第6話 誕生日は疲れる
今日は俺が六歳になる誕生日。
これまでのこともあってか、体格からして他の子供達から比べると少しだけ小さいのかもしれない。
誕生日であるのだが……今回はお披露目のパーティーでもある。
「それだけで済まないのが……貴族ってものだよな」
本来は三歳から五歳の間にお披露目としてパーティーが開かれる。だが、その間ずっと病弱だったアレスにはパーティーは開かれてはいない。
そう思うと、皆からすれば、この日がどれだけ特別なものなのか……使用人の誰もが今日、この日のために準備を進めていた。
扉の向こう側から漏れている喧騒は、一体どれほどの人が集まっているのか容易に想像できる。その目的は、成長したアレスを一目見ようと言うことだ。
「アレス緊張しているのかい?」
「はい、少し……ですが兄上に挨拶は教えて頂いたので、なんとかなると思います」
俺の家族は、誰もが笑みを浮かべていた。それを見ている俺が何でこんなにも、嬉しいと思えるのだろうか?
俺が……アレス・ローバンだからか?
それとも、姉さん以外にここに居る皆を家族としてみているからか?
父上に手を握られる。とても大きな手だった……いつも父上や母上を見ると目が合い、微笑みかけてくれる。
姉上には肩に手を置き、頬が頭に触れいつもとは違い、優しいぬくもりを感じる。
「いたっ」
「緊張するだけ無駄だよ」
兄上からは額を軽く指で弾かれる。
不思議だった、あれだけ緊張していたのにまるで魔法のように、緊張が解けていた。
「アトラスの言うとおりだよ。そんなに緊張しなくていいんだよ。間違えたっていいんだ、今日は君の元気な姿を、皆に見せてあげることができればそれでいいんだよ」
父上は会場への大きな扉を開く。
会場には多くの人が訪れていた喧騒は静まり返り、人々の視線はこちらへと注視されてくる。
その中にも、俺や兄上と同じぐらいの子供の姿も見える。
「本日は、我がローバン家においでくださり、誠に有難うございます」
誰かがした拍手により、会場には……一際大きな拍手が上がる。
姉上に背中を押され、前に出るように促され、父上の隣にある壇上へと登り、拍手の音は次第に少なくなっていた。
俺の姿を見て、涙を流す人が何人か見える。
だけど、俺にはこれが自分のことだとは思えず。兄上に左手を、姉上には右手を繋がれる。
「私達の愛し子、アレスです。彼は生まれつき体も弱く、私達もまた辛い日々でした。会場の中にも心を痛めた方も居られると思います。ですが、皆様! アレスはこうして皆様の前に立つことができました」
アレスが元気になることを、これだけの多くの人が待ち望んでいたのか?
だけど、俺は……アレスの皮を被った他人であることを申し訳なく思い、今になって怖気づいてしまう。
俺で良いのかと……そこに立つべきなのか?
俺はアレスとして、生きてもいいのだろうか?
