしていたようだけど、誰がそんな事をさせるかよ。

 この程度で音を上げるようじゃ、これから先が思いやられるぞ……少しのんびりとしすぎているが、この時間を楽しんでいたかったのかもしれない。

 五日ほどが過ぎ、ようやくローバン家に戻ってくることが出来た。

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