第10話 初デートで知る現実
俺とミーアの婚約の話は強引だったが、ミーアが受け入れたことにより婚約者として両家の婚約が決まった。
そんな長い話し合いも無事終わり、いつものように訓練を再開するつもりでいたのだが……俺はミーアが王都へ行く途中だったため同行することとなった。
ここに来るのに馬車で四日もかかるとは思ってもいなかった。
馬車の中では、互いのことを話したり立ち寄った街での出来事を話したりと楽しい日々を過ごした。
王都が見えてくると、ぐるりと囲まれた大きい壁が見えていた。
家の周りのも大きかったが、ここのは二回りほど大きく感じる。
王都の門をくぐると、アルライトとは違い一軒一軒が大きかった。
街を行き交う人々、露店に並べられた品々。
町並みばかり見ていると、セドラから肘でつかれ合図を送られた。
その先には、俺をじっと見つめるミーアだった。俺と目が合うとニコリと微笑む。つまり、俺の見る方向が違うということか?
「初めてでしたので、思わず燥いでしまいました」
「いえ、お気になさらないでください」
それにしても、ミーアが婚約者?
お互いまだ十歳なのに……いくら貴族の子供とはいえ、こんなにも早く婚約者ができるだなんて思わなかった。
大体、子供同士で寝ていたなんて、何処の家でも普通にありえることだとは思う。これを良いように使われただけで、俺は大人たちにうまく丸め込まれたようだ。
首を傾げるミーアの頭を撫でる。嫌がっているようには見えないが、頬を染めどちらかというと恥ずかしいみたいだ。
その割には、手を離すと少し残念そうに俺を手を見るのは止めてもらいたい。
「それで、王都で何をする予定なのですか?」
「来月友人のお誕生日でして、その贈り物を買いに来たのです」
誕生日か……兄姉は俺が元気になったことで、中々こっちに戻ってくることもないから、父上から貰った剣が三本ほど転がっているな。
というか、普通はそうだよな。この年だと友人の一人ぐらいいても当然だよな。
俺の場合は特殊だったけど、誰とも交流がないのもおかしいよな。
「なるほど。ですが僕はあまり流行とかは分からないので、ミーアに付き合っても助言はできないよ?」
「助言、ですか?」
「その友人は男性で、僕の助言が欲しいのではないのですか?」
そういうと、すかさずセドラから鉄槌が脳天に落ちる。
俺はその痛みで、頭を抱え蹲るしかなかった。
横目でセドラを見ると、かなりお怒りなご様子でした。
「ミーア様。大変申し訳ございません。どうかお気を悪くしないでください。アレス様。悪ふざけも度が過ぎますぞ」
「悪ふざけって……ごめん。今のは気にしないで。僕で良ければ喜んで」
「ありがとうございます」
広場へ着くと馬車から降りるのだが……あまり周りばかり見ているとセドラから何を言われるか。
ここはミーアをエスコートするべきなのだろうか? しかし、この体で支えられるとも限らない。
「アレス様、よろしいですか? ミーア様にとっては、今日は初めてのデート。心躍るのも当然でございます」
「ちょっ、デートって」
ミーアは侍女の前でくるりと回り何かを話しているようだった。
デートと言われてもただの買い物なんだけど。
「くれぐれも先程のような戯言を口にしないように」
「わ、わかっているよ」
ミーアは俺に手を振っていたので、俺は駆け足で彼女の所へ向かう。
背中まで伸びた青い髪に白い大きなリボンがよく似合う。
「おまたせしました。月明かりに照らされたお姿も幻想的でしたが、ミーアの笑顔は本当に可愛いですね」
どうだセドラ。と、振り向くが何故か鬼の形相はどうしてなんだ?
子供のお世辞だというのに、ミーアは顔を真赤にしていた。
「か、かわ……ううっ。アレス様。こちらです」
「そんなに引っ張らないで、ちゃんとついていくから」
俺の手を引いて、走り出す彼女はとても楽しそうに見えた。戸惑いながらも彼女に付いていく。
いくら走っているとはいえ、所詮子供の速度。
しかし、子供の目線はこんなにも低いんだな。何を見るにしても大きく見えてしまう。
ミーアは急に振り返り、何とかぶつからずにはすんだが、少し怒っているようにも見えた。
「言い忘れておりました。私の友人は女の子です。男性の方に贈り物があるとすれば、アレス様唯一人です」
「う、うん。ありがとう」
すごく照れる。そんなに力一杯アピールされるとは思わなかった。
真っ直ぐに好意を向けられると気恥ずかしさが出てしまう。
ミーアは俺のことを本当にどう思っているのだろうか?
親が決めた婚約者であるのに、本当にそれでいいのか?
