4.育成は大変です
森でウルフギャングたちに子供を任されてから更に二週間。
ウルフギャングの主食である肉を探しに奔走し、まだ歯が生え揃ってない赤ちゃんのために村の大人から乳の出るモンスターを借りるために奔走し、肉を置く皿を壊す悪い子にお説教をしたりしている日々が瞬く間に過ぎた。
そして二週間たった今、やっと自由に行動出来る時間が作れるようになった。
今日は中々会えなかったアリスに会いに行こうと思う。
そうしてアリスの家に行こうと自分の家を出ると、スライムたちと遊んでいる村の子供が見える。
僕がウルフギャングの子供たちの世話をしている間にスライムたちは更に団体行動を極めていた。
時々じゃれてくるウルフギャングの子供たちの相手になったりしてくれたことはあったけど、大多数は外で村の子供と遊んでいる。
スライムたちの、選択肢には誰かと遊ぶしかないようだ。
逆にスライムに任せられる仕事っていうのが、少ないから特に問題はないけど。
それと、最近気になっているのは部屋の隅で動かない小さめのウィードスライムたちだ。
多分ウルフギャングたちと戦っている間に怪我をして、そのまま《自己再生》がないため弱っている個体だと思う。
でも、僕にはスライムの体の構造なんて分からないし、回復ポーションなんてただの1村人でしかない僕には高すぎて買えない。
そのためにはどうにか回復魔法を覚えてるモンスターをテイムするのが一番早いけど、村の近くにはそんなモンスターは居ない。
どうすればいいのか、僕もよく分からないけど、どうにかウィードスライムたちは助けたい……どうすれば。
「リンさん! こんにちは! 今日はどうしたんですか?」
思考を巡らせながら歩いている間に目的地にたどり着いたようで、村長家から出てくるハリス君に見つかった。
「こんにちは、ハリス君。今日はアリスに最近会ってないから、話でもしようかと思ってね」
そう言うと、ハリス君は家の中にアリスを呼びに行くと言って村長宅の中に入っていった。
一瞬だけハリス君の顔が恐ろしく感じた気がしたけど、多分大丈夫だ。ハリス君シスコンだけど、根は良い子なんだよ。
ときどきアリスに関することは暴走するけど、良い子なのには変わりない。アリスに気に入られてる僕を追いやろうって思ってもきっと……暴走の可能性は考慮に入れた方がいいかも。
そうしているうちに、アリスが出てきてそのまま村長の家の中で話すことに。
今まで何度も訪れたことのあるこの家も、大変だったこの二週間のせいか、懐かしく感じてしまう。
「ねぇ、ウルフギャングを大量にテイムしたって本当なの?」
椅子に座ってからの開口一番。アリスの口から出てきたのはウルフギャングに関することだった。
「そうそう。あのウルフギャングがどうこうって騒ぎになってた日に森で捕まえたんだ」
ウルフギャングの群れに、ウルフギャングの子供達を託された時はびっくりした。
冷静になって考えると、多分僕に託すだけの理由が森の異変に関係するんだと思う。巣が壊されて、子育てが出来なくなったとかそんな理由が。
今でもウルフギャングが浅い場所までやってきた原因は判明していない。
でも、何が原因でもなんとなくあのウルフギャングたちには死んでほしくは無いと今では感じている。
見逃してくれたからかな? でもその分怖い思いをして欲しい。
「あっ、あの日は私がそれを伝えようとしたのにスライムをけしかけたでしょ! あれ大変だったし、ちょっと怖かったんだからね?」
「けしかけたって……僕は何もしてないし、何ならアリスがスライムを投げたのが始まりだったと思うけど?」
僕が見た限りの事実を告げると、アリスは気まずげな表情で口笛をする。
「音が出てないよ」
「うるさいなぁ! お父さんにも下手って言われて、リンにまで下手って言われた! 皆酷い!」
僕からするとすごく笑えることだけど、アリスはとても傷ついたようで、ボールからソラを出してスリスリ顔を擦りつけている。
「ソラ〜、リンが私の口笛下手って言った〜! ソラは下手って言わないよね? 私、口笛上手だもんね?」
