第11話 鬼畜乙女ゲームを生き抜くために

 屋敷に戻ると、知っている情報とこの世界の地名を照らし合わせていた。


 ローバン・ヘーバイン・バセルトン・グルードイド・ダブグレスト。


 五つの公爵領……そして、グルドラリア王国。

 今となっては思い出せる内容も少なくなっている。


 それでも必死に照らし合わせれば、ある程度は思い出せてくる。このゲームはあまりにも難題なダンジョンが用意されていて、俺は姉さんに頼まれてクリアを任されたからだ。

 最終ダンジョンでラスボスを倒すことができれば、クリア特典として強くてニューゲームが追加され課題やテストと言ったものまでもが免除される。


 一度、クリアさえすればあとはストーリーを追っていくだけになり、徹底的に強くしろといわれ、仕事から帰るとよくやっていたものだ。

 このゲームは乙女ゲームでありながら、ヒロインが複数存在している。そのため攻略者の逆ハーレムはなく、またヒロインのために用意された攻略者のみとの話になる。

 ヒロインを選択して攻略対象とのエンディングを迎えるのがゲームの目的だ。


 しかし、このゲームは何もかも本当によく作られて、作り込まれていた。

 だからこそ一部の人達からは称賛され、多くの女性が手放した理由の一つでもある。

 それは時間が進むとダンジョンも当然追加される。RPGではよくあることでしかないが、魔物の強さが異様なほど極端に強くなる。


 学園では授業期間というものがあり、放課後には図書室に行って色んな本を読む必要が出てくる。それらの場面をカメラで写真にとってはプリントアウトをしてファイルに綴る。

 なぜこんな事が必要なのか?

 月末にはテストでの成績で、能力が上昇するのでいい点を取らないと詰むという、徹底ぶりだった。

 そのテストも穴埋め問題となるのだが、選択肢ではなく本当に文字を入れる徹底ぶり、そんなことをやっていた。そのこともあってか、今でも少しぐらいは思い出せている。


 そしてゲームの流れは、授業パート、ダンジョンパート、この二つが月単位で交互に変わる。


 最初はダンジョンを進めるだけであれば難しくはなかった。とはいえ、ゲームの仕様には時間経過というものがあり、移動、戦闘、そして放置ですら時間が経過されてしまう。

 また、課題として特定の魔物の討伐クエストも発生する。もちろん数日間の猶予がある。とはいえ、王都から離れる場所を選択をすれば当然その分の時間経過も発生する。

 できるだけ早い段階で終わらせるのがベストだった。そして、繰り返されるロードの嵐。


 最も危険なのが索敵を行った場合、確実に敵とすぐに出会えるのだが、極稀な確率で強者が出現する。これがまた異様に強いため最悪この上ない。

 装備や対抗策もないまま、無残に一方的に殺される。


 そんな状況の中、一日進めば別枠セーブをして、ロードをして最適を選び続けないと次のダンジョンで詰む可能性すらある。

 何も知らなかった俺は普通にプレイをして、ダンジョンの強制イベントがあり、入るなり秒殺。

 これか……ここがこのゲームの……多くのプレイヤーが挫折ポイントに到達した俺はデータをリセットした。


 そんな世界に俺は今いる。


「いくらゲームの知識があっても、ミーアが行き詰まって死ぬ可能性も生まれる。それに俺も死んだらそれで終わる可能性もある」


 この段階で思い出せたのは幸運だと思う。初等部が始まるまで後二年。

 初等部は、ゲームにない話であり正直不要な時間だ。

 ラカトリア学園が始まるまで、この世界にもレベルがあるのなら、今のうちから上げておくのがベストだろう。


 ミーアは守りたいと強く思うのは、俺がプレイしていたキャラがミーアだったから。お気に入りで、好きなキャラだった。

 その子が今、俺の目の前にいて、同じように婚約者として隣にいてくれる。

 すごく嬉しい事だけど、俺がこのままミーアといて良いのだろうかと何度も頭をよぎる。


 最悪の結果になった時……俺はどうなるのだろうか?


