7.アリスとリン

Side:アリス


 私とリンとの出会いはずっと昔、私達が7歳の時だったと思う。


 その日は私のお父さんがなんとなく口にした「うちの娘に相応しい同年代の男の子は誰なのか」を決めるため、私と歳の近い村の男の子たちが私の家に集まっていた。


 男の子と何故か居る女の子たちも行儀よくソワソワしながら、私のお父さんが言う言葉を待っていた。

 そんな中、私はと言うと前日にお父さんから教えられた演技の練習を思い出してちゃんと成功できるのか緊張していた。


「さて、ここに集まったのは10から6歳の子供たちだ! お菓子や遊び道具で遊ぶこともいいが、ちゃんとお友達を作るように! では今日はパーティーを楽しめ!」


 その言葉が終われば皆わー! と声を上げておもちゃとお菓子に群がっていった。


 そうしてその場に残ったのは私と同じで初めてのパーティーに緊張している子たちだった。

 お父さんが目であの残った人から始めるように合図をしました。


 お父さんが昨日演技を仕掛けるように言っていた人がいるのか探してみるとその中には偉そうに足を組んで眠そうにしている”リン”が居た。

 うぅ……私はあの子が苦手。

 いつも偉そうにしていて何かと私を馬鹿にしてくるし、年も変わらないのに子ども扱いしてきてあまり話したくはないです。

 昔に「スライムは強い!」とか言ったり、いきなり地面に魔方陣を書いたり、とても不気味な行動をすることでとても有名な子です。


 やっぱり私は他の人から始めることにして、リンさんは後回しにしました。

 ちらっとお父さんを見てみると気にした様子もなく頑張れとサムズアップしていた。


 お父さんからの許可も取り、早速対象の一人のアレンさんに話しかける。


「アレンさん?」


「あ、村長のとこの子供?」


「そうそう、私はアリスって言うのよろしくね」


「俺はアレン。よろしく」


 特に特徴のない赤髪を短髪にした男の子。

 確かお父さんはこの子の家が村に大切な商会の息子さんだったと思う。


「料理はおいしい? 私も手伝ったから気になるの」


 私がそう言うと、アレンさんは素直に驚いたように目を見開いた。


「手伝いなんてしてるのか、俺はそんなことしたくない」


「いつもはしないけど、今日は忙しそうだったから。」


「へえ」


 アレンさんはもう会話が終わったとして次の食べ物を取りに行こうとする。

 あっ、そうだ何のために話しかけたのか忘れるところだった。


 私はお父さんの言う通りアレンさんの裾を摘まみながら呼び止める。


「ねえ、森に興味ない?」


 聞かれたアレンさんはすぐに何のことを訊いたのか理解したようで嫌そうな顔をする。


「俺、森にはぜっっっったいに入るなって言われてるから無理だよ。」


「あ、そうなのごめんね、ありがとう。」


 一緒に森に行こうかと訊こうと思ったのに先回りして断られた。

 昔に同じことをされたみたいだったけどそんなに嫌だったんだ。


 お父さんの方に帰ってちょっと報告すると今度は別の人のところに行くことにした。


 今度は誰にしようかなと思い出してみると、あのパーティーが始まってからずっとお菓子を食べ続けているケイトさんも確か対象の一人だった。

 お父さんの方を見てみるとサムズアップしていたので、ケイトさんに話しかけることにした。

 何故だか周りがぽっかり人が居なくなっていたのですぐに話しかけられた。


「ケイトさん?」


「ああ?」


 ガラの悪い返事でこっちを振り返ったケイトさんは普通の男の子よりもお腹が大きくて、魂を吸われたようにじっと私を見たまま動かない。


「……ケイトさん?」


「あっ、おう。な、何の用だ!」


 ひぇ! びっくりした。

 いきなり大きな声で返事をされて少しだけ驚いた。

 少し怖くなってお父さんを見るとガンガンいけとジェスチャーをしている。


 でも怖いからすぐに終わらせようと直ぐに森の話をする。


「森に行ったことある?」


「ああ?! ……行ったことないな」


 落ち着かない様子のケイトさんは

 ケイトさんはさっきまで使っていたお皿を上にお菓子を残したままその場に置いて私の手を掴んだ。


「なら一緒に行くか!」


「きゃあ!」


 強引に私を引っ張るケイトさんは私が悲鳴を上げたことも気づかずにずんずん前に進んでいく。

 お父さんを見るとこっちを見たままで何もしてない。

 ど、どうして?


 周りを見てもひそひそ話すだけで助けてくれない。


―なんで村長の子供が連れていかれて―

―ケイトに近付いたから―

―かわいそー―

―何もしなければいいのに―

―可愛いからって調子に乗ってたから―

―村長の娘だからって偉そうに―


 聞こえてる声もすごく冷たいものだった。

 ……どうして?

