8.アリスとリン2
Side:アリス
家の中に入れられると、リンさんのお母さんが居ました。
「アリスちゃんありがとうね、こんな奴と遊んでくれて。」
ニコニコしながらクッキーをいっぱい持っていて、なんとなくこのクッキーを食べ終わるまで返さないという意思を感じます。
といっても、そんなことはなくおかわりが一回目のタイミングで帰ることを伝えるとあっさり家に返してくれました。
一緒にリンさんのお母さんが私の家まで送ってくれました。
顔が引きつらないように怖がらないようにと大変でしたが何とか乗り切りました。
リンのお母さんと一緒の帰り道、リンさんが近くに居なくなったことで私は気が抜けていました。
「やっぱりリンは怖い?」
「……いや、怖くないです」
聞こえた瞬間にほんの少しだけ頷きかけて、寸前で止めた後に怖くないと答えられました。
「ふふ、別に嘘は付かなくても、遊んでるのを見ればすぐに分かったわ。」
まだ一児の母とは見えない幼い容貌で笑っていました。
気づかれちゃった。どうしよう。
「きっと、リンも悲しんでるわね。」
ドキリとした。
私が怖がっていたからリンさんが悲しんでいると言っているように聞こえて。
私が困っていた時に助けてくれたリンさんのことを怖がっているのはいけないことなのはわかる。
でもいけないことだと分かっていたから、出来る限り隠してたはずです。
「アリスちゃんがリンのことを怖がっているのが分かったのは、リンの反応を見ていたからなの。リンが遊んでる間にアリスちゃんの顔を見て悲しそうな顔をしてたから。」
その言葉に私はどう返せばいいんだろう。
リンさんのお母さんは悲しそうな顔をしているし、私もあの出迎えの時でリンさんが今日をどれだけ楽しみにしていたのかは分かった。
でも怖いのはどうにもできなかった。
「あの子は友達の作り方が下手なんだろうね。どうしても相手と合わせられないみたいだし、どこから知ったのか良く分からない知識も皆に避けられるのは分かってるはずなのにね。」
とても疲れたようにため息を吐いたリンさんのお母さんを見て、私は助けになりたいとは思ったけど、リンさんのことが怖い私では何もできないから黙っていました。
それ以降話は無く、居心地の悪い空気が続いていました。
私がリンさんのことを怖くなければ大丈夫だったのになぁ。
もう少しで家に着くころ、何故か私のお父さんが後ろからリンさんのお母さんを呼びながら走ってきていました。
「ハリスがリンを連れて森に入っていった!」
それを聞いた私は一瞬だけ頭が真っ白になりました。
その間にリンのお母さんは一も二も無く森に走っていきました。
今まで見たことのない速度で走っているリンのお母さんが森に入っていったころに、やっと私はお父さんの言葉の意味が理解できました。
「ハリスがなんでリンさんと一緒に森に入ってるの?」
私の質問に、お父さんも良く分かっていないように目を泳がせながら答えます。
「ハリスを見たか聞いて回っている間に、村の子供たちがそれを見たらしくての。」
私はそれを聞いたときに直ぐにこう言ってしまいました。
「なんですぐに探しに行かないの!」
私の声を聴いたお父さんは急いでリンのお母さんに続いて森に入っていきました。
どうしよう。
こうなったのも私がハリスを見失ったせいだし、リンさんが森に付いて行ったのも私がリンさんのことを怖がっているのを知って悲しくなってるときにリンさんのことを尊敬しているハリスが来たからに違いない。
もしかして、私のせい?
