第12話 飛び級試験

 父上から承諾を貰ったその翌日から、確実に試験を通るために朝起きたらすぐに走り込み始める。

 できるだけ体を作るために、食事の量も少し増やした。このゲームにある魔法をできる限り思い出して紙に綴り、魔法をどれだけ使えるかの検証も初めた。


 午前中は座学を、午後になると森へ行きセドラと剣術の鍛錬。

 セドラとしては飛び級して欲しくはないのか、俺に対して積極さが無くなっている。

 それを責めるつもりはないし、俺一人でも魔法の訓練ならできる。


 三カ月もすると、魔法を使えばセドラと対等になれるほどまで成長できた。

 セドラの特権だった空間魔法の収納も使用できるようになり、魔獣がレベルアップに効果あるのかは分からないけど、実戦の経験だけでも十分だった。


 アレスは本来、風と氷がメインの魔法タイプだ。

 俺はこの乙女ゲームと、これまでの様々なゲームの知識やイメージにより、これまでになかった魔法を使うこともできていた。


 その先駆けとなったのが、魔力感知の魔法だ。

 あの時はミーアを助けるのに役に立ったのだけど、この魔法は乙女ゲームにはない。

 セドラに聞いてみたがよく分からなかったらしい。


 魔法の使い方次第では、これまでにない戦いをすることが可能となった。

 ターン制も無く、常にアクティブであり、素早さが上がることで攻撃回数が増えることもない。

 その為ゲームの常識とは戦い方が大きく変わる。


「セドラ、手加減はやめてくれよな」


「今のアレス様に手加減などできましょうか」


 俺は飛び級試験一ヶ月前になり、本気の試合をすることにした。

 セドラに勝てないようでは、本試験を通ることは不可能だ。セドラが使うのは両手でも片手でも使える長剣だな。

 俺の持つショートソードではリーチ負けをしている。これまでも魔法を使えばセドラからも一本取ることはできていた。

 今は剣だけでセドラを超えてやる


「行きますぞ」


「ああっ」


 父上ほどではないが、セドラもそれなりには早い。子供の足なら簡単に追いつかれてしまうだろう。

 そうだとしても……ここで負けるわけには行かない!


 ブレイブオーラ!


 全能力を向上させる魔法。有力な魔法であるが、魔力が常時消費されていくためできるだけ早めに決着を付ける必要がある。

 セドラの攻撃を受け止め、たとえ強化していたとしても所詮は子供の腕だ。

 豪腕な腕からすれば、俺の腕なんかはとんでもなく細い。支えるだけで精一杯というよりも、押し負けそうなので後ろへと下がり、距離を取ろうにもセドラの追撃は止まらない。


「ぐっ、まだまだ」


「何時まで耐えられますかな?」


 対等だと思っていたのは間違いだったな……俺に合わせていただけか。

 まったく、よくできた執事だな。セドラは、本気といいつつも、どう見てもまだ全力を出し切っていない。


「ちっ……」


「距離を取らせません。お覚悟を」


「誰が負けるかよ。これぐらい余裕だよ。むしろ足りないぐらいだ」


 あのセドラがこんな挑発に乗るとは思えないよな?

 セドラは力を抜き、大きく息を吐きだした。

 距離をとったまま、動こうともしないセドラにどう対処するべきか迷っていた。


「なるほど、アレス様は理解されておられたのですね」


「な、何のことだ?」


「御冗談を、主のご命令に背くとは執事としては失格。アークと磨き上げた剣。今一度、参りますぞ」


 ちょっと待て、あのセドラが父上を呼び捨てに?

 それに磨き上げたってどういうことだよ!


「っ!」


 これは父上が使った攻撃。瞬時に距離を詰め迫る技だ。移動反動が強いためか、攻撃するのに少しだけ間があるのでなんとか防げた程度だ。

 煽るんじゃなかった……と、今更後悔したところで意味はない。


「これはこれは、アレス様。そのようなことでは私を倒せませんよ」


 セドラの剣圧で、地面に衝撃が走っている。待て待て、冗談じゃないぞ。

 これで魔法なしとかは絶対に無理だ。


「アイスウォール」


「フン!」


 衝撃は氷の壁で防げたものの、一瞬にして粉砕される。剣ではなくて拳で……まさしく化け物を相手にしている気分だった。

 魔法で作り出したとは言え、かなりの強度があると思っていた氷の塊を拳一つで砕く。

 

「剣だけで私を倒すことに拘っていたようですが。よろしいのですよ。どうぞ、魔法もお使いください」


「くっ、なんて奴だ。あの壁を素手で壊すだなんて」


「アレス様は、一体何のために戦われるのですか?」


 何のためって、ミーアを助けるためだ。

 今の俺には時間が必要だ……試験を終わらせて、父上に勝ってダンジョンに行く!


「ぐっ、がはっ」


 姿を消した、段階で俺は反応することが出来ず、セドラの強烈な蹴りを浴びせられ、吹き飛ばされ、腹部には激痛が走る。

 蹴られたのか?

 剣を使えばセドラが勝っていたというのに……お前は俺に止めて欲しかったんじゃないのか?


