3.森の異変
アリスからの言及を逃れて村を飛び出したあと、スライムを5体ほど捕まえたときに違和感に気づいた。
まだ、日が暮れて無い……?
いつもは大体4.5体程捕まえたあとに時間切れで家に帰るところだが……どうやら森で異変が起きたらしい。
そういえば捕まえたスライムもボールから出てきてまとわりついて来ないし、なんだか森のスライムも普段に比べて活発な気がする
何か逃げようとしているというか、何というか、意思を持って行動している節が見られる。
テイムに成功したスライムが送ってくる感情も『食べたい』と『遊びたい』だ。……やっぱり気がするだけかなぁ?
とりあえずこのまま森に居ると危険な可能性があるので、急いで村に向かって走りだす。
そう言えばアリスが家の前で待っていたってことは、何かを伝えることがあったって事だったのかもしれない。村長の娘だし。
なぜかそれを伝える前にスライムとの集団戦をやっていたけど。
とりあえず、今は何かをアリスが伝えに来たとして考えてみよう。
走りながら足りない頭を必死に回す。
きっとすぐに話してこなかったあたり、緊急性はないんだと思う。村まで人を襲いに来るような凶暴な魔物ではないだろう思うし、すぐに被害が出るタイプでは無い。
となると、大人からすれば弱いけど僕が全力で逃げても追いつくような俊敏の高めのモンスターか、ピンポイントでスライムを狙うような僕にだけ被害が出るモンスター、もしくは鈍重な攻撃の通りづらい強力なモンスター。など色々と候補はあるだろうけど、それもこれも村に戻れば大丈夫……
「ワォーーン!」
何処からか、狼の遠吠えが聞こえる。
多分、森の深くに生息するウルフギャングたちだ。
ウルフギャングは森のもっと深い場所に出てくる集団で狩りをするモンスターだ。
ああ、最悪だ。
森に異変が起こったという予想が当たってしまった。ウルフギャングがこんな浅い場所に出てくるのはやはり異常事態だ。
とりあえず今までスライムを捕まえる間に見つからなかったので、今回も逃げれるはず。
生存率を上げるためにウィードスライムからもらった《擬態》と《隠遁》を使ってやり過ごす。
じっと動かなければ見つからないはずだ。
ふう。とはいえ、ウルフギャングでまだ良かった。
ウルフギャングはその名の通りウルフ系の通り道であり、その進化先は多様で進化の方向性によっては僕の《擬態》と《隠遁》を余裕で見破る進化先もある。
そして、僕の知る限り、この森の奥にも大した進化先は確認されていない。
まだ進化後のモンスターではないことは不幸中の幸いだ。
進化前なのは安心できる要素だとして、それだけで倒したり逃げ切ることが出来るかは別だ。
僕の知識ではウルフギャングのステータスはこうだ。
(ウルフギャング)Lv1
HP 2400~5200
MP 1200~3000
攻撃 :430~800
防御 :370~580
敏捷 :680~900
魔法攻撃 :120~350
魔法防御 :190~420
器用:260~510
スキル
《スラッシュ》
《連携》
完全な物理攻撃型の前衛だ。
魔法攻撃特化のスライムは魔法関連が苦手なはずのウルフギャングと値が同等だし、俊敏特化のウィードスライムとも俊敏だけを切り取ったとしても完全に負けている。
アリスはスカイバードのソラが飛びさえしなければスライムたちといい勝負をすると言っていたが、あれはスカイバードの特徴である非常に高い俊敏を使わずにという限定的な話だ。それも僕の予想ではソラの圧勝だと思うけど。
俊敏は確かにウルフギャングの方が低いとしても、今回はソラのように手加減はしてくれないだろう。
今日捕まえた5体含めて僕の全戦力のスライム42体vs一匹のウルフギャングではスライムが完敗するのは当たり前で、100回やっても一回も勝てないだろう。
つまりは戦闘になった時点で終わる。
「ワオーーン!」
遠吠えがさっきよりも近づいている。
スライムをウィードスライムに進化させてできるようになった《擬態》も《隠遁》も意味があるのか不安になるほど早く近づいてきている。
動きだすかを悩んでいる間にガサッ、と後ろの草陰から音が聞こえた。
ゆっくりと音を立てないように慎重に振り返ると、いつか見たウルフギャングと同じ見た目をした狼がいた。
……走れぇ! 僕! 走れ!