 私の弟のハリスはこういう時に直ぐに飛び出してくるのにお父さんに止められている。

 私が何をしたって言うの?


 その時、私を掴む手が振りほどかれた。


「ケイト君。女性のエスコートの仕方がなってないよ。女の子は繊細なんだからもっと優しくしないと。」


 そこにいたのは偉そうに足を組んでずっと動かなかったリンさんがいた。

 リンさんが座ったままでぬるっとケイトさんの腕を取ると、なんでかケイトさんはリンさんに掴まれた右手を脇の下から天上に腕を上げる体制でプルプルしてる。


「っが! なんだお前! 馬鹿にしてるのか!」


 笑いそうな変な体制でもケイトさんはリンさんに挑発しました。

 でもリンさんは堪えた様子もなく何故か長めの髪をかき上げながらどんどんケイトさんの腕を上げていきます。


「君はクールじゃないね。一体どうやってそのお腹で女の子を捕まえようとしたのかは気になるところだけど、やっぱり暴力だけは行けないよねぇ」


 背も力もケイトさんの方が強いはずなのに弱いはずのリンさんが上から説教しています。

 ……そろそろここに居るのが恥ずかしくなってきました。

 助けてくれたリンさんには悪いんですが、物語の中みたいに恥ずかしい言葉を使っているリンさんのそばにはあまり居たくありません。


 私はお父さんの方に向かってそろーり誰にも気づかれないようにその場を離れました。


「痛いんだよ馬鹿が! 離せよ! 離せって!」


 ケイトさんが手を離すように言っていますがリンさんは意にも介さずに意気揚々と話し続けました。


「どうして無条件に離すと思ったんだい? 君はアリスちゃんを怖がらせた。だからこそこうして罰を与えているというのに。……それにこの手を離した後に僕に勝ち目があるわけないだろうが、もっと考えてから話したまえ。」


「がああ! いいから離せよ! いてえんだよ!」


「はぁ、これだからあなたは馬鹿にされるんだ。さっきからそれは出来ないと何度も言っているというのにどうして無意味な言動を続けられるのか……さては君、余り賢くないな?」


 リンさんは優越感に浸ったような表情でどんどんケイトさんの手を上げていきます。

 ケイトさんも必死に抵抗しようとしているみたいですが、顔に脂汗を浮かべながら痛そうに抵抗を緩めています。


「このまま行くと君の骨はぽっきり行くと思うけど、いいのかな? どうしても止めて欲しいのであればさっさとあの女の子にこれからずっと関わらないように約束するんだ。」


「ああ、約束する! 約束するから早く手を離してくれよ!」


 その時、リンさんは手を離しました。

 その時にはすでに荒い息を吐きながら腕を抑えているケイトさんには興味がなくなったようで一瞥もしませんでした。

 そしてリンさんは振り返り、あたりを見渡します。

 私が居た場所を振り返って私を探してるようでした。

 きょろきょろ探している間に私を見つけたようで、駆け寄ってきて笑顔を浮かべました。


「大丈夫かな? アリスちゃんを困らせてたやつは退治したけど、これからはちゃんと気を付けるんだよ?」


 そう言ってくるその顔は罪悪感などまるでなく、さっきまで人の腕を折ろうとしていたようには見えませんでした。

 そしてその顔は私にはとても恐ろしく感じました。

 大人のように話すのに、とても強そうなケイトさんを屈服させた技術を持っているのに、その心はまるで子供の様でいつ私に降りかかってくるのかがとても怖かったのです。


 その時私が何を言ったのかは覚えていませんでしたが、お父さんが言うには今度リンさんと一緒に遊ぶ約束をするととてもうれしそうに帰って言ったそうです。

 それと同時にお父さんに私がリンさんのことが怖かったと話すとお父さんはこう言ってきました。


「あれはきっととても賢くて、優しい子だ。あの時にアリスを助けたのが何よりの証拠にになる。あまり怖がらないでやってくれ。それと、友達が欲しくてもなかなか声に出せないハリスと同じような人見知りだ。あの子の謎の知識や技術ばっかりに目が行って勘違いするかもしれないけど、あの子は普通の子供だ。あの子の親から聞いても周りの人が不気味だというのを聞いて夜に泣いたり、とても大きなモンスターにはびっくりしながら興奮して触りに行ったりするアリスが思うよりも心が弱い普通の子なんだ。」


 お父さんはリンの話を私に聞かせてくれました。

 でも、私はリンさんが怖いのは変わりません。

 ケイトさんでも勝てないのにリンさんがもし私を攻撃したら……あの無邪気な顔で私の骨を折ろうとする光景が浮かび上がってそんな不吉な想像を振り払おうと頭を回して忘れようとしました。


