第8話 魔獣討伐からの出会い

 冒険者を目指していた俺は、セドラと父上によって決められたきつい訓練をこなしていく。

 どれもが実戦を想定しているものばかりで、子供相手だろうと容赦がなかった。

 あのセドラが? という疑問よりも、俺が目指しているものがそれだけ危険だということを、この訓練を通して教えてくれている。


 頭では一応理解しているつもりだ。しかし、家族達からすればせっかく助かったアレスが、そんな物を目指しているのだから、過保護筆頭とも言えるセドラとしても心を鬼にするしか無いのだろう。

 それにしても……執事ってこんなにも強いものなのか?


「まだまだ、その程度ですかな?」


 剣先を俺に向け、穏やかに笑っている。

 こっちは疲労困憊だというのに、セドラの体力は底なしなのか?


「まだ終わるわけがないだろう!」


 今日だけでも、何度吹き飛ばされたことか……転がっている木剣を取って構えるが、攻撃をするまもなく、剣は弾き飛ばされ、胸を掌底で突かれ地面へと尻餅をつく。

 剣の腹が軽く頭に触れていた……これが実戦であれば、俺は確実に死んでいるということだ。


 手加減をしてくれているのは十二分に分かる。そうだというのに、この程度ですら太刀打ちすることもできない。

 まだ姉上が居た頃に、上の二人が剣術の訓練をしているのを見たことはある。セドラではなく、私兵の隊長との模擬戦や、兄姉の剣術のぶつかりあい。今の俺とは別次元の強さをしていた。


 ローバン家であるアレスの体だから、俺にもそんな才能があると思ってはいた。しかし、実際は兄上のような才能はない。姉上のような力もない。

 それでも、ここで諦めるつもりもない!


「でぇややーー!」


 木剣を構えることもなく、セドラに突進するも空を切るばかりで、さっきまでとは違い剣を受け止める必要すらない。

 がむしゃらに振るう剣は全て回避されていく。


「くっ」


 剣を使われることもなく、足をかけられ正面から転げる。

 倒れている俺を起こして、服についた土を払いハンカチを使って顔を拭いてくれていた。


「少し休憩にいたしましょう」


「ありがとう……って、それは何なの?」


「アレス様はご存知ありませんでしたか、これは空間魔法の一種で『収納』です。執事たるもの、このくらいはできませんとな」


 そんなことよりも、魔法……魔法がある!

 セドラの使う収納は、ゲームで言う所のアイテムボックスのようなものだろうか?

 もしかしたらと思ってはいたのだけど……魔物に、ダンジョン。そして、魔法。

 これぞまさしく王道のファンタジーだ!


「おまたせしました。どうぞ」


 小さなテーブルにカップが置かれている。

 こんな物まであるのだから、アイテムボックスでいいんだよな?