村が見えてくればどうにか逃げ切るはずだ!
ある程度元のステータスからウィードスライムで底上げした僕でも速さでは勝てないだろうことは分かりきってることだ。それでも全力で逃げて、逃げて、逃げ切らないと僕が死ぬ!
きっとウルフギャングは集団で狩りをする種族なので、まだ時間の猶予があるはずだ。
モンスターに出会った瞬間背中を見せて逃げることが情けなく感じないわけではない。
だって、僕が戦闘したら前足のスラッシュを乗せた攻撃で一発KOに決まってる。
これは僕が弱いんじゃない、スライムが弱くて、ウルフが強いんだよ!
どうせ僕の居場所なんてばれているので、もう物音を立てないとか気にせずにがむしゃらに村を目がけてひた走る。
今まで数えたほどしかしたことの無い全力疾走に息を切らしながらも死を逃れようと勝手に足が動く。
全力で走っている間に、後ろからはぴったりと僕に付いてくる足音がたくさん聞こえる。
おそらく何体ものウルフギャングの足音だ。
「あああ! 死ぬうぅぅ!」
こうなるならもっとスライム以外にもモンスター捕まえれば良かった! いくらいつか強くなるって言っても今この瞬間にウルフギャングより強くないと僕は死ぬんだよ!
目に汗が入るも、拭いもせずに転ばないように走る。
もう、足音は後ろからだけではなく、真横から聞こえるようになった。
耳を澄ませば「ハァハァ」と動物の荒い息遣いが聞こえてくる気がしてくる。
ははは、ウルフギャングに包囲される機会に恵まれるなんて僕は付いてねぇぇ!
どうする?! この状況から生き残る可能性のある策はないのか!? そうだ、ソラは!? いや、近くの森にウルフギャングが出たならアリス唯一の従魔らしくアリスの近くから離れないだろう。
大人は? 確か、常に誰か一人は巡回しているはずだ。
「だれかああ!! 居ないのおお?!」
……だめだ、大声出しても来ないなら別の策を!
何かないのか! くっそ、従魔がもっと強ければ……っ! そうだ!
「出てこいスライムどもぉ! 今すぐ動き回ってウィードスライムに進化しろぉぉー!」
すると、スライムが出てきて、その内の1体が僕の頭の上で体を伸ばして触手のようにしたものでウルフギャング居る方に手を振っていた。
ほんとに呑気だねぇぇ! もうすぐ僕死んじゃうよ! 僕が死んだら野良のスライムの君らはウルフギャングに踏まれてピチュンって即死することになるの分かってるー!?
はぁはぁ、あともう少しで村が見えてくるはずだ、そうすれば誰かが異変に気づいてくれるはず……
刹那、視界のなかで白と青がぶつかって青が吹き飛ばされた。
その時一瞬で起こったことがすぐには理解できずに、僕がウルフギャングのスラッシュが足に当たり、勢いよく転んだ後にやっと理解が追いついた。
まず最初に僕の知識でも名前すら出てこない純白の毛並みをした狼が走る僕の目の前に踊り出てきた。
それと同時に今まで僕が捕まえてきたスライムからこう念を送られたんだ『にげて!』『もうたたかえる!』って。
どこに隠れていたのか、村にいたはずの森の色と同化したウィードスライムが青のスライムを抱えて僕を包囲するウルフギャングに奇襲して、即座に返り討ちに遭っていた。
「はは、やっぱり馬鹿だろ。お前らが勝てるわけないじゃん……」
僕が倒れた後もスライムたちは僕を守ろうとしているのか、《自己再生》が使えるスライムを盾にウィードスライムが必死に体当たりを繰り返す。
その間もスライムたちは『にげて!』と、『かてる! じゃまだからむこういって!』と頭が痛くなるくらいに村に走れと念を送ってくる。
僕の答えは簡単だ。
「逃げられる訳ないよ」
すでに目の前に純白の毛並みをしたウルフギャングのリーダーだと思われる狼がこちらをじっと見ている。
僕の進行方向を一番強そうなこのウルフギャングに阻まれている。
もちろん、スライムたちはリーダーの狼にも体当たりをしているが、リーダーの狼は物ともせずに凛々しい顔をこちらに向けたままだ。
どうやら、スライムと能力が高いなんてものでは無く、文字通りステータスの値がけた違いに離れすぎているようでダメージを受けている様子が全く見られない。
ああ、僕はもう死ぬのかな、せっかくこの世界で使える『知識』を使ってスライムを進化させようと思ったのになあ。
もったいないなぁ。
そういえばアリスって、僕のこと好きだったのかな?