パーティーの前にお父さんと一緒に演技の練習をしたときに森がどんな場所なのかを教えてもらいました。
私はもちろん、リンさんが持っているような凄い技術があってもモンスターに出会えばすぐに死んでしまう場所だって。
でも私はその時に一緒にモンスターに出会ったときの逃げ方、隠れ方も教えて貰いました。
ハリスとリンさんは知らないはずです。
私のお父さんもリンのお母さんも同じ場所に探しに行ったし、探す人がたくさんいた方がいいはず。
私は少しの間考えて、同じ所を探しても意味がないと、二人が行った方と反対の方向に行った。
私が怖がったせいで森に入っていったなら、私が連れて帰らないと。
怖いのは仕方ないけど、リンさんを怪我させることなく家に帰すことはできるはず。
私はいつも持っている匂い消しを体にかけてから森に入りました。
もう夕方を過ぎて暗くなってきた森の中を音を立てないように気を付けながらリンさんとハリスを探します。
森に入るのは初めてでしたが、モンスターの姿を見ることなく、スイスイ進んでいけました。
なんだ、結構簡単。
思ったよりも簡単に森の中を探索出来て、周りに何かの果実がなっている木や綺麗なお花を見つける余裕も出てきました。
「あ、アップルの木だ。」
とってみたアップルを食べてみると、ジュワっと出てくる果汁がとても美味しいです。
お母さんがパイを作るときにつまみ食いしたアップルよりも美味しい気がしました。
時々植物を観察しながら歩いても、周りにモンスターはいないし、虫の声が聞こえるだけのとても静かな森は歩いているだけで楽しかったです。
そんな風に歩いている間に私はリンさんを見つけました。
「リンさん!」
リンさんは足を抑えて木にもたれかかっていました。
リンさんは思わず大きな声を出してしまった私に「しー」っと合図を送りながら抑えている足が痛いのか、顔を
「どうしたんですか?」
小声で話しかけると、答えは無く。
何もない場所をじっと見つめて動きませんでした。
返事がないことが不安になって、私は重ねて問いかけました。
「その足はどうしたんですか?」
リンさんはやっぱり痛いのか、両足が震えながらも一人で立ち上がりました。
「アリスちゃん逃げて」
リンさんは痛みが酷いのか、青くなって脂汗が酷い顔に笑顔を張り付けてそんなことを言い残してどこかに走り出してしまいました。
「待って!」
私が止めてもリンさんは意味もなく叫び声をあげながら走っていきます。
せっかく見つけたのに村に連れて帰れなかった。
リンさんはこの森がどんな場所なのか知らないはず。
知っていたら叫びながら走るなんて自殺行為はしないはずです。
また、いつもの奇行でしょうか?
もし、私がリンさんを追いかけても私はモンスターに見つかってしまいます。
そうなれば私は簡単に死んでしまいます。
こうなればリンさんを村に連れて帰ることは諦めなければいけません。
連れて帰ることは出来なくても、リンさんを見つけたのは間違いないのでお父さんに報告しようと直ぐに立ち上がって動き始めました。
私が村の方に戻り始めてすぐ、私はリンのお母さんが向こうから走ってくるのが見えました。
「あ、リンさんが向こうに」
私がリンさんが居た方を指さしながらそういうとリンのお母さんは何も言わずに私を少し睨んで直ぐにリンさんの方に向かっていきました。
どうして睨まれたんでしょう?
やっぱりリンさんがハリスに森に付いてきたのは私のせいだったんでしょうか?
そういえばリンさんと一緒に森に入ったはずのハリスを見ていません。
どこに行ってしまったのでしょう。
考え事をしながら村を目指して歩いていると、今度は私のお父さんが向こうから走ってきました。
「お父さん!」
私は場所を忘れてお父さんに抱き着いてしまいました。
「なんで森に入っているんだ!」
予想外に大声で怒鳴られて体がこわばってしまいました。
怒られることを今さら考えながら、私は森の歩き方もモンスターからの逃げ方も知っているので、それを知らないはずのリンさんとハリスを村に連れて帰ることを考えたと正直に話しました。
お父さんは難しい顔をしながらそれを聞いていました。
「でも、リンさんも見つけたのにどこかに走って行っちゃったから連れて帰れなかった。」
「アリス、リンはどこにいる?」
お父さんはさらに深刻そうな顔をしてリンさんがどこに居たのかを訊いてきます。
私はリンのお母さんが既に行ったことと、リンさんと会った時のこと、そしてまだハリスが見つかっていないことを話しました。
「はぁ、アリス。君は今回かなりのミスをしたね。」
お父さんは口調を変えることすら忘れて私を説教し始めました。
「まず、私が教えたのは昼の森の歩き方だ。」
そういうお父さんの顔は真剣でした。
私はそういえばそう言っていたと、一歩間違えれば命を失っていた状況に冷や汗が出てきました。
「それに、リンはもう夜の森の歩き方も知っているはずだ。何せ親がモンスターを狩ることをしている冒険者だからね。夜の森がどれだけ恐ろしいのかは良く分かっているはずだ。」
え?