「熱っ」


「アレス様! 大丈夫ですか?」


「大丈夫だよ。冷たいものかと思っていたよ」


 セドラが用意してくれた熱いお茶は、朝用意したものらしい。

 話によると、丸一日入れていても熱いままらしい。色々と調べてみたいところだけど、完全な時間の停止ということはないのか……時間の流れはかなり遅いようだけど。

 そこまで都合がいいものではないみたいだけど、休憩中に差し入れをしてくれたことで、魔法のことを知る機会ができた。でも、運動の後なんだから冷たいものが良かったよ。


 俺は訓練が終わると、屋敷に保管されている魔法書を見せて貰えるように父上に頼みこんだ。

 ローバン家は、魔法よりも剣術が主体なのでそれほど難しい魔法の記載はないものばかりだった。


「魔力を具現化させるって……そもそも魔力って何?」


 この世界の住人であれば、魔力というものはごくありふれた物なのだろうが……俺にとっては難解でしか無い。

 それからというもの、朝は、勉強。午後になれば剣術の訓練をして、寝る前に魔法書を読み勧めていた。


「風よ」


 火の付いたロウソクに手をかざして、魔力を使い風の力で火を消す。


「これでできるのなら苦労はないよな……」


 かざしている手からは何も発動することもなく、魔力を込めているというよりも、力んでいるだけのようにしか思えない。

 学園に行けばこう言った基礎も教えてくれるのだろうけど……俺としては今使いたい。

 発動をさせるよりも、魔力を実感するのがまずは必要になりそうだな


 そんな生活が三ヵ月、半年と過ぎていき……ようやく、俺は初めて魔法を発動することができた。

 ロウソクに魔法で火をつけては風の魔法で消す。何度も確かめるように繰り返していた。

 それからは、魔法の上達する速度は飛躍的に上がっていく。


 魔法は俺との相性がいいのか、ゲームの画面を見てきたことでイメージしやすいからか、基本魔法を軸に変化をさせるのにそう難しくはなかった。

 自分がやっていることはかなりおかしなことだとは思うが、比較対象がいないと何とも言えないので、基本魔法だけに留めている。 


 あの日から一年が過ぎた頃には、セドラ相手に魔法を使っていた。もちろん容易に避けられるが、そこからスキを突くことで剣が届くこともあった。

 風で吹き飛ばしたり、先端が尖っていない氷をぶつける程度なので思う存分に使える。


「アレス様は、剣術よりも魔法に長けているようですね」


「それはどうかな? 魔法使ってもまだセドラから一本取れてないよ」


 父上からの提案で、セドラに一本でも取れるようになったら魔獣の討伐の許可が降りるらしい。

 それを聞かされて浮かれたものの、あのセドラ相手に対してどうやってその一本を取るのかというのが、大きな課題となっている。

 それにしても、執事をしているセドラがこれだけ強いというのも謎だ。


「とはいえ、いくらアレス様が優秀でも、このセドラまだまだ負けるわけには参りません」


 汗の一つもなく、涼しい顔をして拳で胸を叩いていた。

 あれだけ余裕な姿を見せられたら、年齢差があるものの腹立たしく思ってしまう。

 セドラのおかげで、実践での魔法もかなりうまくなっているようにも思えるのに、単に相手が悪いのではないかとさえ思ってしまう。


「絶対に追い抜いてやる」


「はい。お待ちしておりますよ」


 この頃にもなると、体付きも変わっていて、少し歩いただけで疲れ果てていたのがまるで嘘のようだった。

 午前中の授業では、メイドの一人が追加され……恥をかかないためにもダンスを嗜む必要があると言われた。

 冒険者にはそんなのは不要だと思っていたが、両親としてはその道に進んで欲しくはないのだろう。しかし、普段は優しいメイドなのに、ダンスへと切り替わると厳しすぎる。


 訓練の休憩をしていると、珍しいことに父上がやってきた。


「アレスの調子はどうかな?」


「これは旦那様。筋は大変よろしいかと。ですが、剣術に於いてはアトラス様にはかないますまい」


「あの子を基準にしても仕方がないだろう?」


 兄のアトラスは、剣術に関してはかなり評価が高い。まさに、天才と言ってもいいぐらいだ。

 二人がこういうのも、初等部へ入学する前に父親であるアークを打ち負かしていたらしい。それにも関わらず、有頂天になることなく、未だ真面目に剣術の訓練をこなしている。


 学園を卒業してからは次期当主として、周辺警邏と、ローバン領を把握するため各所を回っている。

 俺が兄上に会うことも二ヵ月に一回あればいいほうだ。

 父上は携えている剣を抜いて、剣先をこちらへ向けてきた。


「どうだろう、アレス。今度は私と手合わせを願おうかな。実力次第では、魔獣討伐ぐらいなら許可してあげるよ」


「本当ですか?」


「嘘は言わないよ」


 剣を構え、呼吸を整える。

 これに勝てば魔獣討伐が許可される。冒険者たちはダンジョンへと向かうが、今の俺に許可されるはずもない。


 しかし、一歩前進できるのは正直に言って嬉しい。

 使える魔法は少ない、けどこれに勝てば俺は冒険者に一歩近づける。

 父上の出方は分からないが……勝つつもりで行くしか無い!