「さあ、アレス。皆に挨拶をしないとね」
「大丈夫。何も気にすることはないよ」
家族に支えられ、一歩前へと踏み込む。
貴族の子供として転生したことで、これまでの優雅な生活はこれだけの多くの人達によって築かれたもの。
その責務を子供である俺自身も背負う必要がある。
だから……俺は、これからもずっと、アレス・ローバンとして生きていくしか無い。
「お初にお目にかかります。ローバン公爵家次男、アレス・ローバンでございます。こうして皆様と出会えたことを心より嬉しく思います。えっと……」
隣では兄と姉の小さな声援が聞こえる。
練習していたのだが……セリフが思い出せない。
「今後共どうか……どうか、よろしくおねがいします」
鳴り止まない拍手。泣き崩れる人、肩を抱き喜びに打ち震える人。
この会場にいる多くの人がアレスの無事を願っていた。
腰に手を置かれ「がんばったね」と姉上が嬉しそうに言った。兄上に抱きかかえられ「大丈夫」二人の励ましが嬉しいと思った。
家族として褒められるということに、初めて実感を持てた気がした。
それからは、俺たちもテラスからホールへと行き、訪れていた貴族達と一通りの挨拶が始まった。
どこの誰と言われたところで一々覚えてもいられない。
疲れたため息を漏らし、俺は休憩のために一人部屋に残された。
鏡の前に立つと小さな少年の姿が映し出される。
誕生日でさえこの有様。未だに貴族がどういったものかも分からず、今後俺はこの違った世界で、貴族の一員として本当に暮らしていけるのかという不安が芽生えた。
「アレス。お前は俺を許してくれるのだろうか?」
アレスには五年という短い間、生きてきた記憶があったはずだ。だけど、俺の持つ記憶の中にアレスだった頃の記憶は何一つとして残ってはいない。
何を考えても不安は積もるばかりで何の解決にもならない。
しかし、過去に捕らわれず、これからを家族達と一緒に歩んでいきたい。これが今俺の中にある正直な気持ちだ。
「だから俺は進む。お前が思う家族の形で無かったにしろ。お前が俺を受け入れてくることを望むよ」
いくら休憩とはいえ、主役がいつまでもここにいては公爵家の示しがつかないだろう。
少しだけ気持ちを落ち着かせ、会場へと戻ると、色んな貴族たちが俺の元へと挨拶にやって来る。
それでもやっぱり、愛想笑いにも限界がある。
「もっと頑張らないと、そして強くならないと……」
「アレス様は、ゆっくりでいいんです。焦る必要もありません」
アレスは、いや俺の体は会場に来ていた同じぐらいの子供と比べるとかなり小柄で、体力もかなり劣っている。
セドラが俺の身体を心配するのもわかるが、俺はアレスとして生きるしかない。
次の日から、早朝は屋敷の周りを走り、朝食を終えると午前中はセドラから座学や貴族マナーなど教わる。
午後からは、筋力トレーニングに剣術訓練。
辛いと感じる毎日だったけど充実していた。
「お体の方は大丈夫ですか?」
「うん。少しずつ良くなってると思うんだ。もう少しきつくしてもいい頃合いだと思うけど……どうかな?」
初日なんて、屋敷を走るなんて四分の一すらできなかったし、今は一周ならなんとか走れるようになった。
とはいえ、セドラからしてみればこの提案は飲めないだろうな。
元気になったからとはいえ、今までのことがあるからセドラも無理はさせれないだろう。
「私としては、早計かと思います」
「そうだよね……」
「ですが、アレス様をお守りするのが私の勤めにございます。主が望まれること、その支えこそが、私の喜びでもあります」
たまに思うのだけど、誰か通訳してくれないかな?
「ええっと、やってもいいけど……無理はさせないよってことでいいのかな?」
「かしこまりました。アレス様」
日課の課題は、一週間ごとに見直し訓練の幅を広げていく。
そんな生活が二年間続き、アレス・ローバンは八歳の誕生日を迎えた。
あの時のようなパーティーではなく、内々のものだった。
身体つきもだいぶ良くなり、同い年の子供とそう変わらないほどに成長していた。
「八歳の誕生日おめでとう」
「有難うございます、姉上」
「アレス。元気そうで僕も嬉しいよ」
「兄上。僕も会いたかったです……それであの、そちらの方は?」
兄上の隣には、女性が並んで立っている。もちろん、初めて見る人でかなり美人だった。
俺と目が合うと、ニッコリと微笑む笑顔に少しドキッとなってしまう。そんな人がどうして兄上と一緒に?
兄上は、一見するとまともだけど、腹の中には何が潜んでいるのか分からない程の腹黒い性格になっている。
「アレス様、はじめまして。イリーシャ・パーセトアと申します」
スカートを両手で摘みお辞儀をしていた。
その綺麗な所作に完全に見惚れていた。そんな俺をあまり良く思わなかったのか、姉上が後ろから両手で顔を掴まれ無理やり違う方向へと向けられる。首に痛みが走り、姉上は頬を膨らませていた。
それにしても何処のご令嬢なのだろうか?
