第4話 執事たちの企み
「あれ? 寝たのは……たしか、昼前だった気がする」
姉から言われた通りに大人しく寝ていたのだけど……青空だった空は夕焼けで朱色へと変わっていた。
夕方近くので寝るつもりはなかったが、寝不足だったということもないし、自分が思っている以上にこの体では些細なことでも疲労が大きいのかもしれないな。
あるくというだけで疲れるほどに基礎体力が少ないため、今のままではまともに走ることすら怒られる可能性もある。
現段階として必要なのは、この世界の知識を学ぶ前に、少しでも動けるように体力作りから始めるのもいいかもしれない。
「おや、おはようございます、アレス様」
「セドラさん? おはよう」
「私めのことは、どうぞセドラと呼び捨ててください。ところで、お加減はいかがですか?」
「うん、大丈夫だよ。セドラ」
年上の人を呼び捨てって、やっぱり抵抗ある。
貴族の立場からすれば、執事や使用人を呼び捨てにするのは当たり前だ。それが俺のように小さな子供だろうと例外はない。
寝起きの背伸びをすると、くぅと小さく腹の虫がなった。
「ふふっ、少し早いでしょうが。アレス様は先に夕食にいたしましょう」
「あ、ありがとう」
「ときにアレス様」
彼を抱えようとしたセドラの表情が一変し、目を限界まで見開き額がくっつく程に近い。
なんだろう、何かやらかしたのだろうか?
もしかしたら寝言で何か言ってしまったのだろうか?
その可能性は十分にあるよな。
「な、なに?」
「今後、お昼寝をされる時は、セドラにも一言お声をかけて貰ってもよろしいですかな?」
なるほど、昼寝をする時は誰かの断わりが必要ということだな?
姉上はまだ子供だから、その対象から外れるのか?
意味はよく分からないけど、貴族とはそういうものなんだろう。
「うん? 分かったよ。でもどうやってセドラを呼べば良いのかわからない」
そう、寝るのに一声かけるのは良い。
しかし、四六時中隣りにいるというわけでもないので、報告しようにもできない。
セドラは、ベットの脇に置いてあったベルを持ち俺に渡してきた。
「私でなくても構いません。このベルを鳴らせば、私かメイドの誰かが参りますので」
これはそういうものだったのか……用があればベルを鳴らせば誰かが来てくれるのか。
ベルから聞こえる音は、透き通るように突き抜けてくる音を立てていた。
「お呼びでしょうか?」
「え、あ。ごめん」
「アレス様に、ベルの事をお話していただけです。でも、これでお分かり頂けましたでしょうか?」
呼び出されたメイドは頭を下げてから出ていく。
なんて便利な……いや、ここではこれが普通なのか。
「うん、何かあったらベルで知らせるね」
「では、早速絵師の準備をしておきましょう」
「えしって何?」
セドラは態とらしく、顎に手を置き俺には見えない顎髭を撫でているような仕草をしていた。目が合うと俺に背を向け遠くを見つめるかのように天井を見ている。
目を閉じ、左手を胸に置き、だけど口元が少しだらしない。
何かをごまかそうとしているのか?
「今から一刻ほど前に、アレス様のご様子を拝見したときのことですが……」
「うん?」
「それはそれは、可愛らしい寝顔に我々は心打たれまして、どうにかその光景を残したく思います」
ああ、えしって、絵を書く人の、絵師のことだったのか……で?
わざわざその絵師を呼んで、俺の寝姿を書いてもらう?
なんだその、無駄な金の使い方は……と言いたい所だけど、アレスがこんなにも元気で居られたということはないらしいので、俺の強くは出られない。
「それぐらいなら別にいいと思うけど……我々ってセドラ以外に誰がいたの?」
「ローバン家に仕える全ての使用人にございます」
おふっ。なんでそこまで過保護なんだよ。このくらいの年齢なら昼寝なんて当たり前だろ?
それに使用人全員って、仕事しろよ。寝顔を見ている暇ぐらいはあるかもしれないけど、そんなものを見て何が楽しいんだ?
