第113話 交渉は巧みに、だな

 俺が名前を出してところで、三人は慌てふためいていた。

 そういやこの辺りはローバン領だから、公爵家の次男だとしても俺が思っている以上に彼らに対して、萎縮させてしまう原因になったのだろう。

 子供だと思って今こそ偽名を使うべきだったな。


「お、おい」


 たとえ罵倒されようと俺自身大して気にもならない。

 だけど、子供たちからすればとんでもない事を言ったと思い込んでいる。

 少年たちは少女の元へと行き、何かを相談するかのようにヒソヒソと話をしている。

 それにしても、人のことは言えないがこんな時間までよく頑張るな。


「あの人がミーア様の?」


「本物なのか?」


「アレス・ローバン様は、その、ええっと……少しふくよかな所もあるだろうから。多分……あっ」


 全く、言葉を選んだのだろうけどこの体がふくよかな訳無いだろうと、小さなため息が漏れた。

 余計なことが聞かれたと思ってか、三人はまた顔色を変えていた。


「いえ、あの、そういう意味ではなくて……」


「ほら、俺が見張りをしてやるから、少し寝てろ」


 設置したテントの近くにある寝袋を指差した。

 まだ見習いの冒険者か?

 装備も悪いし、何よりあの程度の魔物にすら苦戦をしていた。


 しばらくヒソヒソと話をしていたが、俺がもう一度寝ろというと、声はピタリと止まりすぐに寝息へと変わっていた。

 狸寝入りか、疲れていて本当に寝ているのかわからないがこれで少しは静かになった。

 倒れていた彼女の具合は、あまり良くは無さそうだな。

 試すようで申し訳ないのだが、ヒールを試してみた。


「ううっ」


「これだと魔力が多すぎのか……これならどうだ?」


 試行錯誤を繰り返し、ミーアが使ってくれたような光で彼女を包み込む。

 少し毒も残っており少しずつ浄化を開始する。

 やはりと言うべきか魔力の消費は多い。ドゥームブレイドから比べると大したものでもないが、問題なのはこの状態だと他の魔法を使う余裕がない。


「一人で戦っている時に使える魔法じゃないな」


 治療が終わると、少しだけ荒かった息も無くなり、落ち着いた寝息になっていた。

 一度索敵を展開して周囲の状況を確認していく。

 それなりに魔物はいる。

 風魔法を無数に放ち、広範囲に魔物の反応は消える。念の為に周囲をアースウォールで覆い、俺も少しだけ寝ることにした。




「あの、えっと……起きてください」


 俺は肩を揺すられ、肩を揺すっている人物へと目をやる。

 どうやら治療も上手くいったようで、不安そうな顔をしているものの顔色は良さそうだ。

 いきなり俺のようなやつが居て、よく怯えずに声をかけれたな。


「悪い、すこし寝すぎていた」


 ここならこの程度の魔法でも安全だし、昔のように普通に寝てしまっていたようだ。

 今は一人じゃないし結界も使用していないから、ほんの少しのつもりが多めに寝ていたようだ。


「大丈夫ですか? 少しうなされていたようですけど?」


 不安そうに、顔をしているが……うなされていたのか?

 何かの夢を見ていた感じもないが……背伸びをして、大きく欠伸をする。

 やっぱり何も思い出せそうにもない。


「体勢が悪かっただけかもな。それよりお前の方こそ大丈夫なのか?」


「はい。ポーションを頂いたようで、本当にありがとうございました」


 座ったまま土下座になりそうなほど背中を丸めてお礼をしている。

 それにしても、たかがポーションだけでそんなにお礼を言うほどのものなのか?