頭が混乱して声が出てこない。
そんなことはないはず。
だって叫びながら森を走るなんてことを教えられなくてもやっちゃいけないことだって分かるはずだし。
「あの子はみんなが言うほど考えなしじゃないんだ。アリスは意味もなく叫びながら走りだしたっていうけど、それがもしも意味がある行動だったらどんな意味があると思う?」
そんなことを聞かれても分からない。
いつものリンさんの奇行のはず。
そうだ、あれはリンさんの奇行が偶然あのタイミングに出てしまっただけだ。
そのはずだ。
「リンは夜の森の恐ろしさを知っている。なのにモンスターに自分の位置を教える行為をしていたんだ。それもアリスから離れながら。」
全身が凍っていく。
指先一つ動かせはしない。
「きっとリンは助けが来るまでじっとしていようと思っていたんだろうね。夜は人間の目は効かないのに、夜に活動するモンスターはそんなことも関係なくこっちを見つけてくる。だからこそ足音を立てないようにする程度では意味がないことが良く分かっていたはずだ。」
もう何も言わないでほしい。
もう分かった。私のせいだ。
でも理解はしたくない。
喉元まで答えは出かかっている。
でも私はそんなことを知りたくない。
――聞きたくない!!
「――リンは自分が死ぬ代わりに君を助けようとしたんだよ」
それを聞いた瞬間、動かなかったはずの手は勝手に震えて、自分でも分かるほどに異常な量の汗をかいています。
「……ふー……ふー……」
息が苦しいです。
あの、震えた足も。
あの、真っ青な顔も。
あの、顔に浮かんだ脂汗も笑顔も言葉も。
全てが、私を思っての行動でした。
頭の中ではあの光景が何度も流れていました。
リンさんが足を震わせながら立ち上がって、顔を真っ青にしながら「アリスちゃん逃げて」走り出す姿が。
どうして私を助けたんでしょう?
どうしてそんなに自分を犠牲に出来たんでしょう?
どうして私は責められなかったんでしょう?
どうして私はそんな人を怖がっていたんでしょう?
……
…………
………………。
私が次に目覚めたのは次の日の朝でした。
自分のベッドの上で起き上がると服は汗を吸って気持ち悪いです。
気分が悪いです。
一歩間違えれば死ぬかけた状況を、私が怖がっていたリンさんが自分の命と引き換えにしたおかげで私は今生きています。
これでもし、リンさんが死んでいれば私はどうなるんでしょう。
そんなことを考えながらも、私は急いで着替えをしてお父さんに話を聞きに行きました。
私が気を失った後には、リンのお母さんが不機嫌な顔をしながら森から出てきて、何も言わずに家にリンさんを抱えて帰っていったそうです。
その後にお父さんがハリスの行方を捜していると、ケイトさんの家で遊んでいたのが見つかったそうです。
お父さんがリンを森に連れて行ったことを怒るとハリスは覚えてないと話したそうです。
お父さんはそれでもハリスが約束をすっぽかしたのは間違いではないので色んな罰があるそうです。
でも、お父さんは時間が時間だからとリンさんの様子を見に行くことをしなかったそうです。
「私が今からリンさんの家に行く!」
お父さんの微笑ましそうな顔をウザく感じながら、私は何も持たずに家を飛び出しました。
「……はぁ、はぁ……」
息を切らしながら私は一直線に昨日遊びに行った家に向かいました。
どんどんと勢いよくドアを叩くと出てきたのは不機嫌なリンさんのお母さんでした。
そこまで来て私は何も声が出てきませんでした。
リンさんは無事だったのかを確認するのか、怖がっていて申し訳ないという謝罪なのか、自分でもどうしてここに来たのか分からなくなってしまいました。
「入って、リンが中にいるから」
私は家に上がって、案内されるままにリンさんの部屋の前に来ました。
もうリンさんのお母さんはいません。
飲み物を取ってくるから入っててと言ってどこかに行ってしまいました。
私はリンさんに何て言えばいいんでしょうか。
リンさんのことが怖かったときよりも今の方が緊張しています。
ドアノブに手を置いてから、深呼吸して。
中に入りました。
昨日来たばかりの部屋は何も変わりなく、変わっていたはベッドの上に寝ているリンさんだけでした。
包帯の多さが昨日の傷の多さを物語っています。
近づくとリンさんは首を回して私を見ました。
怒られるんでしょうか。
そう考えていた私の予想を裏切って、リンさんはいつもの無邪気な笑顔でこう言ってきました。
「アリスちゃん無事だったんだ、良かった」
その時私は理由も分からずに涙ができました。
訳も分からず泣きじゃくる私をリンさんは慰めてくれて、やっと私はお父さんが言っていた内容が嘘じゃなかったと実感できました。
泣いている間に私はいくつかの決め事を作りました。
リンさんが困っていた時には助けること。
その時のために私は勉強も、嫌いだった戦うことも頑張ること。
そして何より私はリンさんを絶対に逃がさないことを決めました。
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