5.魔法を学びたい!

 ソラが5尾の魚のためにスライムの運搬に数日従事することが決まった後、僕はそろそろ頃合いだと思い、村の大人の中で一番魔法に詳しいと言われているマロック爺さんのところにやってきた。


「マロック爺さーん。居るーー?!」


 マロック爺さんはもう年が年なので、耳が遠い。

 お父さんは「年寄ってのは耳が遠くなっても、トイレは近くなるんだよな……ガハハ!」って言ってお母さんに無視されていた。僕も面白くないと思う。


「おー、リンちゃんか。前よりも背が大きくなったかねぇ?」


 マロック爺さんが最初に言う言葉は昔からこのセリフしか聞いたことがない。一体いつからボケてるんだか。

 ちなみにマロック爺は僕の身長が140後半ということもあり、まだ僕のことを飴を上げれば喜ぶくらいの子供だと思ってる。

 数少ない名前で呼んでくれる人なのに、これだとボケが進行してあだ名を覚えられないだけな気がして喜びが薄れる。

 

「今日はどうしたんだい? 飴ちゃんいる?」


 やっぱり子供だと思ってるに違いない。


「今日は魔法を教えてもらおうと思ってきたんです。あと飴はいります」


 自家製なのか、街でも見たことがない形や色をしたマロック爺さんの飴はとても美味しい。作り方を教えてくれないかな?

 今日は魔法を教えてもらいに来たんだけども。


「魔法? リンちゃんは確か魔力がないとかって聞いた気がするんだがなぁ?」


 そう、僕が魔法の詠唱をして、失敗したのはマロック爺さんに教えてもらっていた時だった。

 言っていることが合ってる。もしかしたらマロック爺さんはボケの進行が遅いのかも知れない。

 ボケ老人は何を覚えていて、何を忘れているのかまったくもって分からないから会話がしづらいことは老人と話したことがある人と共有できる感覚だと思う。


「そうだけど僕、最近スライムテイムしすぎてMPだけでも6000くらい増えちゃったから」


 スライムが増えすぎて、MPはかなりと魔法攻撃と俊敏が多めに上がっているので、かなり今の能力値は高くなっている。

 具体的に言うと、上がった能力値の概算はMPでは6000ほどと魔力攻撃と俊敏が共に500だ。

 もちろん個体差やレベルの問題があるので、多ければMPなどは10000超えもあり得るくらいだ。

 スライムの約5倍。不思議と強く聞こえないね。


「ほう、スライムとはそんなにMPが高いものだったかの? まぁ、何にせよ中に入りなさい」


 招かれて入った家の中には、一目見て高級品だと分かる物が無造作に床に転がっている。

 いつだったか、これは貰い物だとか言ってたけどこんな物をたくさん貰ってるマロック爺さんは一体何者なんだろうか。


「ほれ、使ってみなさい。魔力が増えたなら使えるはずじゃ」


 マロック爺さんに手渡されたものを見ると、一見ただの木彫りの杖にしか見えない物だった。

 これを使う? マロック爺さんの頭を叩いてボケは治るんだろうか?


「あの……これは一体どうすれば使えるんですか?」


「ん? ああ、そうだった。まずは魔力の移動を教えるべきだったか、失敬失敬。リンちゃん、まずはワシと両手を繋いぐんじゃ」


 言われたとおり、向き合った状態で両手を繋いでみる。

 すると、途端に体の奥から出てくる熱い何かが右手から出て左手から入ってくるのを感じた。


「これが……魔力?」


「そうだ。リンちゃんには欠片も魔力が無かったが、ここまで増やすとはなぁ。お? そう言えばテイムは15歳からじゃった気がするんじゃが、気の所為だったかの?」


 合ってます。僕は15歳ですよマロック爺さん。

 それにしても、僕の中にはこんなものが眠っていたなんて。なんか元気が出るって言うか、『自分は凄いんだぞ』って自信が湧いてくる気がする。

 信じがたいけど僕の力じゃなくてスライムの力の一部をかけ集めた物って言うんだから不思議なものだ。


「じゃあ、リンちゃんはこの流れを逆流させてみるんじゃ。そうすれば魔力操作は大体マスターしたようなものじゃよ」


「操作の方法は……いえ、やってみます」


 何いってんのこいつみたいな顔をしないでほしい。僕はまだ操作の方法を教えてもらっていないぞ。

 とはいえ、やってみないことには始まらないので手当り次第やってみる。


 自分の中に意識を向けると、川のように大量に魔力と思われるものが流れている……気がする。

 魔力は水? でも、流れてる魔力を動かすために体の中に手を突っ込むわけにも行かないし、何をどうすればいいんだ?


