入学園祭!
9.出発前日
15歳になってから、学園に向かうまでたくさんのことが起こった。
正直言うと、まだまだスライムたちのレベル上げをしたいし、何なら僕が買ってきたスライム用の餌の大半を家に置いたまま行かないといけないのは嫌だ。
それにマロック爺さんにも教わりたいことは沢山あったし、まだまだこの村でやりたいことは沢山ある。
でも、この国に生まれたからには15歳になる年には、絶対に学園に行かなければ行けないらしく、その学園に行く日が明日だ。……行かなければ村に罰則があるんだって。
「あ~! 行きたくな〜い!」
「そんなこと言わないでよ。前まで行きたい行きたいってずっと言ってたのにさ」
アリスの家でお茶をしている途中に、机に突っ伏した僕の頭をぐりぐりしているのはソラ。
そんな僕に声をかけながら虎徹に餌を上げているのがアリスだ。
「……そうだ、虎徹はまだ子供だし遠出させるのもあれだし親に頼んで「絶対にダメ! それするなら私も残る!」
なんとなく気に食わなかったのでアリスが気に入っている虎徹を置いていくと言おうとすると、アリスは食い気味に拒否をする。
アリスも昔から行きたいって言ってたくせに。
「絶対に連れてきて! 私が捕まえてるモンスターを全員連れて行くんだからあなたも全員連れて行くの。いい?」
「はいはい、分かりましたよ。」
まぁ、もとよりそのつもりだからいいけどアリスのモンスター全員ってソラだけじゃん。
アリスはせっかくスカイバードのソラを初めからテイム出来たので、他のモンスターは捕まえずにソラに全部のリソースを投入することに決めたらしい。
まぁ、普通に考えてスライムとかウルフギャングとかを捕まえる前に、ソラと同じ鳥形のモンスター捕まえたほうが色々とやりやすいだろうしね。
そろそろソラがぐりぐりしてくるつむじが痛くなってきたので、起き上がってアリスに話しかける。
「そういえば…「あっ、そうだ! 大量のモンスターはどうやって持っていくの?」
話しかけたところ、僕の話は聞こえていなかったようで、アリスはさっきの約束で疑問に思った、大量のモンスターの運搬方法について聞いてくる。
「大量のモンスターをまとめるボールを買ってもらったから、今ではウルフギャングとスライムとウィードスライムの3つのボールだけを持っていけばいいんだよ」
このボールは本当に革新的な発明らしい。
この特別なボールの説明をする前にまず、普通のボールの説明をすると、モンスターを捕まえる前は普通の無骨な鉄の球体をしているが、モンスターを捕まえた途端にモンスターの種類ごとの細工やデザインが浮かび上がってくる。
ちなみにスライムは装飾はなしで、デザインが海のようになっている。感触が特殊でちょっと押し込むと凹むくらいの柔らかさでくせになる。
ウィードスライムは森の中をイメージするようなデザインに、触ると草を撫でるような感触がするボールだ。
スライムたちはボールにそれぞれの感触が追加されるのが特徴らしい。
そしてスライム以外に唯一僕が捕まえているのがウルフギャングだが、ウルフギャングを捕まえたボールは、開けると狼が口を開けるようなデザインがされている。もふもふはない。
アリスが持ってるソラのボールも説明したいところだが、残念ながら本人しか見れないらしく、ソラを入れているボールを見てもただの無骨な鉄球にしか見えなかった。
機能面の話で言うと、どんなサイズのモンスターもこのボールに入れれば持ち運び可能になる。
回復能力などの他機能は無いので、それ以上もそれ以下もない。
そして、今回買ってもらったこのボール。
なんと、ボールを中にいれることができる。普通のボールはモンスターを一体だけを入れられる仕様だが、ボールの中にボールを入れられるこの”スタックボール”という名前のボールは何個ものモンスターを捕まえた普通のボールを入れることが出来る。
ただし、最初に入れたモンスターと同じ種類のモンスターだけが可能で、進化前後も不可能になるためスライムを入れればウルフギャングはもちろんウィードスライムは入れることができない。
そしてとっさの時にはボールを出してからモンスターを出さなきゃいけないので、緊急時には不便な部分もあったりする。
