13.医務室


 僕が目覚めたのは机の上に花が活けてある病室だった。

 手や顔には包帯がぐるぐる巻きになっていて、動かすことも一苦労。

 体を見てみれば、あの火で燃やされたのか僕の服はいつの間にか祭りで何度も見た制服に変わっていた。


 よかった、殺されていないみたいだ。

 ただ、見るからに火傷以外の打撲痕があったり、あばらを骨折しているのか痛くて起き上がれない。

 僕が気を失った後もひと悶着あった予感がする。

 アリスとモモが無事ならいいんだけど。


 今の僕の状態は、体を起こすことも出来ないし包帯が邪魔で腕が曲がらない。


 ……何もできなくない?


 ナースコールはこの世界にはないだろうし、この部屋にあったとしても今の僕では届かない。

 大人しく誰かが来るのを待つしかないか。


「誰かいますかー?」


 一応、声が聞こえる範囲に人がいることに賭けて声を出してみると、水不足のガラガラな声が出てきた。

 思ったよりも時間が経っているのかも。


 返事には期待をせずに寝たまま見える窓の外の空を見てみると、まだ日が高い。

 多分あれから日をまたいでいなければそんなに時間は過ぎていないと思う。

 当然雲よりも高い場所なので、天気は快晴だ。


 そんなことを考えていると、視界の外にあるドアがガチャリと音をたてた。


「リンちゃん。起きたの?」


 天井に目を向けて見えたのはこの学園に来た時に案内役をしてくれたあのアマンダさん。

 肩には《ヴィーゼル》から《ハイレンヴィーゼル》に進化したキューちゃんがいた。


「アマンダさん。こんにちは」


 アマンダさんから垂れる淡いピンクの髪の束は僕の顔に当たりそうなほど長い。

 そして僕をみるキューちゃんの目はかなり厳しい。ああ、僕はアマンダさんを攻撃するようにスライムを指示したからね。


「おはよう。具合はどう?」


「悪くはないんですが僕、動けないです」


 そういって僕が抗議すると、申し訳なさそうな顔をしながら理由を話し始めた。


「ごめんね、それはあなたを守る意味で過剰に包帯を巻いてたんだけど」


「僕を守る?」


 守るために過剰に包帯を巻く必要あるの?

 一体何のために?


「ほら、あなたを殺そうとしたっていうあの子は腐っても貴族の、それも伯爵家の嗣子だから。」


 だから?

 一体あの頭のおかしい少年が伯爵の子供だったとしてそれが僕の安全になるんだ?

 少年を僕に合わせないのはわかるけど、どうして僕を動けない状態に?


「全然わからないって顔してるね、でもこれはあなたがこの国で生きる上でとても重要なこと。しっかり聞きなさい。」


 アマンダさんは僕に対してとても真剣な表情をしてそういった。


 僕の見立てが間違っていなければこの人は自分を殺して他人のために頑張れる人だ。

 僕の『知識』では同じタイプの人がたくさん壊れていたのを知っている。

 アマンダさんはきっと幼い見た目をした僕なんかが困っていたら自分が被害を受けることもいとわずに僕に手を差し伸べるに違いない。


 何の確証もないけど、これはきっとアマンダさんには何の得も無いのに、それでも僕を思っての発言だと思う。もしかしたらこれからアマンダさんが言う内容はアマンダさんが損をする内容かもしれない。

 なら僕は真剣にこれからアマンダさんの言うことを聞かないといけない。


 僕は黙ってアマンダさんの言うことを聞いた。


「あの子に復讐したいなんて絶対に思っちゃダメ。これからは絶対にあの子に会わないようにして、もしも会ったとしたらできる限り波風立たせずやり過ごしなさい。あの子は親の高い地位に強力なモンスターを持った状態よ、逆らってもいいことはないから出来るだけいうことを聞いた方が安全よ。」


 は?

 あの出店の中で暴力を振るわれた僕の方が不利ってこと?

 目撃者も大勢いたはずだし、実際に僕はこの部屋で療養しているのに?


「言うことを聞けって、アリスとモモをアイツに渡せってことですか?」


「そういうことじゃない。でもそういったときはその子たちに任せた方が安全ってこと。」


 はあ?

 じゃあ僕はアイツに連れていかれるアリスとモモを黙ってみてろってこと?


