14.作戦会議


 あれから大事をとって医務室の中で一日を過ごした翌日の朝。


 僕はアマンダさんに呼び出されて教員室のすぐ近くの空き教室に来ていた。


「リン! 大丈夫だった?! アリスが泣いてたって聞いたけど、ほんとなの?!」


 教室に入るなり僕に弾丸のように飛びついてきたのはモモだ。

 何故そのことを知っている?! とアリスを見てみると、申し訳なさそうなアリスの表情があった。

 ああ、きっと僕はアリスに売られてしまったんだ。


「ごめん、リン。話さないと部屋に突撃する勢いだったから。リンも疲れてたみたいだし。」


 アリスが言い訳をする。

 だけど、もうすでに僕は外面を取り繕うことはできないと思っているので怒ってはいない。

 しばらくアリスにはねるけど。


 それにしても、この僕の匂いをスンスン嗅いでいるかわいい女の子があの気に入らない少年を一発KOしたって話なんだから不思議なものだ。

 もちろんあのアリスが去った後に聞いた話だけど、僕があの少年の〈ファイヤーボール〉に焼かれて、炎に焼かれることも気にせずに追撃を仕掛けてきた少年を拳一つで撃退したのがここに居るモモなのだ。


「大丈夫? 次は一発で決めるから心配はしなくてもいいからね!」


 とても血気盛んで逆に怖くなるくらいに元気な子ですね。

 僕は今回モモに助けられたような立場なのでこんなに近づいて匂いを嗅がれてもどうにも拒否できないので、アリスはそんなに怖い顔をしないでほしい。


 撃退した後にも気を失った少年にモモは再起不能になるまでの攻撃を加えようとしたらしいけど、周りにいた上級生に物理的に阻止されたため失敗したようだ。

 つまり、モモの言う意味は「次は止められる間もなく決めてやる!」という意訳になる。

 どうやら僕や、アリスにはあの少年に攻撃するのはだめでもモモが攻撃する分には大丈夫らしい。


 というのも、モモがあの少年をぶっ飛ばしたと聞いて、アマンダさんから権力は強い!って話を聞いた後の僕はすごく心配した。

 でも、どうやら貴族の権力も万能ではなく、あくまでこの国には純粋な『人』が大部分らく、モモは獣人の国の留学生的な立場なので今回の事件は引き分けで両成敗ならぬ両方お咎めなしの両無成敗になった。


 いや、どうしてモモはあの馬車の中に居たのか。

 それだけが不思議だ。


「それにしてもモモって強かったんだね。」


「モモ強い? でも、リンはもっと強いってアリスが言ってたよ?」


 アリスがそんなことを?

 いや、スライムの数だけステータス的にはまあまあ高いけど、僕よりもソラをテイムしてるアリスの方が強いと思うけど?

 そう思って訂正しようとすると、モモはキラキラした幼子の様な笑顔で僕を見ていた。……この笑顔を曇らせるような真似はできないッ!


 アリスはアリスで顔を赤くして恥ずかしそうにしていた。

 一体どこに恥ずかしい部分があったんだろう。泣いていたと暴露された僕の方が恥ずかしいんだけども。


 しばらくしてモモも落ち着いて、僕と一緒に適当な席に着いて雑談を始めたころ。

 ドアが開いてアマンダさんが部屋に入ってきた。


「こんにちはー。みんな時間よりも早くに来てて偉いね。」


 そのアマンダさんの言葉にぴくっと肩を揺らしたモモ。

 あれから安全のためにアリスとモモは同じ寮の部屋に寝泊まりしているらしいので、きっとアリスに起こされなければ今頃は部屋のベッドで寝ていただろう。


「じゃあ、さっそく話を始めたいんだけど、その前に今の状況をリンちゃんは知らないと思うので説明をしておきます。」


 そうしてアマンダさんが説明した今の僕たちの状況はなかなか厳しいものだった。


 まず、あの少年はモモが居たせいおかげでお咎めなしで暮らしている。

 ただ頬には大きな傷を隠すように包帯が巻かれている。

 僕はアマンダさんの《ハイレンヴィーゼル》のキューちゃんに回復してもらって、ついでに《ヒーラースライム》にも回復してもらったが、あの少年は目を覚ました瞬間に発狂しながら部屋を飛び出したらしいので治療を受けていないらしい。


 そして、今の僕たちに対する学生の意識は、面倒なことを起こしやがってっていうのが半分。

 もう半分が可哀想だと憐れむのが半分。

 中には助けてやろうとアリスやモモに言ってきた連中もいるが、下心有りが八割、分からないのが一割、善意が一割というのがアリスの感想だった。


 最後に、あの少年は僕たちに対する執着を隠さずに行動しているようで、僕たち三人はそれこそ命の危険があると学園に判断されたので、いわゆる平民クラスから貴族クラスに変更されたらしい。


「あの、アイツは伯爵の子供だっていうことを言ってましたが、アイツは平民クラスに居るんですか?」


「そうみたい、調べてみると最近亡くなった伯爵家の嫡男の代わりがあの子らしくてね、あ、名前はカタクリ君ね。ちゃんと覚えておくことをお勧めしておくわ。で、カタクリ君は学園は成績からあの子は貴族クラスに付いていけないって判断ね。あなたたちは付いていけるからこその措置だから勉強はちゃんとモモちゃんに教えてね?」


 あの腐った脳みその名前は置いておいて。

 アマンダさんに見られたので、そのままアリスに丸投げするようにアリスの方を向く。


「あ、リンも一緒に参加してくれるなら大丈夫です。」


 いや、それは無理だよ。

 男子と女子の寮は建物が分かれていて当然男子は女子寮に、女子は男子寮に入ることは原則できないことになっているんだから。

 あ、でも図書館なら……いや、やっぱりカタクリとやらが探しに来る可能性を考えるとやっぱり僕は無理かな。


「ああ、そのことなら、リンちゃんをカタクリ君と同じ寮の中に入れると直ぐに見つかりそうだから別の寮に居れることが検討されてるの。多分女子寮の一人部屋になると思うからそこで勉強してね。」


 え?