そんなデメリットがあったとしても、何とも僕に都合のいいボールだ。このボールがあるってことは、僕以外にも『質より量』って人は案外多いのかもしれない。厳密には僕は違うんだけど。
そうしたこと”スタックボール”の説明を全て、わかりやすく、アリスにしてみた。
それを聞いたアリスの反応は一言。
「へぇ、便利なんだね」
そうなんだよね、一応話題になるかなって思って話したけど、それ以上の反応は僕でも何も思いつかないや。
そして、アリスは聞いていた間に何か疑問に感じたのか、虎鉄から視線すら外してこっちを見る。
「それって、でも高くない?」
あっ、
「そういえば値段なんて聞いてなかった」
アリスの疑問にそんな返しをすると、虎鉄から外した視線をジトッとしたものに変えた後こういってきた。
「そういえば、そのスタックボールっていうの以外の普通のボールはどこから出てくるのかずっと疑問だったんだけど?」
「あぁ、そっちはあれだよ、僕の誕生日にお父さんが調子にのって自分とお母さんの予備の分も含めて「自分で使うなら何個でも持って行けぇ! ただし、持って行っていいのは本当に使う分だけだ!」って抜かしてたから全部貰ったんだよね。」
それを聞いたアリスは、さらに目を細くしてさらに疑問を重ねてきた。
「それってあなたもお義母さまに怒られるやつよね?」
アリスとの会話の途中、なんだか背筋が冷たくなる不思議な感覚を覚えたため、体を温めるために温かい紅茶を淹れながら会話を続ける。
「全然怒られてないね。むしろスライム684体にウィードスライムが176体、ウルフギャング20体を全部合わせて、880個のボールを今使ってるんだよ? 何なら足りないくらいだし、お母さんがお父さんのお小遣いから僕の入学祝いにもっとくれる予定。」
お母さんは怒ってた。
顔には出してなかったけど、お父さんのおかずだけが一品減ってたもん。
それを聞いたアリスは、呆れた感情を隠しもせずに頭を振った後、さらに疑問を言ってきた。
「お義母さまってそこまであなたに甘かったかしら?」
っ! やっぱり悪寒がするなぁ、なんでだろう? 明日出発なのに大丈夫かな?
お母さんが甘い理由か、そりゃあ、泣いてるところを見られたっていうか。ウィードスライムが死にかけてて、僕を呼びに来たのがお母さんなんだから僕が部屋から出てこない理由を察したみたいで、あの日以来妙にやさしいんだよね。
そんなお母さんが優しい理由も、僕の恥ずかしいやらなんやらの感情も一切おくびも出さずに返答する。
アリスにも知られるのは恥ずかしい。
「僕が初めてこの村と近くの町以外に遠出するんだから、そんなもんじゃない? それに出てくるお金はお父さんのお小遣いからだからね。」
本当の話はお父さんの今月のお小遣いは全額カットになり、それでも足りないくらいのボールを貰った。
お父さんはそこまでのお仕置きは予想していなかったらしく「見誤ったか……俺も年取ったなぁ」って言っていたのが聞こえたので、お母さんに報告しておいた。ボールもお父さんのもう一か月分のお小遣い分くらいは増えた。やったね。
「ふうん。っあ! そうなのね」
「ねぇ、アリス?」
さっきから違和感を感じていて、アリスに問いただそうと名前を呼んでみると、純度100%の作り笑顔を向けてくる。
か、かわいい。ってそうじゃなくて。
「なんか猫被ってない?」
「そ、そうかしら?」
うん、やっぱり何か違う。
「かしら? とかって普段使わないじゃん? どうしたの? 緊張してるの?」
純粋に心配をしていると、今度は目を潤ませて泣きそうになりながらこう言ってきた。
「私の今のしゃべり方気持ち悪い?」
虎鉄を放り出してこちらに詰め寄ってくるアリスには下手に答えると爆発するような危なさを感じた。
……なんだか暑くもないのに汗が出てきた。
とりあえず虎鉄で機嫌を取ろうと、虎鉄を探してみるも既に僕のボールに入った後だった。
大事な時に虎徹が逃げやがった。主人のピンチに真っ先に逃げやがって。
そういえばハリス君もこんな顔をしてこんな威圧感を時々出してくる。
くっ、姉弟で似なくてもいいところをピンポイントに!