僕はアリスのこと好きだったのかも、この絶体絶命の状況で頭に浮かぶのは僕の亡骸に謝ってるアリスしか出てこないや。
ちゃんと話を聞けばよかった。
「ああ、もったいない」
口に出た言葉の意味もよくわからなかった。
周りのウルフギャングがスライムたちと消耗戦をしている中、とうとうじっと僕を見ていただけのリーダーの狼がゆったりと僕に向かって歩き出した。
僕は360度すべてをウルフギャングに包囲されているため、後ずさりもできずに荒い呼吸を繰り返すことしかできない。
リーダーの狼の顔が近づいてくる。
怖くて怖くて仕方なくて、手の感覚もなくなった今。
それでも目を逸らしたらいけない気がして真っ直ぐと狼の目を見返す。
至近距離で狼の顔を見ていると、気が付いたことがある。
狼は隻眼だった。何か巨大なものに押しつぶされたように右目が潰れていた。
それに、スライムの攻撃に一切のダメージを受けずにいた狼の体は傷ついていた。
それまでに戦ってきた相手を見せられた気がする傷だ。
火で炙られたような傷や鋭利な刃物で切り裂かれた傷、打撲でまだ腫れてる青あざもあったし、左の耳は途中から欠けていた。
それに何より、狼は理性的だった。
僕の体の匂いを嗅いだあと、僕の目を見て何かを訴えるように強い視線を浴びせてくる。
怒ってるわけでも、攻めてるわけでもない。
何かを懇願するようなひどく真剣な目をしていた。
「ワォン!」
スライムを相手にしていたウルフギャングの中の一体がリーダーの狼に何かを伝えていた。
リーダーの狼は一際強い視線をこちらに送ったあと僕とすれ違って森の奥の方に足を運びながら「ウォン!」とひと声かけて消えていった。
生かされたのか?
リーダーの狼は何を伝えたかったんだろう?
そう思っていると、次第に無力化されていたスライムも遂には戦えるスライムが居なくなった。
包囲しているウルフギャング達が襲いかかりもせず、近づいても来ない中、困惑している僕の前に数多くのウルフギャングが出てきた。
そのウルフギャングたちは例外なくどこかしらに傷を負っており、リーダーの狼よりも強い感情を睨む目で伝えながら僕の目の前に何かを置いて去って行った。
なんだろう、と目を向けた瞬間、もう用は無いとばかりに包囲していた全てのウルフギャングがリーダーの狼の後を追って、走り去った。
後に残ったのは何も変わらない、いつも通りの森だ。
呆然としている僕に、スライムたちがほうほうの体でよってくる中、僕がウルフギャング達が置いていったものを見てみるとようやくウルフギャングたちの一連の行動の理由が分かった。
ウルフギャング達が置いていったのはまだ傷のない、それこそ狩りもしたことが無いだろうウルフギャングの子供たちだった。
もうすぐ成犬になるものもいれば、産まれたばかりの赤ちゃんも居る。
そして例外なくスヤスヤと僕の目の前で警戒心もなく眠っていて、その姿は種族が違っても人間の子供と変わりなく可愛いものだった。
――子供を託された。
いまだ混乱しているものの、ウルフギャングが僕に子供を託したことは分かった。
……全く。
あのリーダー狼は、このただでさえ収入が無く、貯金を切り崩してスライムたちの餌をやってる僕が手間もお金もかかるウルフギャングの子どもたちを育てると、本気で思ったのか?
だとしたならあのリーダー狼は馬鹿だな。
……ちょうどスライムが弱すぎて悩んでいたところだ。僕ならこの世界の中で一番、進化の条件も育て方もよく分かってる。僕がこいつらを育ててやろう。
感謝しろよボス犬が。
「スライムども、こいつらを起こさないように僕の家まで連れていくぞ。もう僕は疲れて動けないから運んでくれ」
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