俺はセドラに抱きかかえられ、食堂へと足を運ぶ……これが当たり前になりつつあって慣れって怖いわ
廊下で母上が俺に気が付き、こちらへ小走りに向かってきた。
それなのに、俺の耳元では「チッ」とセドラは見るからに嫌そうな顔をしていた。
「母上」
「アレス、こっちにいらっしゃい」
「ソフィ。アレス様はお腹が空いておられます。というわけで、後にしろ」
「そう、では。私と一緒に行きましょうか?」
母上がそう言って両手を広げ俺が来るのを待っているのだが、セドラがそれに従うはずもない。
それにしても、セドラ。声のトーンがおかしくない? 舌打ちをした所から顔を見てはないけど……雰囲気だけで怖い。
「ソフィ、持ち場から離れ。有ろう事かアレス様を出しにする所業。許されると思うなよ?」
「うっ、分かったわよ。戻ります、アレスそれではまた後でね」
一体この二人には何があったんだろう……聞きたいけど、聞くのが少し怖い。
食堂の椅子に降ろされる。
体が小さいので俺用に作られた椅子……気分は大人がお子様ランチを食べているレベル。
わかる、分かってはいるんだ。俺が小さくてこのテーブルが大きいってことは……
「アレス様にセドラ様」
「ニック、アレス様に夕食をお願いできますか?」
料理人のニック。
ガッシリとした体格に、料理人に必要なのかと聞きたい程の太い腕と胸板。
しかし、彼から作り出される料理はどれも絶品。
文句を言う方がどうかしているんじゃないのかと思うほどだ。
「そう言えば、アレス様は昼食をお取りになってませんでしたね。直ちに取り掛からせてもらいます。どのようなものがよろしいですか?」
この世界の料理は何が何だか分からない。かと言って、和食が欲しいと言ったところで当然通じそうにもない。
しかし、俺は貴族のお坊ちゃん。
使用人に対しての心構えもバッチリ習得済みだ。だからこそ、こういうときに対処ぐらいは知っている。
「ニックのご飯は美味しいから、お任せするよ」
「有難うございます、これから取り掛かるため申し訳ございませんがしばしお待ち下さい」
ドアが閉まると、何かがぶつかる音が聞こえ、歓喜の声が聞こえたけど気のせいだと思いたい。
そう、気の所為……俺はまだ寝ぼけているのかもしれない、ニックが入っていった部屋から「うらっ!」という声と同時にドゴッと鈍い音なんて、全く聞こえてこなかった。
何が出来上がるのだろうかと、心配しながら彼が作る料理を待っていた。
この世界の使用人というものは……他の屋敷に仕えている使用人も皆こういうものなのか?
それとも、ここにいる使用人がおかしいのかもしれない。
「ねぇセドラ……」
「はい、何でございましょうか?」
「母上……」
あれ、空気が……顔の変化は全くないのに、セドラからは苛立っているのを感じ取れた。
だいたい今のことだけで何が気に入らないというのだろうか?
「母上は今日は何をされていたのかな……」
ふぅーと長く息を吐き、俺の前へと屈んでいたのをやめて胸に仕舞っていた時計を取り出して、はあっと息を吹きかけ磨いていた。
バレてるから、溜息ついたの思っきりバレてるから。
「さぁ、私めはアレス様の専用執事ですから。ソフィ程度のことなど存じ上げません」
ソフィ程度……なんで、そういうことを平然と言えるんだ?
一応は主人の奥さんなんだぞ? それに、セドラは俺の専用執事だ。
その母親なのに……この二人の間に何があったのだろうか?
「おや、セドラ」
「失礼だろう、ダンケ」
「これはこれは、申し訳ございません。アレス様」
俺の方へと深く頭を下げている。
声を掛ける順番のようなものだろうか?
もう一人執事ダンケ。
セドラとは違いダンケはこの屋敷の使用人全てを管理しているらしい。
「しかし、ちょうどいい所に来た。ダンケ、こちらに来てくれ」
一体何の話だ? というか、目の前で堂々と内緒話っていうのはいいものなのか?
「誠ですか!?」
「声が大きい。では手配をよろしく頼むぞ」
「ははっ」
だから……なに?
「セドラ」
「はっ、何でございましょうか」
俺が呼ぶと、二人して悪い企みをしていたというのに、俺が呼んだだけでニコニコとして顔に変貌していた。
その変わり身の速さもすごいな。
「あれ……えっと、なんだっけ?」
「ぶふっ」
ごまかすためにキョトン顔をしたつもりだったのだけど……まさかウケるとは思ってなかった、これからは自重しよう。
「ど、どうしたの? 大丈夫、セドラ」
「も、申し訳ございません。思い出されましたら何なりと」
ダンケと何を話ししていたのかが聞きたい所だったけど、多分聞かないほうがいいような気がした。
様子からして、まともじゃないのは確かだった……
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