爆発しないように丁寧に処理しないと……
「あのね、気持ち悪いとかじゃなくて、なんとなくいつもと違う違和感があったから気になっただけだよ。」
どうだ、成功したか?
不安に思いながらアリスを見てみると、安心したように話し方を変えた理由を話し始める。
よし! 成功だ。
「良かったぁ。私がこんな話し方をしてるのはね? お父さんが都会の女の子はこんな話し方をするって言って、今のままだと馬鹿にされるっていうから……」
え? そうなの?
でも、町にウルフギャングの食べる肉を買いに行ったときに店のおばちゃんが「ここら辺は方言がきつくないから楽できていいね。私が学生だったときは方言を治すのが大変で……」って言ってたのを覚えてるけど。
あ〜、でも村長は茶目っ気たっぷりだからイタズラ感覚でそんなことを言ったのかも。
「それってもしかして村長さん笑ってた?」
「え? うん。確かに笑ってたよ。ニヤニヤしてた。」
やっぱり。これぞ確信犯。
「それってからかってたんじゃない?」
それを聞いたアリスはしばらく考え込んでいたが、ハッと何かに気づいた顔をして立ち上がった。
「ちょっとお父さんのところに行ってくる!」
「いってらっしゃ~い」
アリスは僕の声も聞かずに走り出していった。
……さて、じゃあ僕は進化したスライムでも見に行くか。
なんだか騒がしくなってきた村長宅を出て家に戻る。
うん。村長さん頑張って。
家に帰るとスライムとウルフギャングの子供達がお出迎え。
『おかえり〜』とスライムたちが念を送ってくる中、ウルフギャングは嬉しいという気持ちを僕に叩きつけながらそこら中を舐めてくる。
ウルフギャングたちが会話が出来ないのはどうしてだろうか?
それにしても、こんなに多くのモンスターを放すことを許可してくれた親に感謝だな。
もちろんそれを黙認している村長にも。
この部屋にいるのはスライムと、ウィードスライムと、ウルフギャング。
それに加えてもう一体別のスライムがいる。
ウィードスライムが消えていった場所に居たのは優しいピンク色をした小柄なスライム。
(ヒーラースライム)Lv1
HP 100~150
MP 200~1000
攻撃 :1~10
防御 :1~20
敏捷 :1~5
魔法攻撃 :50~100
魔法防御 :10~30
器用:5~20
スキル
《回復魔法》
《魔力譲渡》
《自己再生Lv.MAX》
最弱と言われるスライムよりも少ないMPに、もはや無いのと同じだと言っていいほどに減ってしまったステータス。
それでもヒーラーとして優秀なスキル。
とはいえ優秀なスキルだとしても回復魔法の回復量もまだまだ少ないし、自分の身も守れないという有り様だ。
まだ最弱を抜け出したとは言えないだろう。
ヒーラースライムが進化したのはウィードスライムが消えてから2日後だ。
もっと速くに進化していれば、ウィードスライムたちを助けることができたと思うこともある。
でも、それ以上にヒーラースライムたちが進化させたことを感謝してくれたのがとても嬉しかった。
『これでつぎからはたすけられる』って、『ありがとう』って言われたらこれまでやって来たことは無駄じゃなかったって思えた。
どれだけ時間がかかっても、学園に行っても僕の方針は変わらない。
――僕は絶対にこいつらを強くする。
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