「子供のお遊びに付き合うほど、ローバン公爵家は暇ではありませんぞ?」


「遊びだと? ふざけるなよ!」


 ショートソードを氷の大剣へと変化させる。


「まさか……これほどとは」


 風の補助魔法、エアシールドを展開することでセドラの攻撃を防ぐことができる。ブレイブオーラを再度かけ直す。どの魔法も今できる最大限まで研ぎ澄ましていく。

 この後のことを考えるのなら、今は勝つことだけ考えればいい。

 これでダメだったらと考える必要はない。


「セドラ、その剣。貰うぞ!」


「なんと……このようなことが!?」


 氷の大剣はセドラではなく、持っている剣に攻撃を仕掛ける。

 俺の攻撃を受け止めたが、氷の大剣は防がれていた刀身に食い込み、そのまま一気に両断させる。

 再び剣を構え、剣先をセドラへと向ける。


「この剣を折られるとは、本当にご立派に成長なされました」


 手を胸に置き、深く礼をするセドラ。


「お見事にございます、アレス様。私の負けにございます」


「はぁはぁ……うっ」


 セドラから勝利した俺は、意識を失い気がつけば自室に寝かされていた。

 テーブルには、セドラが置いていった手紙があった。その封筒の中には俺を褒めちぎる内容が書かれていた。

 セドラには勝ったが、もう一人戦う相手がいる。


 王都での初等部の飛び級試験の日になった。

 試験は座学から始まり、次に実技試験へ移る。

 高等部はダンジョンでの魔物討伐が授業としての一環なため、相当な実力が必要になる。


 相手も簡単なものではなく、高等部の教師との模擬戦だった。

 初等部の飛び級がいかに困難な壁であり、この先が危険なのかを知らしめるためだろう。

 だが、セドラに比べるとかなり手を抜かれている気がした。これは、子供相手だから手加減をしているためか?

 魔法で吹き飛ばし、一太刀攻撃するつもりが、そのまま壁まで吹き飛ばされていた。

 結果は明日には発表される。


「さて、どうですかな?」


「どうなんだろうな……これが最初の難関だけど。受かって欲しいものだ」


 今回参加したのはたったの五人。メリットのない飛び級だったから、当然受ける人も少ない。

 張り出された紙には、俺だけが合格になっていた。


「さすがアレス様でございます」


「お世辞は良いよ。次が本番だから……」


 問題は、父上に打ち勝つことが出来るのかということ。しかし、今となってはセドラと父上の実力の差がわからない。

 本気のセドラに対して、父上が何処まで本気で来るのかもわからない……どっちにしても、明日が本当の本番だ。


「無事試験は合格しました。約束は守ってもらいますよ。父上」


「アレス。君には驚かされてばかりだね。だけどね、父親としてはまだ未熟な君をダンジョンに向かわせるつもりはないよ。いいね?」


「分かっています。だけど俺は勝つために今日まで頑張ってきたつもりです」


 穏やかな表情は消え、真剣な眼差しへと変わる。

 小手先の勝負は意味がない。だけどスキを作れる可能性にかける。


「お願いします」


 俺は以前と同じような攻撃を繰り出すが、当然予測していた通りに氷の大剣は回避される。


「前と同じパターンかな?」


 しかし、この行動で父上は少し気が緩んだように見えた。

 追撃魔法のアイスニードルも難なく剣で全て落とされる。


「おっと、これで全部かな? 腕も上がったし、魔法のセンスも良いね。冒険者よりもアトラスと共に、ローバンのために働く気になって欲しいところだよ」


「そのお願いは聞けません」


「それは残念だよ」


 一気に間合いを詰められ、即座に上へと回避したが……おいおい、今のは危なかった。

 いくら刃は潰しているとはいえ、致命傷になりかねないぞ。

 やはり父上は、セドラよりも早い。あの時に見ていなかったら今の一撃で確実にやられていた。

 この一年、俺なりに魔法技術を高めているし、何よりこのゲームの魔法なら全部知っている。

 シールド、ブレイブオーラ。


「捕まえるしか無いか……父上、そろそろ終わりにします」


「息子の成長は嬉しいけど、私は負けられないのだよ。君のためにもね」


 相変わらず得意のスピード勝負というわけか……だったら。

 その攻撃を受け止めるまでだ!