 まだ分からないのでもっと観察してみる。

 まず、魔力が出ていく右手はマロック爺の左手と繋がっていて、どこかに消えていっている。

 ……いや、消えてはいない。

 魔力を“感じない”だけで“観る”ことは出来る。


 じっと、マロック爺さんの体を流れる魔力を観ているとむず痒い違和感を感じた。

 なんだろう、マロック爺さんの体を流れてる魔力は色が違うというか、なんとなく僕の中の魔力とは違う気がする。

 はっきりとは分からないけどたしかに感じる違和感。一体何が違うんだろう?

 流れてる速さも量も多分そんなに変わらないように見える。

 ……うーん、本当に何が違うのかわからない。   

 別の取っ掛かりを探そう。


 何がいいんだろう、大抵の物事は根源から見つめ直すと分かるようになるって聞いたことあるけど、この場合の根源って何だ?


 そうだ! そもそもこの魔力はどこから出てきたんだろう?


 出てきた疑問に従い、魔力の出てくる場所を探してみる。

 魔力の川のどこかに繋がっているはずなので、魔力の川を眺めていると外から魔力が流れてくる場所を見つけた。

 ちょうど僕の胸の辺りから魔力の通り道のような場所が伸びていて、魔力がチョロチョロと川に向かって出ていくのがよく分かる。


 その魔力を辿ってみると大量の魔力が溜まった場所を見つけた。

 これがきっと僕の今持ってる魔力の総量。つまりはこの場所の大きさが最大MPのことなんだと思う。


 そしてこの場所に溜まっている魔力を見た瞬間、僕はこの魔力を自由に使えることが直感的に理解できた。

 まだ、火を出したり何かを顕現させるようなことは想像もできないけど、この魔力を動かすことは絶対に出来る確信がある。


 よし。これで魔力の動かし方がわかった。あとはこの魔力を使って僕がこの川を逆向きに流すだけだ。

 まず最初に、僕の支配下にある魔力をタンクから川にどんどん流していく。

 次に僕の支配下にある魔力を川の中に均等に均して、僕が逆向きに出来る量になるまでバンバン大量に魔力を流していく。


 そうして川の魔力が半分以上僕の魔力になった瞬間に、緩やかに流れていた魔力の川を強制的に逆向きに変える。

 時間がかかったけどなんとか川を逆向きに出来た。これで、マロック爺さんの言う魔力の操作は大体マスターできた。


「ほっほっほ、なんと何もヒントも無しに出来るとは思ってなかったの。魔力は無くとも魔力を使う才能はあったのかねぇ?」


 あっ、ヒント無しで出来るとは思ってなかったんだ。

 僕の落胆と途方感をにじませた顔を見て何を思ったのか、マロック爺さんはこう言った。


「操作のセンスに無い魔力を補うだけの能力値のある従魔。これは中々育て甲斐があるのぉ。」


 それから僕は魔力の使えなかった15年間を補うようにマロック爺さんの家に通い詰めた。


 マロック爺さんは僕が修行をしている間にウルフギャングの四つ子である火丸ひのまるまりん風太ふうた獅子土ししどに魔法の才能を見出したようで、その4体と一緒にウルフギャングの子供たち全員に魔法の訓練をしたりもした。

 魔法をウルフギャングの子供達に教えてくれるのは本当にありがたい。


 ただ、僕も修行の成果が無かったわけではなく、僕の魔法の適正が分かった。

 マロック爺さんは僕の最大の特徴は魔力操作のセンスだと言ったあとこう続けた。


「全ての属性に平凡並みな適性があるようじゃ。じゃが、本当に“全て”なもんでどうやら特殊な属性も問題なく使えるはずじゃ、ワシは使えないから教えられんが、いつか特殊な属性の魔法を使う人にあったら教えてもらえばよい。これはご褒美の飴ちゃんじゃ、よく頑張ったの」


 と、マジでありがたい言葉をもらった。

 本当にボケてんのかこのジジイって内心思ったのは内緒だ。……飴ちゃん美味しい。


 何処からか僕が魔法を習ってることを聞きつけたアリスとアリスが好きないじめっ子三人組がやってたり、魔法を使うウルフギャングたちにメロメロのアリスを見て三人組が森の奥に走ったり、面白い出来事もたくさんあったけど。


 もう時間の猶予はなくなった。

 僕はもっと猶予があると思っていたし、それを聞いた時には頭が真っ白になった。


――ウィードスライムがそろそろ死にそうだ、と。 


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