スリスリと体に顔を擦りつけてくるアリスを面倒な顔をしながら受け入れているソラは、キョロキョロと周りを見渡して、僕を発見し、じっと僕を見つめながらまるで『お前がやったんだからお前がどうにかしろよ』と言いたげな顔を僕に向けている。
生意気な鳥め、僕の責任は村長と二分の一に分けた程度しか無いんだぞ。
とはいえ、何を言ってもソラには勝てる気がしないので、僕もボールから一体のウルフギャングの子供を出して顔を擦りつけながらこう言った。
「あの鳥が飼い主の失態を僕に押し付けてくるよ〜。どうしよう虎徹ちゃーん。」
そう言った瞬間。ソラからは髪が浮くくらいの風魔法と、アリスからは絶対零度の視線を浴びせられた。
流石に居心地が悪いので、生贄としてもふもふ好きなアリスに虎徹を差し出すことにした。
「ほら見てよ、僕の捕まえたウルフギャングの子供を、二週間前までは膝に乗せても何も感じないくらいだったのがもう普通の犬並みに大きくなったんだ。」
虎徹は託されたウルフギャングの子供の中では一番小さな赤ちゃんで、僕もこの二週間の中で虎徹に一番手を焼いた。
それでもウルフギャングの子どもたちは成長が早いのか、僕の与えた餌が良かったのかグングン成長して、今では一番小さな虎徹までもが、一日に何体かのスライムを捕まえてくるようになった。
いや、なんでスライムを捕まえてくるんだよ。
最初は意味がわからないまま、とりあえず褒めてあげたら次の日から成長と共に連れてくるスライムの数が増えてきて、今ではスライムが一日に増える数は最低50体以上であり、我がスライム軍は総数260体を記録している。
……何も言うまい。
これからも増えていくと言うんだから恐ろしい。スライムの餌が必要ではないことに本当に感謝している。
「可愛いー! あなた虎徹って言うの? カワイイ! ねぇねぇ、見てみてソラ! この子私の手をペロペロ舐めてる! 私のこと好きなのかな?」
動物全般好きなアリスが特に好きなのがもふもふしてる犬猫などだ。
人懐っこい虎徹を差し出せばそりゃあテンションが上がるってもんよ。
……アリスと会うときにはウルフギャングの内、一体は連れてくることにしよう。
「リン! この子、私に頂戴! 代わりにソラを上げる!」
アリスはキリッとした顔で言ってくるが、内容としては酷いものだ。
それに、代わりにソラを上げるって……ぎょっとしてアリスを見るソラが可哀想なので何も聞かなかったことにする。
アリスが虎徹に脳を溶かされている間に今日ここに来た目的を果たすとしよう。
「ソラ、今度から森にレベル上げのときにスライムたちをを連れてってそこら辺に置いてきてくれないか?」
アリスと離れることを警戒していたソラは僕の提案に一も二もなく頷いてくれた。
そんなに僕が嫌だったのか……
レベル上げとは、レベルを上げることを目的にした戦闘だ。
一般的に餌もただではないので、初めに捕まえた2,3体のレベルを上げるのが一番の強くなる為の手段だ。僕みたいにただ従魔の数を増やしても強くなるわけではない。
レベル上げはついでに畑の農作物を荒らす害獣駆除もできるので一石二鳥だ。
「なに? スライムたちを放しちゃうの? あの子達多すぎる気がするけど、最近可愛くなって来ちゃったから手放すなら私にちょうだい」
「スライムがほしいならそれこそソラに捕まえてもらってよ、僕がソラに頼んだのはスライムのレベル上げをしたいからだよ。そろそろ進化しなくても集団で戦闘できそうだし」
どうやらあのギャングウルフとの一戦以来、ウィードスライムとスライムのタッグでの戦闘を練習している節がある。
それがなかなか様になっているので、そろそろ森で戦闘してもいいと判断したのだ。負ければウィードスライムの《擬態》と《隠遁》で隠れればいい。
それにしてもアリスがスライムを欲しがるとは。
ときどき村の人がスライムを撫でてる姿を見かけることがあったけど、やっぱりあいつら人に取り入るのが上手いな。
もふもふ好きのアリスに可愛いと言わせるとは魔法生物の中では初じゃないか?