 数は後五十ぐらいはあると思うし、大した金額でもないのだけどな。


「腹が減っているのなら何か作るがどうする?」


「いえいえ、そこまでして頂く訳には。皆にもポーションを頂いたようですし、私達には到底支払うことが出来ません」


「別に気にしてないが……それよりもお前たちは何でこんな所に?」


 彼女から事情を聞いたが、俺の想像すらしていない内容だった。

 ここに居る子供たちはまだ十二歳であり本来であれば学園に行っているはずだった。

 それなのに冒険者をしているのかと言うと、貴族とは違い平民は九歳から学園へと行くのだそうだ。


 俺達貴族と同じように考えていたのだが、平民との交流を持っていないことで初めてその事を知った。

 冒険者の多くが元貴族というわけでもなく、その大半は平民だ。

 そんな事はよくよく考えなくても分かるようなことを、俺は何も考えていなかったんだな。


「つまり、お前たちは自分たちが食べるだけがやっとで、だけど孤児院にも仕送りをしたくてここにやってきたというのか?」


「はい……その通りです。メラートのダンジョンでは上手く戦えておりましたので」


 なるほどな。前に居た所ではうまく行ったものの、他のダンジョンでも行けると思ってしまったのだろう。

 あの威勢のいいアイツが原因だろうな。

 それほど訓練もなくこんな事を放置していいものなのか?

 俺達のように訓練があるわけでもなく、簡単な働き口も無いから、冒険者としてダンジョンへと向かう。


「ラン! 大丈夫なのか?」


「うん。ごめんね、心配掛けて」


「って、なんだこりゃ!?」


 アースウォールをペタペタと触り、何度も首を傾げていた。

 威勢のいい男の子がベール。

 このパーティーのリーダーを努めているロイ。

 回復魔法を使える女の子がスミア。

 俺が来た時に倒れていた少女がラン。


 今気になるのがスミアという女の子だ。この子だけ魔法を使えるのだが……何故使えるのかという疑問が出てくる。

 彼女に魔法を教えていたのは、孤児院に先生となる人が居たという事か?

 その話を今問い詰めるわけにもいかないので、まずはここから出てから考えていくとするか。


 こんな子供までダンジョンに立ち向かっているとは……。

 このまま解散にするよりも、俺は兄上に怒られる覚悟したほうがいいのかも知れないな。そんな事を考えているとため息が自然と出てくる。


「とりあえず、今はここから脱出するぞ。お前たちは俺の後に続け、いいな?」


「「わかりました」」


「おぅ」


「はい」


 このまま見捨てれば、俺がここに来なければ、この子達は確実にやられていた。

 これまでもそうだけど、今もこうしているうちも、何人もの冒険者達がやられているかもしれない。

 しかし、犠牲を払ってでも、ダンジョンの暴走は魔物を倒すことで食い止める方法しかない。


 無数にあるダンジョン。

 人々は協力して戦っていく。

 それが保てなくなれば、タシムドリアンと同じことになる。


 俺が出来たからと言って、この子達にまで押し付けようとは思わない。

 ちゃんとした訓練を受け、少しでも長く……いや、こんな所で死なないようにするべきだろう。

 ラカトリア学園でも死者は毎年出ている。


 だけど、平民たちから比べてると、その数はきっと少ない。

 そのためにも、この子達を利用……協力をして貰うのもいいかもしれないな。


「ふふっ」


 なるほど、良いぞ。今日の俺は冴えているな。

 しかもだ! 今後の策としても役に立つし、なにより俺が兄上に怒られないためにもコイツラは上手い言いくるめる……素直に従って貰う必要があるな。


 ダンジョンから出ると、子供たちはその場に座り込み緊張の糸がようやく切れたみたいだ。


「お前達はこれからも、冒険者をやっていくつもりか?」


 俺の問いかけに三人は暗い表情を浮かべるが、ベールは「もちろんだ」と声を張り上げている。

 無鉄砲にもほどがあるだろう……だけど、その威勢は別に悪くない。

 屋敷には、レフリアたちもいる。俺が思っていたことから外れるが、きっと無駄ではないと思う。


「提案なんだが、お前達全員、俺に雇われないか?」


「どういうことでしょうか? 僕たちがアレス様のお役に立てるとは思えません」


「今すぐに、役に立てなんて言わないさ。お前達が居ることで、今後が大きく変わるかもしれないだろ?」


「私達が?」


 俺の言っていることを理解できないだろう。

 各々話し合い、どうするを連呼していた。


「まぁ、俺も鬼じゃないから無理にとは言わないさ。ただ、これを返してくれるのなら……な?」


 皆を見てニヤリと口角を上げてポーションをチラつかせていると、渋々といった様子で「わかりました」と了承を得ることが出来た。

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