第7話 ダンジョンと冒険者
屋敷の外から怒号が響きその声によって、俺は起こされていた。
寝ぼけ眼をこすり、ベッドの上に立ち窓の外をぼんやりと眺める。玄関の周りには数台の馬車と、多くの人が屋敷に押しかけているようにも見えていた。
今までに無いその異様な光景に、欠伸をする前に意識が急速にはっきりとしていった。
一瞬は野党かと思ってしまったが、ローバン公爵家には多くの私兵もいて、屋敷を取り囲む大きな門、街の警備等にも対応している。
それを飛び越えてこんな事になるとは到底思えない。
しかし、今いる人達は周りにいる私兵とは違い、統一感もない服装でありながら、各々が武器を携えていた。
隠すこともない武器を前にして、門番が彼らを通しているということになる。
よくよく見てみると、集団の中心には父上の姿が僅かに見えていた。
「あれは父上? やっぱり父上にしか見えない」
窓を何とか少しだけ開けると、言葉が大きく聞こえてくるが……公爵である父上に対しても、低姿勢であるものの言葉遣いは少し乱暴でもある。
その程度のことを、あの父上が声を荒げて指摘するとは思えない。しかし、そんな彼らに対して何時もとは明らかに違う口調で、庭に集まっている人たちに命令を下している。
温厚そのものであるのに、一体何があったというのだろうか?
「え? 今なんて言ったんだ?」
かろうじて聞き取れた声の中に『ダンジョン』という単語が何度も飛び交っていた。
まさかと何度も、頭を振って湧き上がろうとするのを何とか留めていた。
異世界で、ダンジョンとは……俺はそんな時期に訪れることもなく過ごしてきた。だから、今更そんな事に振り回されることもないはずだ。
「おや、お目覚めになられましたか?」
「おはよう、セドラ。父上達が何か慌てているみたいだけど何かあったの?」
「おはようございます。なるほど、あの者たちの声にびっくりされたのですね」」
様子を見に来ていた、セドラは別の窓を開け放ちその様子を一緒に見ていた。
父上が馬に飛び乗ると、次々と馬車に乗り込みその後へと続いて行く。
「あの様子からしてただ事ではないと思うのだけど……それにダンジョンって一体何なの?」
ここは異世界というのは理解している。だけど、ゲームのようなモンスターの話なんて聞いたこともない。
あの人達は誰もが武器を持っていた、剣、槍、斧。
そういった武器が何のために必要なのか? 何と戦おうとしているのか?
何がそれほどまでに慌てふためくことになるのか?
しかし、好奇心ではなく、貴族の息子として知る必要があると思っていた。
「アレス様には、そろそろお話をしてもよろしいかもしれません。東方の山間に、ダンジョンが出現したようなのです」
「ダンジョンが出現?」
ダンジョンは洞窟ということだよな? 発見されたではなくて出現とセドラは言った。
この世界ではそれが当たり前なのか?
そんな事を考えていると、セドラは俺を抱えて床へと降ろす。いつものように着替えをさせられるのだろうけど、腰を折り俺の目線に合わせていた。
「せっかくなので、朝食を頂きましたら、今日はダンジョンの説明から始めましょう」
「いいの?」
「もちろんでございます。アレス様はローバン家のご子息。知っておくのも当然のことなのです」
セドラは俺の先生として、この世界のことを色々教えてくれた。とはいえ、今までは貴族として必要なマナーや礼儀作法に言葉遣い。
だからこそ俺は、そう言った類の物が存在しない世界だと勘違いをしていた。
俺が過ごしてきた時間の中で、今日のように父上が慌てるようなこともなく外出をして、平穏な毎日の中過ごしてきた。
「アレス様。今日の授業はこれまでとは違い、気分を害する可能性もあります。具合が悪くなりましたら何時でも申してくださいませ」
「わかったよ……」
セドラが最初にそう言った意味が、すぐにも理解できるほどに血腥い話が多かった。
この世界においての、ダンジョンというものの存在は俺がよく知る物に近い。
RPGなどのゲームでは定番であって、物語を進めるのに避けては通れない。
しかし、この世界のダンジョンには、魔物の種類や系統と数多くの魔物が確認されている。また、地上にいる野生の獣たちとは違い、ダンジョンの魔物は倒すと塵になって消える。
「ダンジョンが出現と言っていたけど、元からあるものじゃないのか?」
「言葉通り、出現するのです。何もない所でも突然現れるのです。そして……ダンジョンに住む魔物は時間と共にその数を増し、最後にはこの地上にその姿を現すのです」
なぜ父上たちが、あれ程にまで慌てていたのか?
