6.スライム


 今日は夕日が名前も知らない山の頂上にかかっていて、とても綺麗だった。

 いつも通りにマロック爺さんの家で魔法を教えてもらった後に、村から離れた平原に寝ころびながらマロック爺さんから課せられた魔法の修行をしている時。

 何やらあわてた様子のお母さんがやってきて僕に伝えたことは単純明快で、いつかは起こると覚悟していたこと。


――部屋の隅にいた小さくなったスライムが死にそうになっている


 それを聞いた僕は魔法の修行は放り出し、全速力で家に走った。


 急いで自分の部屋のドアを開けると、目に映るのは部屋の隅で形を維持できずにどろどろになったウィードスライムたちとそれを心配そうに見ている二番目に小さなウルフギャングの小丸と、大量のスライムたちだった。


 小丸以外のウルフギャングたちは、マロック爺さんの家に置いてきた。

 今日だけは小丸が朝から絶対にここを離れないとばかりにこの部屋から出なかったのは小丸なりにもう会えなくことを察していたのかもしれない。


「……クゥーン……」


 小丸とどろどろのウィードスライムたちに近づくと、小丸が情けない顔をしてこちらを見てくる。

 ……そんな顔するなよ。


 ウルフギャングたちとの戦いで傷ついたウィードスライムたちはきれいな若葉色だった色が今ではほぼ透明になっていて、プルプルでつかんで投げることが出来た体も実体がないかのように僕の体を通り抜けた。


 ウィードスライムたちのために予定を変えて、色々僕なりに頑張った。

 結果としてはスライムの進化か僕が回復魔法を覚えるか、どっちかは間に合うと思ったんだけどな……

 残念ながら僕はまだ、属性のついた魔法を満足に使えないほどに下手くそだ。

 スライムの進化も今日の朝確認した限り、進化している個体は一体もいなかった。


「まぁ、僕はそんなに頭がいいわけじゃなかったな」


 思い返せばよく分かる。

 頭脳勝負では絶対にアリスに勝てなかったし。

 剣術ごっこも身長が低すぎて小太りと運動音痴に勝てた試しはない。

 僕が持っていたのは生まれたときから持ってる知識だけだった。

 なんで今まで気づかなかったんだろう。


 最近は特にそうだった。

 アリスと会話しても得られるものは無いって、勝手に決めつけて勝手に森に朝から晩までスライム探しに行って。最終的にウルフギャングに見つかった。

 あのときに僕は一回死んだはずだ。

 あのリーダーの狼は何を思ってたんだろう。

 なんで逃げるしかしてなかった僕を殺さずに返したのか、なんで僕に子供を託したのか今でも分からないままだ。

 でも、少なくともこのウィードスライムたちの頑張りは僕が生き残ることで報われたんだと思う。


 このウィードスライムたちは僕がウルフギャングに襲われたときに、負った傷が治らないと分かっていて僕の助けに来た勇敢な奴らだ。

 そうだ、そういえば僕からスライムに話しかけることは一度もなかった。


「今まで僕についてきて楽しかったか?」


 どうにか最後に会話をしたいと思って、ウィードスライムたちが何を思っているのか知りたくて、いつも通りに念を感じとろうとしても何も感じない。


 なんだか、胸が騒がしい。

 絶対にこいつらを死なせたくないのに、今は何も出来ない。

 なにか、方法はないかと考えたけど今までずっと考えてきたことの答えが今更すっと出てくるわけがない。


 情けないけど、今回もウルフギャングに襲われたときのようにスライムが助けてくれるかもしれない。

 一縷の希望を託してスライムたちが進化していないかを確認しようと周りを見渡すと、目に映る大量の青い色のスライムたちが映る。

 その中には進化した個体はやはり居なかった。


 落胆した気持ちで小丸と一緒に消えていくスライムの言葉を聞こうと、感覚を研ぎ澄ませている中。後ろの大量のスライムたちから念が送られてくる。

 

『はやくなれてうれしかったって!』


 そりゃ、早くなるなるだろうに。こいつらは僕の手助けもなしに自力でウィードスライムに進化したんだぞ?

 どろどろになるウィードスライムたちはすでに個体の境界が曖昧になっているけど多分、こいつがあの一番最初に進化したいつもぴょんぴょん飛び回っていた個体だ。

 こいつが一番速かった。


『かくれんぼもたのしそうだった!』


 そうだ。隠れることが一番の特技だった。いつも餌を貰いに来なくて僕が見つけることを待ってたやつばっかりで大変だった。

 こいつはスライムの時からずっとボールの中に居て、ウィードスライムになった瞬間にあちこち隠れることが好きになった個体だ。

 隠れることに関してはこいつが一番すごかった。


『ごはんおいしかったって!』


 違う。僕があげたのはお前らを進化させるための素材しかあげてなかったし、食べさせることが出来なかった。

 ウィードスライムになってからはスライムの餌ばかり持ってきていて、ウィードスライムの餌は必要無いからってあげることを考えてもいなかった。


『いつもじゆうにあそべてよかったって!』


 それも違う。僕が強くなるために別のスライムが欲しくて、こいつらの相手が出来なかっただけだ。

 決して自由に遊ぶことを目的にしたわけじゃない。


『しゅじんがやさしくていたずらしたけどゆるしてっていってる!』


 許すに決まってるだろうが……お前らなら分かるだろ。

 お前らのお仲間が死にそうになってる時にすることが僕を励ますことかよ。……お前ら本当に呑気だな。


 滲む視界のなか、何かが近づいてくるのを感じて横を向くと、小丸が僕の頬をぺろぺろ舐めてくる。

 ……今日は自由に舐めさせてやろう。


 僕は今日、僕のために命を懸けた13体のウィードスライムがこの世から消えていくことを止めることが出来なかった。

 今日のこの出来事を僕は絶対に忘れない。そして二度とこんな気持ちを味わいたくないと心の底からそう思った。

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