「アレス様。今日の訓練はいかがなさいますか?」


「もちろんやるよ」


 セドラとの剣術、ほぼ独学の魔法技術。子供にしては多分強いのだと思う。

 魔獣なら何度も倒しているし、苦戦することも無くなっている。

 ゲームでは倒すことのなかった、魔獣をいくら倒しても意味があるのかという疑問も残る。


「アレス様のように、勉学にも魔法にも長けておられますと、初等部の飛び級も可能かもしれません」


「初等部を飛び級? すぐに高等部になるってこと?」


「はい。その通りにございます……ですが、ミーア様も通われるのですから、あまり関係のない話でした」


 セドラが言いたいことも分かるのだが、今の俺にとっては都合のいい話だった。

 飛び級か……それが可能なら、俺には更に三年の時間が生まれてくる。


 ここローバン家からは幸いなことに、近くにダンジョンもある。そこに通うことが出来たら、最終的にはアイツを単騎で倒せるのかもしれない。

 あれだけやり込んだゲームだ。必要な装備にアイテムもある程度把握している。

 そして、ターン制のないこの状況下に置いて、魔法による攻撃が有利になる。


 セドラとの訓練が終わり、俺は早速父上の所へと向かった。


「父上。初等部の話なのですが」


「初等部? それがどうしたんだい?」


「飛び級を受けてみたいのです」


「飛び級の試験を? それはまた唐突だね。それにまだ一年以上先の話だけど、何でそんな話になったかな?」


 飛び級を受けるには、まずは親の承諾が必要になる。

 次に試験もあるのだが、初等部は主に、勉強やマナーと言ったものであまり必要がない。

 そんな事をしているよりも、この先のことを考えると今はあまり実感はないのだけど、レベルを上げておいたほうがいい。


「飛び級すれば、初等部は免除され、高等部編入学が可能なんですよね?」


「そのとおりだが……リスクが大きい。止めておいたほうが身のためだよ」


「初等部を飛び級して、三年間みっちりと修業に励みたいんだ」


 俺の目的は今から魔物を倒しレベルを上げておくことだった。

 独学だったとはいえ、魔法の効果もちゃんと把握しておきたかった。


「高等部を休学して、いつものような事を続けたいと?」


「いえ、飛び級して、ダンジョンへ向かいます」


「なっ。良いかいアレス……ダンジョンは君が思っているよりも危険なところなんだ」


「父上。お願いします。どうしても必要なのです」


 アークは大きくため息を吐き額に手を当てている。

 家を飛び出し、冒険者となるにも初等部を卒業している必要がある。

 しかし、貴族階級は平民用の学園とは違い、王都にある学園に通う。だからこの飛び級制度は貴族のみにしか出来ない。

 飛び級ができれば、すぐに冒険者になることも可能だが……学園に通うミーアとの接点が無くなるためそれは避けておきたい。


「本気のようだね。なら、一つ条件をつけよう。飛び級の試験は認めよう」


「有難うございます」


「喜ぶにはまだ早いよ。まずは合格すること、そして、私と戦って勝つこと」


「父上に?」


 あの時にやった模擬戦のようなことだろうか?


「もちろん、危険なことを許すのだから一切の手は抜かないよ。私が勝てば、初等部を飛び級していようと、初等部に入ってもらうからね? 分かったかい?」


「はい。分かりました」


 それからというものは来る日も来る日も、魔法の強化や戦術を考え実践していた。

 剣術では、武器に重りを付け、魔法を使い自身の強化をする。アレスは本来氷と風魔法が主体で、他の属性は使えない。

 だけど、試してみたら使えないわけではなかった。そのため新しい魔法属性の開花や、魔法というものへの慣れを磨く。


 ミーアが不意にこの家にやってきた。

 婚約者なのだから何の問題もなく、むしろ親からすればいい話だろう。

 だが、今の俺からすればこの時間すら勿体なく感じていた。


「アレス様。お元気でしたか?」


「はい。ミーアも元気そうで何よりです」


 必ず、守ってみせる。

 彼女にどう思われようとも、助けることさえできればそれでいい。


「アレス様……その、そんなに見つめられては……あの」


「こうして会っていると、本当にこんな可愛い子が婚約者でいいのかなって」


「まぁ、かわいいだなんて」


 左手で口元を隠し、薬指が光る。

 ミーアはまだ子供だ、俺が嬉しいとかありえないだろ……それに、本心から俺なんかでいいのだろうか?

 だけど、俺はこの世界がゲームだったことを知っている。それが現実になったとしても、変わらないものも多く残っている。


 その日は、アルライトを案内し一時に小さな幸せを感じていた。

 楽しかったし嬉しい時間だったけど、同時に悲しくもあった。


 この世界のミーアは、俺がアレスだから好意を持っているだけに過ぎない。

 そういう設定だから、俺なんかの言葉で彼女は頬を染め、恥ずかしそうにしつつも嬉しそうに笑っている。

 

 そんなミーアだから、錯覚を覚えてしまう。


 それに元々アレスは、彼女に対して何も思ってはいなかった。

 つまり俺じゃなくても、ミーアはきっとその婚約者を大事にするはずだ。

 貴族同士での結婚は当たり前でそこに恋なんて生まれるわけがない。


 だから……俺は、別の道を模索するしか無い。


「アレス様いかがなされましたか?」


「いえ、二人だけで食事をするなんて初めてでしたから、少し緊張してます」


「私も緊張してます」


 今日は本当に二人だけの時間だった。

 そう言って笑う彼女は、指輪を親指でそっと撫でていた。

 疑いだしていたらきりがないな。


「ミーア、僕は……」


「はい?」


 だからこそ……このゲームを終わらせるのは俺一人だけでいい。

 ミーアは、安全なところで過ごしてくれればそれでいい。


「俺は初等部を飛び級するつもりでいる。だから俺が呼ばない限り、こっちには来ないで欲しい」


「アレス、様?」


 作られた彼女と今の彼女が、今後どう思うかなんて想像もしたくない。

 乙女ゲームの主人公はアレスではなくミーアだ。


 当時プレイしていたあのミーアが、これからもゲームと同じ様にアレスを思い続け、このまま一緒にいれば、成長した彼女に対して、俺は今の状態を保てなくなりそうだ。

 だから、ミーアに今は、近づかないほうがいい。

 

「ごめんな、ミーア」


 ミーアはそれからは口を閉ざした。

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