 僕もカタクリとかいう奴と一つ屋根の下で暮らしのは嫌だけど女子寮に入るの?


「なら多分大丈夫です」


「そう、そして次だけど」


「え? 本当に僕が女子寮に入る流れでいいんですか?」


 ここで止めるのは男の子の好奇心に反するけど、精一杯人の倫理を思い出して次に行く流れをぶった切る。


 本当に僕は女子寮に入ることになったらお風呂とか覗いちゃうよ?

 朝に寝ぼけたままのメイクが取れた顔とか見ちゃうよ?

 本当にいいの?


「いや、どう考えてもリンちゃんは女の子襲わなさそうな顔してるし……ねえ?」


 そういってアマンダさんはアリスに同意を求めた。

 僕はお母さんに似て童顔だし、身長も小さいし何なら140ぐらいからもう伸びてないけど、それとこれは話が違うんじゃないかな?


「私が襲われてないのが証明です。」


 アリスがない胸を張って言った。

 そっかぁ、僕がそうしてちゃんとしてたからご褒美があるのか。


「でも、女子寮に男が入るのは本当にいいんですか?」


 僕はアマンダさんに確認をとる。

 もちろん僕としてはカタクリとかいう奴と離れられるし、女子しかいない場所で暮らすという利点しかない話だけど、それで僕が濡れ衣を着せられて無実の罪が成立したら僕は強くなるどころか、一生村に帰ることすらできないかも知れなくなる。 

 僕の一番の選択肢は空いている教員の部屋で寝泊まりして、女子棟で施設を利用するのが最善だと思う。


「うーん、もちろん、もともとは女子と男子を分ける理由は夜這いが起きないようにとか、そういう理由だったの。でも今の女子って特に貴族はって付くんだけど保護者が陰で守るためにモンスターを連れて行かせることがあるし、それこそ《スライム》と子供の《ウルフギャング》しかテイムしてないリンちゃんに力で負ける女子生徒がいないの。」


 ……なん……だとッ……!!

 僕は既に同年代の女子にすら力で勝てない……のか?


「もちろん人には寄るけど、そんなに強いモンスターを持っていない人でも危険を伝える位のモンスターは持ってるから。あっ、アリスちゃんが持ってる《スカイバード》の気配察知とかがその例かな? でもそれでも最低ラインって感じだし。どうやっても覗きすらも出来ないから弱いモンスターしか持ってないそれこそリンちゃんみたいな男子が女子寮に移ったり、教員の強いモンスターを付けて女子が男子寮に移ったりは結構よくある話だからそんなに珍しい話じゃないかな?」


 なんだそのご都合主義は。

 確かに理論は通ってる。

 その理論で行けば多分自分のモンスターじゃなくても親御さんのモンスターに護衛をすることを許可しているはずだからどれだけ誕生日が遅くても親のモンスターを連れて行けば大丈夫だ。


 ……待てよ

 ソラの《気配察知》位なら数の増えすぎた《ウィードスライム》の《隠密》でどうにかなるはずだな。


 そうして僕が悪い顔をしているとアリスはにやにやした顔をして僕の思考を読んできた。


「残念だけどみんなに聞いてみたら《視線察知》とか《シックスセンス》とかって《隠密》が効かないスキルを持ってるモンスターはいっぱい居たから、どれだけ頑張っても誰かには気づかれると思うからね?」


 くそ、そんなこと想定済みって訳か!

 僕の心情が手に取るように分かったのか、周りのモモ以外の二人の視線が呆れたように僕を見ている。


「……どうせ覗きも盗みも出来ないからね? 必要になったから女子寮に入れるだけでもしも問題を起こしたら面倒なことになるから本当にやめてよ?」


 アマンダさんが僕に呆れたような、いや思春期の子供を見るような生暖かい目線を向けてくる。

 ちょっとふざけただけだからそんなことは絶対にしない。

 むしろ、僕が無実の罪を着せられる心配がなくなったことでとても安心した。


「それじゃあ次の話に入るけど問題になってるのはあなたたち三人があのカタクリ君に目を付けられていることなんだけど、結局それを解決するにはカタクリ君よりも強くなるのが一番簡単な解決方法ね。」


「私はもうアイツよりも強いと思うよ!」


 アマンダさんが言った内容に不満だったのかモモが話に入ってくる。

 なんとなくこういった話は苦手だと思ったので《ウルフギャング》たちを全放出して遊ばせていたが、アレよりも弱いと言われるのが感に触ったようだ。


「モモちゃんは大丈夫だと思うけどずっと一日中リンちゃんを守れるわけじゃないでしょ?」


 きっとアマンダさんは三人全員をいつ襲われても大丈夫な状態にすること解決方法に挙げているんだろう。

 それはきっとモモは当然、アリスすらもソラの《気配察知》で避けられるんだから実質僕の問題になる話だろう。

 結局この話は僕が弱いのが理由なんだよなぁ。


「リン一緒に居れば大丈夫だよ!」


 モモが元気よくそんなことを言うが、僕は四六時中一緒に居ることができないね?


「トイレもベッドも一緒は流石に無理でしょう?」


「……むう」


 アマンダさんの正論にモモは頬を膨らせて《ウルフギャング》の海に溺れていった。

 それを見たアマンダさんは僕とアリスの方を向いて言った。


「じゃあ、そしたらリンちゃんとアリスちゃんをどう強化するのか決めましょうか」

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