その意味がようやくここで理解することが出来た。ダンジョンは人知れず出現をしている。ダンジョンを発見したとしても、出現した時期が不明であるのならどれだけの魔物が潜んでいるのかを把握することは出来ない。
それだけではなく、長い間ダンジョンが放置され魔物の数が一定数を超えてしまったら、その周辺に住む人達が溢れ出した魔物によって襲撃される。
この現象を魔物の暴走というらしい。
魔物の暴走は過去に何度も起こっており、その多くは未発見が多いとのこと。簡単に発見できるのなら良いのだろうけど、前触れもないため見つけるというだけで容易なものじゃない。
今回発見したダンジョンが、何時からそこにあったものなのか……明確な情報がなければ、かなり危険だということがよく分かる。
「発見されたダンジョンは貴族が管理しているの?」
「左様です。各貴族に割り当てられ、街にいる冒険者たちの手によって暴走を未然に防いでいるのです」
なるほど、ダンジョンを管理するのは各貴族の仕事でもあり、新発見の場合は危険性も高く、探索団として冒険者が集められている。
先ほど屋敷にやってきていた人たちは冒険者と呼ばれ、ダンジョンを探索し魔物を倒す。それで、ダンジョンの暴走を食い止めているらしい。
だとするのなら……俺もその冒険者というものに?
「つまり公爵家だから、ダンジョンを全て管理しているというのか?」
「それでは、階級についてお話をしましょう。その前にご休憩をされますか?」
「まだ大丈夫だ。続けてくれ」
貴族階級は俺が思っていたものとは違い、公爵、伯爵、子爵、男爵の順に形成される。
それぞれが領地を持っていて色んな派閥があるとか思っていたが、この世界はグルドラリア王国の一国だけで成り立っており、中央にある王都が首都となっている。そして、王都の回りは五つの公爵領として分けられている。
公爵領の中に各貴族の領地が有り、大きさの順に伯爵領、子爵領、男爵領となっている。
爵位の中で、ダンジョンを管理するのは伯爵であり、一番数の多い男爵はダンジョンの発見を目的としている。
もちろん、それだけが仕事という訳でもないのだろうけど。
そして、公爵は全権を持っているためどんな事にも対応が出来るらしい。
爵位領を日本で例えるのなら、公爵領は地方で、伯爵は県、子爵は市で、男爵は街の区分の様なものと考えていいだろうか?
他国がないことで戦争がないのだろうけど、突然出現するダンジョンが最も大きな驚異だ。
発見できなければ、いつの日にか魔物の暴走が起こり、結果として多くの人が死ぬことになる。
魔物、ダンジョン……それに、冒険者。
数あるゲームの物語では、当たり前のように登場する単語の数々。いつの間にか、俺は心を躍らせていた。
魔物が危険? ダンジョンも危険?
それを征するのが冒険者だ。
「セドラ。貴族も冒険者になれたりするのかな?」
「それはもちろんです。貴族や平民に関わらず、冒険者になる者達は多い」
「つまり、僕も冒険者に成れるということか」
「しかし、それは、その……命がけの職業ですので旦那様が許可を出すかどうか」
貴族だろうとも冒険者になれる。
これから先どんな生活になるのかと心配していたけど、冒険者としての生活が例え辛くても、その道に惹かれるのは当然だ。
「そっか。なれるんだね」
「で、ですから旦那様が許可を出すとはとても思えなく……」
セドラの様子からしても、貴族が冒険者を下に見ていることもない。
冒険者たちが居てくれるおかげで、危険が回避されているのだから蔑ろにはできないよな。
だけど、この体は体力はないし、もっと体を鍛えておく必要があるよな。
「セドラ、座学はこれぐらいにして剣術の訓練をしよう」
「剣術でございますか? かしこまりました」
セドラは困った顔をしていたが、渋々と言った様子で俺に木剣を持たせてくれた。
異世界で冒険者。俺にとってはいい響きだ。
剣を振る動作ですら、期待に満ち溢れ心が躍っているのが分かる。
もしかしたら、魔法だってあるのかもしれない……
その日の夜。
セドラは沈んだ表情を浮かべたまま、アークがいる執務室のドアを開けた。
「旦那様」
「セドラ? アレスに何かあったのかい?」
ノックもなしにドアを開けるセドラに対し、怒るよりも先に彼の主たるアレスのことだというのを理解できていた。
ペンを置き、机の上に肘をついて手の上に顎を載せていた。
「お忙しい所、申し訳ございません。旦那様の意向をお聞きしたく勝手ながらここまで参りました」
「一体何があったのかな」
セドラはアレスの思いを告げ、アークは両手を合わせて眉間に押し当てていた。
冒険者に憧れる子供は少なくない。けれど、本質の見えていない子供だからこそ憧れるのだろう。
「頭の痛い話だね」
「ええ、全くです。アレス様を応援したいという気持ちには変わりがございません。ですが、冒険者となると……」
二人は、互いの目が合うと同時に息を漏らしている。
この王国では、冒険者が居ないと国が成り立たない。それでも、死の淵から一命を取り戻したアレスがよりにもよって、冒険者を志すことになるとは想像すらしていなかった。
父親である以上、子供のことは応援したいという気持ちが無いというわけではない。だがしかしが付き纏い、アークは頭を抱えていた。
「冒険者達は我々にとって必要不可欠。日々命をかけてくれるものに対して私は敬意を払っているつもりだ。しかしだね、我が息子が冒険者を志すとなると、セドラと同じ気持ちかな」
「私もこのようなことになるとは、思いもよりませんでした。何とももどかしいものです」
「なら一つ提案をしてみるのはどうだろう?」
アークの言葉に、迷うこともなくセドラは飛びつく。アレスが冒険者以外の道を選べるようにと、その夜に私案が作り出されていた。
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