「南方にある、パーセトア伯爵家の次女であらせられます。この度は、アトラス様の婚約者としてアレス様の誕生日パーティーへお越し下さいました」
と、セドラの耳打ちで彼女のことが理解できたのだが。
兄上に……婚約者かー……
「つまり、兄上は結婚していたのですか!?」
「ぷっ、違うよ、アレス。まだ結婚はしていないよ。結婚を前提に置いているのが婚約者だよ。というよりも半年前の事だから、父上から聞いていないのかい?」
全然……記憶にないんですけど。
セドラを見てもニッコリと微笑むだけで、どう解釈していいのかよくわからないよ。
姉上は未だにふくれっ面をしている。
「あはは……ごめんなさい。イリーシャ様、本当にありがとうございます。よく兄上なんかを、何卒宜しくお願いします」
椅子から降りて、深々と頭を下げる。
だけど、イリーシャさんはキョトンとした顔をして、兄上は握りこぶしを構えていた。
あ、あれ?
なんかまずいこと言ったのかな。
「そこは普通であれば、おめでとうだと思うけどね。アレスは時折嫌味を言うね。兄として少しお話でもした方がいいのかな?」
「ふふっ、アレス様。こちらこそ宜しくおねがいします」
「様だなんて、もっと気軽に呼んでください」
兄上は俺を見下ろし、指の骨をパキパキと鳴らしていた。
だけど、イリーシャさんが兄上に腕を組むと、顔を少しだけ赤くしてこの日初めて照れた兄上を見た。
「アーレス。お誕生日おめでとう」
「あ、姉上」
ちょいちょい抱きついてきたのが姉のフィール。
最近は学園に行っているために、特別な何かでもない限り家にいることは少ない。
さすがに、色々と育ってきているからさ、離れて欲しい……役得とは思ってないよ。決して。
「いつものようにお姉ちゃんと呼びなさい。あっ、失礼しました、義姉のイリーシャ様」
「いえいえ、お気になさらず。ですが、私もアレスくんにいつかはお姉ちゃんと呼ばれたりするのでしょうか?」
「は?」「アアァ?」
え、何言ってるのこの人。って、姉上。なんでいきなり睨みつけているんだ? イリーシャさんも何でそこで対抗しているんだよ。
というか、今何が起こっているんだ? この流れからして俺の出番というわけだな。
「お姉ちゃんたち、仲良くしないとだめだよ」
秘技、おとぼけ子供演技。
愛くるしい俺の演技に二人は、怒りを忘れ俺の元へと歩いてきた。
女子というものは皆可愛いものに惹かれる……それを最大限に活かせる今だから使える究極奥義だろう。
「お離しなさい。先程私をお姉ちゃんと呼びましたわ」
「結婚もしていないのだから、お姉ちゃんは私一人よ!」
姉上は右手を掴み、イリーシャさんは左腕を掴んでいた。
右へ左へと体は揺さぶられる。
「ふ、二人共」
「あ? 私のことはお姉ちゃんと呼べ!」
「そんな怒りっぽい姉などは不要ですわね。私こそがアレスくんのお姉ちゃんなのよ」
二人は引っ張るのをやめずに、力を上げていくので千切れるんじゃないかという程に痛い。
俺が喚いていると、母上が俺を抱きかかえてくれた。
「二人共お止しなさい。呼ばれ方の一つで何を言っているのですか? 姉上だろうとお姉ちゃんだろうと同じことですよ」
「お母様は分からないのですよ。考えてください、アレスがお母様のことを『ママ』って呼んでみたら。どう思いますか?」
「ママ? そ、それは……」
心底どうでもいい話をしているな……こっちはさっきの痛みで苦しいというのになんでこんなくだらないことになっているんだ?
「アレス。私のことをママと呼んでみてくれないかしら?」
「ヴァヴァ、はー、くしゅん」
最悪のタイミングだった。母上の髪が鼻に当たり擽ったくママと言ったつもりが、かなりやばめの単語になっている。
「お母様。今のは多分違う……」
「そ、そうですよ。アレスくんはきっとママって言ったはずですよ」
母上は、姉上に俺を託して部屋から出ていき、大声で泣きながら廊下を駆けていき、父上がその後を追っていた。
この日の誕生日は、今までで一番疲れた気がする。
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