「ですので……アレス様も」
「僕がどうかした?」
「いえ、何でもありません。ここから参りましょう」
「はいはい」
ミーアの容姿からすればきっと、大人に成ればすごい美人になってもおかしくはない。
今の段階で結婚相手を決めて良い事とは思えないのだけど。
手を引かれたまま立ち寄った店へと入ると、ミーアは目を輝かせ色々な商品に目を奪われていた。
女の子が行く場所と言ったら、見るからに可愛いが揃っている小物がずらりと並んでいるお店だ。
しかしだ……男の立場から言えば、カラフル、ファンシー以上である。
「色々あるので迷ってしまいますね」
「そうだね。ん?」
「気になるものでもありましたか?」
「いや、これは何に使うものなのかなって」
勝手に手にとったのはいいのだけど、使用用途が全くわからない。
ミーアが説明してくれるが、それでもいまいちよく分からなかった。そもそも説明を聞いたくせに、内容が全く頭に入ってこないのは不思議だ。
「それでは、次のお店に行きましょう」
「う、うん」
お気に召す物がなかったのか、俺の相槌が気に入らなかったのか。
次のまた次へと、連れ出される。
俺はこの時、とある女性のことを思い出していた。
いきなり買い物があると言って連れ回され、結局何も買わないまま貴重な休みを潰される。
あちこちと連れ回されるが面白くもない物ばかり、それなのに自分だけ満足していた、我が姉のことを思い出していた。
「今日はありがとうございます」
「いえいえ、気に入ったのが手に入ってよかったですね」
「はい。喜んでくれると良いのですが……」
俺は懐に隠し持っていた物を取りだし、ミーアの前に差し出した。
年に合わないのは分かっているつもりだ。青色の四角いケース。
「ミーア。僕からの今日のお礼です」
「あ、アレス様!?」
蓋を開け、ミーアは口元に手を当てて、涙を浮かべていた。
セドラに言われ、トイレを口実に別の店へと駆り出された。
初めてのデートで贈り物がないのは失礼だといわれ、無理やりに近い形で買った小さな指輪だった。
ミーアの瞳と同じ色をしたアクアマリン。宝石はとても小さく、贈り物としてはあまり良くないのかもしれない。
選びはしたが、俺の金ではないので気は引ける。それが一番の理由だった。
ミーアの手を取りゆっくりと嵌めていく。いつか、俺がちゃんとした物を、贈れることができるようにという気持ちも込めて。この辺りもセドラ先生に指導されたものである。
もちろん左手薬指に。
「大切にいたします……」
「いつか……これも、その指を通らなくなってしまいますね」
余計なことを、セドラからの視線が鋭くなっている。
侍女さんにも呆れられてる?
これは一時的な予備でしか無い。
「そう、ですね……」
「ですから、その時はまたピッタリ合うやつを探さないとね」
「!? は、はい」
どうだ? これなら文句はないだろう。
二人共胸を撫で下ろしていたようでなんとかうまくいった。
これでも元大人ですから。前世では彼女とかいう人は、影すら存在もしていなかったけどね。
「アレス様? いかがなさいましたか?」
「いえ、それで今日はこれで終わりでよいのですか?」
「最後にもう一箇所……アレス様と一緒に行きたい所があるのですが、よろしいですか?」
「ええ、何処までもお供しますよ。お姫様」
「そんな、おやめください」
そうは言うが、嬉しそうにしているので問題はなさそうだ。
こちらとしては先生達の様子を見ているのが、まるでカンニングみたいだけど、気にしてはいられない。
今の俺には彼女を飛び越えて、婚約者がいるのだから。
だけど、恋愛初心者の俺にはスキしか無い。
案内された場所は、不思議と見覚えがあった。
何かの建物、何処かで見たことのある光景。鉄格子から見える奥にある大きな建物……俺は、門を少し遠くから見つめた。
やっぱり見たことがある……俺にこの世界の記憶があるなんておかしい。
「ここは……?」
「アレス様どうされたのですか?」
「ミーアこの建物は一体?」
「ラカトリア学園の高等部です。いつの日か私もアレス様とともに。ですが、その前に初等部からでしたね」
ラカトリア学園?
冗談だよな?
「ラカトリア学園? まさか……」
「どうかなさいましたか?」
『あんた、家に戻っても暇なんでしょ?』
『なんだよ。こっちは自分のゲームをしているんだよ』
『それは別にどうでもいいんだけどさ。このゲームすごく難しくてさ、一回クリアすれば簡単なんだって』
『なんだ? 乙女ゲームかよ。ああ、強くてニューゲーム搭載のやつね』
『その意味が分かんないんだけどさ。そうだ、最強キャラにしてくれたらお礼にゲーム買ってあげるよ』
『まじかよ。そんなもん、余裕余裕』
そして、ゲームを俺は開始した。
テレビの画面に写っていたゲームタイトル画面の光景が、今俺の目の前に広がっていた。
何回も、いや何百回と見た、あれと全く同じものがここにある。
俺の名前といい、ミーアといい、どうりで違和感があるわけだ。ここは、この世界はあの乙女ゲームの世界なのか?
ゲームタイトルからして如何わしいあれなのか?
『貴方様といられたら……』確か、こんなタイトルだったはず。
今思い返せばダンジョンの話、国、学園の名前、似ている気がする。
ゲームでも俺達は、いやアレスとミーアは最初から婚約者として開始する。
しかし、婚約者に関心のないアレスを、懸命に支えてようやく告白されるものの、最後の最後で彼女は死ぬことになってしまう。
俺が初めてプレイした時、ミーアが気に入ったから始めただけだったが、もしこの世界がゲームだとしたら……俺が、その決断をするということなのか?
「アレス様?」
『嘘だよな? そんなはずないだろ?』
今、目の前にいるミーアはあのミーアだというのか?
俺が……君を?
「いかがなさいました? アレス様!」
『なんでだよ。これでハッピーエンドだろうが!』
思わずミーアを抱きしめた。
今こうして生きている……それを俺が殺すだと?
『頭おかしいのかよ。何で殺す必要があるんだ。せっかく……』
「ごめん」
「構いません。うれしいです、アレス様」
『おお、すごいじゃん』
『別にすごくはないだろ。それより、そのゲームもう聞きたくないから音下げて』
『はいはい、お疲れ様』
ミーアは今ここでこうして生きている。
たしかにここに存在している。
「そろそろ参りましょうか」
「ご、ごめん。ちょっと、えっと、ミーアが高等部にいたらどれだけ綺麗なのかな」
「そ、そのような……」
「ミーア、ありがとう」
「アレス様」
ミーアを殺す元凶になったアイツを……俺がこの手で倒せばいい。
たとえ、どれだけ堕ちようとも、ミーアには生きていて欲しい。
あんな思い二度とゴメンだ。
必ず、俺が倒してやる。
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