「行きます」


 俺は真っ直ぐ父上に突進する。父上が剣を構えると、右へ飛び氷の魔法を打ち出す。

 セドラの時とは違い、つらら程度の氷を無数に浴びせる。だが、父上は躱すこともなく剣によって全て撃ち落とされる。

 焦る様子もなく、邪魔だから、飛んできているから、きっとそんな程度に思われている。

 今はそれでいい……


「おっと、残念。話には聞いていたけど、魔法をこれほど早く打ち出してくるとは」


 アイスニードルで足止めし、上空では氷の柱を作り出していた。

 当たればそれなりには痛いはず……それに、剣ではどちらかに避けるしかない。


「これは、すごいね」


 しかし、俺が作り出した氷の柱は真っ二つに切り裂かれ、父上の両脇に落下する。だが、こんなにも早くチャンスが訪れるとは思いもよらなかった。


「これは……まさかね」


「父上、僕の勝ちです」


 父上が上に気を取られていたとしても、この距離なら剣だけでは届かない。しかし、俺が作り出した氷の剣先が、父上の前にある。

 つまり、俺が魔法を止めなければ貫くことも出来ていた。

 この勝負は俺の勝ちという事になる。


「本当にすごいよ。剣に魔法を付与して、距離を縮めたのか……だけどね」


「なっ、消えた!?」


「はい、私の勝ちだね。いいセンスなのは認めるけど。私にはまだまだ到底及ばないね」


 頭をコツンと軽く叩かれ、満足そうに笑顔を浮かべる。

 納得がいかない。俺のほうが先に決定打を出していたはずだった。


 父上をじっと睨みつけ、俺の足元には無数に俺の身長ほどはある氷の棘を出現させていた。

 それは、周囲へと広がり、確実に父上を捉えていた。一番端の棘はどんどんと伸びていき、左右にも棘を張り巡らせ大きな檻へと変化していく。


「これは……」


「今の勝負は僕が勝っていた!」


「分かったよ。これだけのことができるんだ。この辺りの魔獣程度なら大丈夫なのかもね」


「それでは!」


「ただし、セドラが同行するのならという条件だけどね。近くの森ぐらいなら良いだろう。セドラも良いね?」


 展開していた氷は粉々に砕け、セドラは俺を抱きかかえて喜んでいた。

 父上も諦めたのか困った顔をしつつも笑ってくれている。


「かしこまりました。おめでとうございます、アレス様」


「やったーー!!」


 魔獣討伐を許可してもらった俺は、次の日から近くの森へくりだした。

 猪や鹿といった魔獣だけど、地球と比べて大きいし、何より好戦的だった。

 鹿は草食動物ではなかったのだろうか?