「アイスブロック」


「やれやれ。往生際の悪い、氷の壁で身を固めても、私が壊せないと思ったかね?」


 壊れやすい分厚い氷の壁は砕かれ、父上は得意げに笑っていた。

 大ぶりをしたことで大きなスキが目の前にある。この機会を待っていた。


「壊して貰わないとダメなんですよ。これで終わりです」


「氷の破片を!? ぐっ」


 宙を舞う砕かれた氷の欠片を風で吹き飛ばし、無数の打撃を与える。

 大したダメージはないが、多少怯んでくれたおかげで、確実に足の動きを奪い取ることが出来た。


「土魔法!? 氷と風だけではなかったのか?」


「父上はスピードが早いので大変でした。ですがこれで本当の終わりです」


 アレスは元々氷と風の魔法に適性がある。それはゲームでの話であって、適性がなくても俺には他の属性を使うことが出来ていた。

 土魔法、アースバインドで足を縛っていた所に、さらにアースウォールで胸の深さまで囲い込む。

 身動きが取れなくなったので、父上もため息を付き、両手を上げ剣をそのまま落としていた。


「これが狙いでもあったのかな?」


「あと二つほど考えてました。あの一戦しか知りませんでしたので、攻撃はブロックで、最悪の場合は広範囲魔法まで使うつもりです」


「やれやれ、セドラは魔法に関して、君に教えることはないとは思っていたのだけど?」


 知識がある俺にとっては、魔力があれば一部の魔法を除き大抵は扱える。

 ただゲームとは違い、現実であれば経験がかなり重要だと思った。


 MPさえあれば発動できる魔法でも、発動するのに時間がかかる。だから、初級魔法を当たり前のようにいつでも発動できる訓練もしていた。

 同じ魔法を使い続けることで、瞬時に発動できる。慣れのようなものだ。


「ところでだ私が魔物だとして、下半身を動けなくしてどういう攻撃をするつもりだったのかな?」


「風魔法による斬撃です、このようなものです」


 エアスラッシュ。

 風魔法を地面に向けて放つと風の刃で切り裂かれていく。

 慣れる段階で新しく思いついたのが、一回の魔法の斬撃は一回。

 だけどそれを一度の魔法で二撃三撃と増やすことが出来た。


「これほどとは……アレス、私の負けだよ。こんなにも早く負けるとは思わなかったよ」


「今度は俺の勝ちでいいですか? 前回みたいに、不意打ちしてくるのですか?」


「ああ、アレス。君の勝ちだよ。だからこの魔法を解いてくれ」


 風を纏いつつ、土魔法を解くと父上はその場に座り剣を収めた。


「やれやれ、信用ないな。けれど本当に強くなったね、あの時のことを考えると嬉しいよ。君はもう一人前の大人だね」


「ありがとうございます」


 試合を見に来ていた母上には抱きつかれ、息子自慢をしながら屋敷へと強制連行された。




「旦那様も負けてしまわれましたか……」


 アークはそのまま地面に横になって空を見上げていた。

 セドラも、目線を空へと向ける。

 果てしなく続く、青い空。


「こんなにも有望な子供たちで、私は嬉しいよ」


 アレスの成長は目覚ましい何かを感じていた。


「私も全力で手合わせができて、良かったですよ」


 ただ阻止したいと、そう願いつつも、その成長がどこまで続くのかも見届けたい。

 そんな気持ちもわずかながらにある。


「セドラ……まさかとは思うけど。本気でやったのかい?」


「はい。そして、負けました」


 全力は出していた。

 アレスはせっかく元気になったというのに、わざわざ死地に行くなど認めたくはなかった。

 しかし、その強さはセドラの考えを遥かに超えた所にある。


「そういうことは早く言って欲しかったよ。セドラ……いや、兄さん、いつもあの子を見守ってくれてあがとう」


「あの子は強い。しかし、こんなにも早く手を離れてしまうとは……アークが負けるとは思いもよらなかった」


「大丈夫。あの子はきっと、楽しい人生を歩んでくれるよ」


 子供とは思えないあの強さ。

 我が子の成長に喜びを感じ、剣ではなく、魔法を使うアレスがどんな成長を遂げるのか心躍る思いだった。 


「そうだな……それにしても、ソフィの奴。アレスを連れてどうするつもりだ?」


「こらこら、執事さん。私の息子を呼び捨てにしたらだめだよ。君は伯父である前に執事なんだから」


「そうでございましたな。参りましょう旦那様」


 自室に戻りこれからのことを考えていた。幼い頃病弱だったせいか、ゲームでのアレスは強くはない。

 RPGの典型的な魔法タイプで、HPもミーアより少ない。

 そんなアレスのシナリオから外れた俺は、本当にこれで良かったのだろうかと悩んでいた。


 朝になると、父上から呼び出されて執務室へと向かった。


「失礼します」


「これを君に渡しておく。この近くにある新しいダンジョンの許可証だよ。これがあれば学生でもない君でも、私が許可をしていることになるからね」


「有難うございます。ですが、俺はその場所を知りません」


「アレス、確かに君は強い。だけどその強さを過信してはいけないよ。いいね?」


「はい、自分が強いとも優秀とも思ってはいないです」


 油断すれば、どんな相手でも死ぬかもしれない。どれだけHPがあっても首を切り離されるとそれまでだ。

 それでも俺は行かないといけない。


「明日、私とセドラが付き添い、君の戦い振りを見させてもらうよ。それだと場所も覚えられるだろ?」


「分かりました。それでは失礼します」



 しかし、アークは今になって自分の過ちに苦悩していた。

 ただ純粋に憧れだと思っていたアレスの言葉。

 ダンジョンへ向かう今は、別人にも見える。


 彼の一つ一つの行動が、どこか遠くにいる他人に見えていたからである。


 なぜなら、一人黙々と、当然かのように魔物を討伐する彼の背中を見て、そう感じずにはいられなかった。

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