第16話 学園ダンジョン開始

 俺にとっては長い長い一ヵ月の授業パートが終わり、今日から学園の敷地内にあるダンジョンへ入ることになる。大体三カ月振りのダンジョンだったため、俺は気分が良かった。

 今の俺ではこの初級ダンジョンはすぐに目的を達成して、何の問題もなくクリアできるが……ゲームと同じように、この一ヵ月で三階に用意された木管を手に入れること。


 しかし、今日行けるのは一階層のみ、週が明けることで二階、三階へ行けるようになる。

 本来であれば、ここで少しはレベルを上げていないと、次のダンジョンで苦戦する。

 俺が気にしているのは、ここにいる学生がどれぐらい戦えるのかということ。ゲームキャラではないとはいえ、特待生は他にもいる。


 そんな奴らとも今後交流があるかもしれないし、主要メンバーにも何らかの繋がりも出てくるだろう。

 俺が抜けたことによって、ミーアのパーティーは大丈夫なのだろうか? 

 初期パーティーは分かっているけど、問題はあの三人は戦えるのかということだ。

 あの時のように怯えなければ良いのだけど……魔獣から助けた時は、屋敷に着くまで恐怖に怯え、震えていた姿が脳裏をよぎっていた


「大丈夫だ、ミーア。俺は皆の足を引っ張らないように一人で行くから」


 この言葉のどこら辺に、大丈夫だと思われるかわからないよな……案の定というべきかミーアは袖を掴み、引き込むように引っ張っていた。

 しかし、細い腕では俺の巨体はやすやすと動くものではない。

 ダンジョンの前に集められた俺達は、各自パーティーを募り、ミーアが先程から引っ張って離さない。


「アレス様の強さは知っております。多くの生徒がいるとはいえ、魔物は危険です。せめて私だけでも」


「ルーヴィア嬢と一緒なんだろ? 俺なんかが居るとかえって迷惑だろう。ほら行って来い、俺みたいなやつは一人のほうが気楽なんだよ」


「ですが……」


「あー、やっと見つけた。またコイツに捕まっていたの? もういいから、ほら行くよ」


「レフリア様……分かりました」


 レフリアは俺を睨みつけると、ミーアは手を離した。どう見ても俺が捕まえていたわけではないんだが、こういう強引さに救われている。

 強引に連れ去られるミーアに手を振ると、諦めたのか少し落ち込んだ表情をしていた。


 ハルトは通りすがりに「ごめんね」と言って、彼女たちの後を追っていた。

 ここにいる学生たちは、特待生とAクラスの生徒たちだ。他のクラスたちは来月から開始されるらしい。

 他のダンジョンならともかく、学園の中にある初級ダンジョンに、一学年が入れば鮨詰め状態になりかねない。

 

 そういや、初級のダンジョンってゲームのアレスも一人だったのだろうか?


 主人公は、ミーアだったから、アレスの動向を把握できているわけでもない。

 一緒にダンジョンを同行できるようになったのは、初級をクリアして何かイベントがあった気がするけど、詳しくは思い出せないな。

 でもまあとりあえず、あの三人なら問題はないと思う……多分だけど。


「パーティーを組んだな。危険度は低いがくれぐれも注意するように」


 俺は一人だけど、見た目からして教師からも相手にされていないようで何よりだった。

 それでも一人だけ、俺をじっと見てニヤリと笑っている爺の姿も見える。本当に嫌な奴だ。

 兄上には、俺の行動は予測されているし、あの爺は何かがあれば兄上に報告する可能性もある。


 生徒たちの中心にかなり騒がしい集団が現れたのだが……何なんだあのパーティーは?