「同じことじゃないですか、あいつは何度も「女を寄こせ」と言ってました。そんな人に付いていったらどうなるかなんて分かりきったこと。それを黙ってみてろって言われても無理ですよ。」


「違うの、今この学園に来ている人たちのモンスターは私たち把握しているけど、あの子は強力な《ウッドペッカー》に《マジックスケルトン》を持っているの、それに対して、あなたは《スライム》と《ウルフギャング》の子供でしょ? 絶対に勝てないってことなの。」


「だからってそんなこと」


「あの子は本当にあなたを殺そうとしてた。周りに人が多かったから助かったけど、

次はどうなるかわからない。それにあの子には権力がある。現に今、あんな騒ぎを起こしたのに何の罰もなく普通に暮らしていはず、もしもあなたを殺したとしてもどうにでもできるだけの権力を持っているの。もし次があったらその時あなたは確実に死ぬわ」


 僕を見るアマンダさんは本当に僕の身を案じているようにしか見えなかった。

 きっと僕が忠告を無視して行動したとしたらきっとこの人は悲しんでくれるだろう。

 僕のお母さんと同じでいつかのように身を身を挺して助けてくれるかもしれない。


 でもそれでも分からない。


 本当にアマンダさんの言っていることは本当なのか、それにもし本当だったとしてもどうしてあんな奴がのうのうとしているのか分からない。

 僕はこの学園に来るときは何事もなく過ごすつもりだった。

 なのになんで僕はこうして命の危険がある状態になっているんだろう。


 やっぱり分からない。


 僕は村で虐められた時だって反撃せずに大人しくしていただけだ。

 誰かに迷惑をかけた覚えはない。どうして。


 アイツと僕は初対面のはずだ。なんで標的にされたんだ?

 僕が弱そうだったから? 見た目が幼かったから? 僕の隣に女の子が居るのが気に食わなかった?


 やっぱり分からない。


 どうしてあんな奴に好きなようにされなきゃいけないんだろう。

 権力がないから? 僕に力がないのは間違いじゃない。

 でもどうして僕なんだろう。


 僕より弱そうな人は沢山いたし、僕よりも幼い人も沢山いたはずだ。

 僕より多くの女の子を連れていた人も居たし、僕は別に目立つようなことはしていなかった。

 ただ楽しく祭りを楽しんでいただけだ。


 どうして僕が死ななきゃいけなんだろう。


 やっぱり分からないよ。


「ちょっとリン?!」


 アリスの声がする。

 そういえばアマンダさんはどこに行ったんだろう? 目の前で何の返事もせずに考え事をしていたなんて、失礼なことをしたかも知れない。


 後で謝らないと。


「どうしたの? リンが泣くなんて、滅多に見たことないのに、そんなに痛かったの?」


 僕は久々に見るアリスのふんわりした笑顔を見ていると、アリスはそんなことを言ってきた。

 ……あれ? 僕、泣いてるんだ。


 でも、僕は泣いちゃいけないよ。

 僕はアリスにはない『知識』を持っていて、僕の方が大人なんだから 僕がアリスを守らないと。

 僕よりもアリスの方が不安なはずだ。あんな奴に連れていかれそうになって、僕が燃やされて。あの時見たアリスの顔は今でも覚えてる。


 そうだ、僕がアリスを守らなきゃいけなんだから僕は泣いちゃダメなんだよ。

 あの時と一緒なんだから大丈夫。僕が立ち向かえばいい。

 早くスライムたちを強化して、力をもってアリスを守ればいいんだ。


「ねえ、リン。私はもうあなたに守られるほど弱くはないつもりなの。」


「……ぇ」


 僕の考えを読んだようなアリスの言葉に、僕の水分不足の喉は声を出してはくれなかった。


「あの時とは違って私にはもうソラがいるし、それにもう私はあなたのことを身長でも抜かしてる。あの時みたいに震えた足で立たなくてもいいし、今度は私がリンを守るくらいの気持ちでいたんだけど、やっぱりリンは自分で何とかしようとするんだね。」


 あの時とは逆だ。

 あの時はアリスを守るために僕が立ち上がっていたのに。

 今は僕はベッドで動けないままで、アリスが上から泣いてる僕を見下ろして「守る」って言っている。

 情けないなぁ。僕はもっと強かったはずなのに。


「もうリンは私のために我慢しなくてもいいの。いつもいつも誰かのために我慢して、虐められても反撃できたはずなのに私のために親にも話してなかった。」


 いや、僕はそんなんじゃ……


「私には分かるよ。あの時、私とリンで一緒に森に行ったときからリンはずっと大人になろうとしてた。私のことをずっと気にしてたし、わがままも言わなくなった。」


 違うよ、僕はもともと『知識』があるんだから僕はほかの子よりも大人にならないといけなくて。


「でも、もう必要ないの。私はボア程度に怖がりもしなくなったし、あんな良いところの坊ちゃん何てソラに任せれば簡単に倒せるようになったの。」


 僕は、僕は……


「ほら、もっと泣いてよ。そんなに辛そうな顔をされると我慢してるって丸分かりなんだから。」


 そっか、僕は我慢してたんだ。

 だからこんなに泣いてるんだ。

 でも我慢しないと、僕は大人なはず。

 アリスを守るために、僕が……


「もう我慢しなくていいから、リン」


 その時甘い匂いがして、次に柔らかく抱きしめられて。

 僕は泣きながら、それでもやっぱりアマンダさんの忠告は聞かないことを誓った。

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