「それにしても、この辺りでもだいぶ余裕で戦えるようになってきたな」


 一ヶ月も経つと、魔獣相手だろうと俺一人でも対抗できるようになっていた。


「アレス様。油断は禁物ですぞ。ですが、本当に強くなられた……このセドラ、アレス様の勇姿を間近で拝見でき誠に嬉しく……ううっ」


 頼むから泣かないでくれよ。

 セドラの涙腺は、修復不可能なまでに壊れているとしか思えない。

 魔獣と言っても、ただの野生動物だから居ない日というのも結構ある。なので数匹居た今日は珍しい日でもあった。


「そろそろ夕刻です。さ、戻りましょうか?」


「ああ。わかっ……!?」


 何羽かの鳥が飛び立って、いま悲鳴のようなものが聞こえた気がする。はっきりと聞こえたわけでもなかったが、魔力探知を展開していった。

 魔法書によれば全ての人間や魔物には魔力が少なからず存在している。


 魔力探知。この魔法は近くに魔力の反応を感知するもので、誰かがいるのが分かる程度。屋敷で使用しても、その魔力が誰の物かまでは理解することはできていない。

 範囲を拡大させていくと、複数の反応を捉えることができた。


「あっちだ。」


「アレス様? お待ちを、アレス様!」


 風魔法を使うことで、森の中を駆け抜け魔力の反応する方向へと向かう。反応があった魔力は四つ。

 近づいていくと、はっきりと魔獣が吠える声が聞こえた。急いで反応の下へと向かうと、そこには壊れた馬車が目に入ってきた。壊れた場所の傍らには、一人の男が横たわっている。

 戦った様子もなく、たった今襲われたのだろう。

 俺はその場へと駆け寄ると、一匹の大きな熊の魔獣が立っていた。


「でかいが、これでも食らってろ。アイスニードル」


 つらら程度の大きさの氷を無数に浴びせると、こちらを標的に定めてくれた。

 本来であれば、この氷が刺さればもっと楽なんだろうけど。今はこれが精一杯だ。


「やっぱり刺さらないよな。だったら、デカイの一発ならどうだ?」


 魔力を集中させ、自分の背丈よりも大きく鋭い氷の槍を投げつけた。


「グオオォォ」


 熊とはいえ、魔獣と呼ばれるだけのことはある。

 刺さらないにしても、さっきよりかは効いているはず。狙った場所も胸の真ん中だと言うのに、相手はまだ倒れる様子がない。


「グガァアアア」


「早い!? よっと」


 俺めがけて突進してくる熊を前に、風魔法で上空へと飛ぶ。浮遊はできないが、さっきよりも大きく魔力を込める。

 上空で大きな氷柱を作り出し、熊めがけてぶつけると、運良く頭に当たり押しつぶされることでその大きな巨体が倒れた。


「よっしゃ……じゃなくて、ウインド!」


 ギリギリの所で風魔法を放つも、着地に失敗した俺は尻餅をつくことになってしまった。

 それだけで済めば良いものを、倒れたことで地面にあった石で背中を打って、のたうち回っているとセドラがいいところに来てくれた。


「アレス様。ご無事ですか?」


「ああ、セドラ。多分片付いたと思う……それは良いとして、ポーションを出してくれ」


「お怪我を!? 只今」


 セドラは収納に置いてあるポーションを七個ほどもってやってきた。

 あの魔法俺も欲しいところだけど……セドラの説明は今ひとつなんだよな。セドラ曰く「執事としてこの魔法は使い道が多いですから」執事でなくても便利だと思うのだが?

 ヒュッとして、パカッの意味がわかればいいのだけど……。


「アレス様、一体何処をお怪我されましたか?」


「俺じゃないよ。あの人だ、なんとかなりそうか?」


「そうでしたか、では私にお任せください」


 意識はなかったが、怪我の方も問題はないらしい。

 痛みに耐えているのか、小さくうめき声も出しているのでまだ助かる。


「誰か居ますか?」


「ひっ」


 壊れた馬車を覗き込むと、侍女らしき人は一人の少女を守るようにかばっており、目が合った少女もひどく怯えていた。

 怪我はしていないようだけど、打ち身ぐらいならあるかもしれない。


「大丈夫ですか? 魔獣はもう退治しました」


「本当に大丈夫なのですか?」


「この様子だと馬車も使えませんので、僕の屋敷に来てください。申し遅れました、僕の名前は、アレス・ローバンと申します」


「ローバン公爵様の……この方はミーア様。ミーア・シルラーン様にございます」


「セドラ。引き上げるのを手伝ってくれ」


 ミーアという少女は、侍女に抱きかかえられたまま。よほど恐ろしかったのか未だに震えていた。

 こういう時に気の利いた言葉でも掛けて上げれば良いのだけど……。

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