 思っていた通り、ゲームと違い特に人数制限はない。だがしかし、あれはどうかと思うぞ。

 あの馬鹿王子様は十人を超す女子生徒に囲まれていた。彼女たちはアホを持ち上げそのアホもそれでいい気になっている。

 男子生徒はあの手下A君だけのようだ。このことで、やっぱり訓練場でミーアを見ていたのは、そういう理由だったのかと……またしても、怒りがこみ上げてくる。


 まるでダンジョンの中に遊びに行くような感覚で、王子の集団はぞろぞろと入っていった。

 それ以外には特におかしなメンバーは他にも居た。


「お前は一人か?」


「はい。私でしたら何も問題はない。足手まといならいらないから」


 そう、悪役令嬢ことラティファだった。俺と同じく一人、というかあの集団から外れて一人というのもわからない。

 パメラのライバルとして出てくるのだから、今はあの王子と一緒にいるはずとは思った。いくら婚約者だとしてもなんせあのアホ王子だ。

 悪役令嬢とはいえ、付き合いきれなかった可能性も十分にある。


 俺も教師からは怪訝そうに見られはしたが、他にも一人だった奴が居たためとやかく言われることはなかった。

 奥へと進んでいくが、これだけ生徒がいれば魔物の数も当然少ない。

 ゲームだと、この階層だけやたらとエンカウントが少ないのはそのためか納得してまった。


 索敵魔法を展開して、進んでいく。初日だからとは思いたくはないが、皆頑張っているみたいだな。思っていた以上に、この世界の貴族様は優秀のようだな。

 ここのダンジョンは四階層まであり、二階層からは別の魔物も追加されるので、それなり程度には苦戦するが厳しい戦いになるというものでもない。


 それもそのはずで、この一ヶ月で学園の卒業すら左右される。このダンジョンが未だに残されている理由の一つでもあった。

 少し実践を積んでいけば、奥の階層でも魔物は弱く感じてくる。つまり学生には丁度いい訓練場だが、ここを突破できるか出来ないかで篩いにかけられるのだ。

 没落ということはないだろうが、実家でどのような話し合いになるのかはわからない。


「魔物が三体か……誰も居ないし、まあいいか」


 いつものようにエアスラッシュで遠距離から放ち、反応が消えた。

 ゲームにはマップ表示もあったが、この世界にはそんなものはない。

 人も魔物もどんな相手だろうと魔力を持っているので、探査魔法と魔力反応を応用してできた、俺独自の索敵魔法で地形すらも把握出来る。


 オートマッピング機能もないが、地形から敵の反応まで分かるマップのように認識ができる。 これがあるだけで、ダンジョンだとかなり役に立つ。だけど、階段の把握や階層までは認識できないため、そこについては自己管理が辛いところでもある。


 改良を重ねたことで、魔力の反応から人か魔物かの判断が出来るのは良いが、それが誰かまではわからない。

 これだけの反応があれば、特定の誰を探すのに予想以上に苦労をする。


「ミーアの魔力は……あっちかな? それともこっちか?」


 思わず声が出ていたけど、これだとまるでストーカーだよな……声に出て無くてもやっていることは同じか。

 ため息をついて、ミーアを探すために歩き始めた。


「ミーア。大丈夫?」


「へ、平気です」


「無理をしないようにね」


 ハルトは大丈夫だろうけど、二人は少し怯んでいるな。

 初めての戦闘ならこうもなるのか? それともミーアはあの時の記憶でもぶり返しているのだろうか?

 とはいえ、ハルト達でも五体ぐらいなら対して問題にもならないはず。

 物陰からもう少しだけ様子をうかがうことにした。


「大丈夫なのハルト」


「これぐらいなんとか持ちこたえてみせる。リアはミーアさんを守ってて」


「分かったわ」


 いやいやいや、三人で戦えば十分勝てるはずだぞ?

 そりゃ多少のダメージは負うかもしれない……けど。

 こんな所で死ぬはずなんて無いのだから。

 

「二人共、できるだけ逃げられるようにしておいてね」


 逃げる?

 ハルトは一体何を言っているんだ? 

 ちがう……そうじゃない。そうじゃないだろう!


 二人の壁役になっているハルトは、魔物たちの攻撃を受け膝をついていた。

 そんな事はお構いなしにと、攻撃を繰り出し、ハルトも反撃をするが魔物を倒すには至らない。


 ちっ、俺は風魔法でコボルト達を殲滅した。

 ハルトたちは何が起こったのか分からないままだったが、一度引き返すらしい。

 俺の考えが甘かった。ダメージを受ければ当然今までと同じようには動けない。


 俺はそういう戦いをしていなかった。

 だから、ミーアは後ろで蹲り、ハルトも攻撃を何度か受けたから、下手に攻撃できなくなっていたのだ。

 ゲームなら例えHPが1だろうと、普通に行動ができる。それはゲーム的な発想だという事も分かっている。

 なら何であんな事になったのか……俺が、皆のことをゲームのキャラクターとしてみているからだ。


「どうすればいい……」


 今みたいに手を貸さなかったら、今頃どうなっていた?

 他の学生たちはどうなっている? 危険な目にあい……もしかしたら?


 魔物が何故危険で、冒険者が何故尊敬されているか。

 この現状を見ていない俺にはあまりにも情けないものだった。

 たまたま、ゲームと同じ世界で、その知識があったからこれまでやってこれた。


 ゲームだから、こうすればというのはあくまでも、それがゲームだからでしか無い。

 現実は弱い魔物だろうと、初めて戦闘をする学生には驚異でしか無いのだ。

 俺のようにレベルを上げるために、魔物を倒そうとするバカはそうそういないのが普通だろう。


「ミーア達は無事に戻れたみたいだな……他の学生も見て回るか」

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