奇々怪々な見た目をしたものが多い魔法生物は基本的に嫌いか気持ち悪いって言うのが一般常識だが、村のみんなはスライムは可愛く映るらしい。
今日ここに来た目的はソラにスライムを森に撒いてもらうことだ
そしてその森にスライムを撒く目的は危なっかしいウルフギャングの監視を任せるためだ。
スライムを捕まえに、遊びに何度も森の中に単独で入ろうとするものだから危なっかしくてしょうがない。
スライムがどんどんと増えていく中、ウィードスライムもかなり増えていて、73体にも増えている。
そいつらの在庫しょ……ではなく、ウルフギャングの監視が可能かどうかについては、ウィードスライムに限って可能だと思う。
僕とは違いしっかりと効力を発揮する隠密行動に適したスキルと高めの俊敏で森の中をモンスターに見つからずに自由に動き回れることが判明したからだ。
それに加えて、スライム同士は遠くにいても何かしらの手段で情報のやり取りをしているようで、肉を調達しに村から離れている間に付いてきたスライムが、村のウルフギャングが悪さをしたことを教えてくれたことがあった。
そのときに思いついたのがウィードスライムをそこら中に撒き散らしてウルフギャングの監視させることだった。
もちろんウルフギャングの子供でもそこら辺のモンスターを蹴散らす程度のステータスはあるが、それでも子供だ。
もしもあのときの隻眼の狼リーダーのようなやつが出てきたとき、ウルフギャングの子供でも逃れるかどうか分からないだろう。
その点、スライムたちはあの見た目であの子供っぽい性格でもかなり頭はいいとおもう。
あの日にウルフギャングに戦闘を仕掛けたタイミングは僕が出来るだけ距離を稼いだあと、足が止まった瞬間に飛び出してきていた。
僕の目的が逃走だという事とその目的に沿うタイミングでスライムたちが飛び出してきたのは偶然ではないだろう。
つまり、スライムには考える能力も、加えて今では以前にも増して数の暴力という強力な力も手にした。何より遠くで異変が起こったとしても僕の近くにスライムが居れば教えてくれる。
だからレベルを稼ぐウルフギャングの子供たちと、それをサポートするスライムたちという構造にして見ようと思っているんだ。
それに部屋の隅で動かないウィードスライムたちを助けるためには進化前のスライムのレベルが必要だ。
単体ではモンスターに勝てなくとも、ウィードスライムのちからを借りて、ウルフギャングのサポートをすればレベルを上げることは出来る。
そして隠密が使えない方のスライムも広範囲に配置するならソラに連れて行ってもらうのが一番だ。
スライムが増えすぎてむしろ街の安全と治安が良くなったので、アリスの護衛にソラは必要なくなったらしく、今日から数日は特にはソラに任務はないようだ。
なんで治安が良くなったんだろう? 動物セラピー的な何かなのか、それとも見られることを怖がっているのか。
「可愛いねぇ? このスティック食べる? これはお高いやつだぞ? 10個で千円もする高級なおやつなんだぞ? 欲しいか? 欲しいのか? 上げちゃう!」
自分用のおやつを虎徹に取られて心做しか寂しそうな表情をするソラには申し訳ないけど、アリスが満足するまでの数日間はこき使わせてもらおう。
うっ、そんなに悲しそうな目を僕に向けても……
「分かるだろう? あの状態のアリスは絶対に数日は続く。ならその間に僕の頼みを聞いてくれ。」
ソラもそう言われると諦めがついたようで、好きなはずの飛ぶことをせずにてくてくテーブルを歩いたあとに僕の肩に跳び乗った。
「今度、うちで美味しい魚を買ってやるから、あんまり落ち込むなよ」
頭を撫でながら励ましてやるも、あまり元気は出なかったみたいで、ソラはコクンと頷いてチラチラとスティックを10本全部虎鉄に上げてしまったアリスの方を見る。
捨てられたみたいな雰囲気を出していて、虎徹を差し出した張本人としては罪悪感が凄い。
「諦めな、お前じゃどうにもならんよ……何尾欲しい?」
席を立って家を出ようとすると、アリスがこう言ってきた。
「あっ! ソラは出来るだけ早く返してよねー! でも、虎徹ちゃんをくれるならソラをあげる!」
僕は返事をせずにソラを撫でてやった。
部屋を出るとソラが羽で僕の首を4回叩いたので僕はこう言ってやった。
「……分かったよ、成功報酬として5尾くれてやる。家の魔導冷凍庫にあるから好きに食え。」
もうすでに報酬はお母さんに頼んで買ってある。家の魔力で動く冷蔵庫に保管されているはずだ。
ソラはそれを聞くと潤んだ目でこっちを見ていたので、何も言わずに撫でてやると元気が出たようで僕の家に向かって飛んでいった。
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