「怖いのはしょうがない、でも誰かれ構わずに何かをする様な子じゃないのは覚えておくこと。あと今度遊ぶならハリスも連れて行っていいからちゃんと行くんだぞ。」


 私はこくんと首を振った。




 あのパーティーから数日。

 パーティーでは前に予定していた演技の全ては出来ませんでしたが、お父さんはこれはこれでいい結果になったと喜んでいました。

 私が怖いから二度と今回みたいなことはしたくないとお母さんに言ったので、今日のお父さんの食事はお肉が少なかったです。


 それからお父さんとお母さんは私にリンさんと出来れば仲良くするように言って私とハリスをリンさんの家に送り出しました。

 今は私とハリスでリンさんの家に行く途中です。


「姉ちゃん、姉ちゃん。今日行くのってあのケイトを退治したリンさんのところだよね!」


 ハリスはリンさんのことをケイトを簡単に退治した点で尊敬しているようで、尊敬するリンさんに会えることになりとても興奮しています。


「そう、合ってる。」


「あの人武術ってやつやってるのかな? お願いすれば教えてくれるのかな?」


 私はまだリンさんが怖いです。

 意味の分からない行動も、体格で負けている相手を容易く倒せる技術もそれ自体は怖くないんですが、あの笑顔を見た後だとどうしても怖いんです。


 そう考えている間に何故か先ほどまで話していたハリスの声がしなくなりました。


「あれ? ハリス? どこに行ったの?」


 周りは普通の村の中で人も沢山見えます。

 でもその中にハリスは見当たりません。

 ハリスはどこに隠れたんでしょう?


「ハリスがどこに行ったのか知りませんか?」


「ん? いや知らねえなぁ。」


 顔見知りに尋ねてもどこに行ったのか知らないと言っています。

 そんなに素早く隠れられる場所もなかったのにどこに行ったんでしょう?


 ハリスが居なくなった場所を中心にハリスを探していると、今回私が家を出た目的を思い出して遅れることを連絡した方がいいのか悩みます。

 そんなに具体的な時間は決めていませんがお父さんが言うにはリンさんは友達が欲しくて今回のことを楽しみにしているらしいので私一人でも行った方がいいかも知れません。


 でも、ハリスを置いていくのも……うーん。


 悩んでいる時間も惜しかったので私はとりあえず私の家の方が近かったのでお父さんに伝えてから一人で行くことにしました。

 まったく、あれだけ楽しみにしていたのにどうしてこんな時に悪戯なんてするんでしょう。

 家の中に入るのも面倒なので家のドアを叩いて「おとーさーん!」と叫びます。


 ドアが開き、お父さんがとても不思議そうな顔をして出てきます。


「ハリスがどこかに隠れちゃった」


「なんじゃと? ハリスがどこかに消えたということか?」


 お父さんの変な話し方も最近では慣れてきました。

 なんでも威厳を出すためにこんな話し方をしているらしいんですが、家の中と外の話し方の違いで違和感が凄いんです。

 それに家族以外の人には徹底して口調を変えないようにしているみたいで、家の中でも家族以外の誰かがいると変な口調にするからほかの人に隠すのが大変です。

 リンさんももしかしてお父さんと同じで威厳を出すためにあんな話し方をしているんでしょうか?


「いつの間にかハリスが消えてたの」


「ん? ……ん~、どうにも解せんが、先にアリスだけがリンの家に行くんだ。ワシはハリスを探してリンの家に送ろうかの。」


 そういわれたので私は一人でリンさんの家に行くことになりました。


 本当にどうしてハリスはいなくなったんでしょう?


 一人でリンさんの家まで歩きます。

 この道で私に気づかれずに隠れるとはハリスとかくれんぼするときには気を付けないといけませんね。


 ハリスが居なくなって私一人でリンさんと遊ぶことになりました。

 あの時に助けてもらったことは当然感謝していますが、でもどうしても怖いです。

 ハリスと一緒ならハリスが私の代わりにリンさんの友達にすることも出来たんですが、こうなるなら早めに断っておくべきでした。


 気が付けば目の前にあのリンさんの住む家に着きました。

 控えめにドアを叩きます。


「あっ! アリスちゃん、いらっしゃい!」


 出てきたのはあの時に見た無邪気な笑顔でした。


「あ、アリスです。こんにちは。」


 顔が引きつるのを我慢しながら挨拶ができました。

 本当ならハリスと似たかわいい笑顔のはずなんですが、どうしても私には怖いものに見えてしまいます。

 ……どうやって帰りましょうか。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

???「家の中でものじゃ口調なんて疲れるだけじゃろ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る