11.入学園祭!


 あの後、僕たちエイブ村の子供たちの順番になって、塔の中に入っていった。

 アマンダさんが案内役(ガイドさん)を担って、様々な場所を回ってその都度説明をしてくれた。


「この階は学園に在籍している教授の研究室があります。今後助手をする際にはこの魔法陣を使って出入りが出来るようになっていますので、……」


 魔法陣とは名前そのままの意味で、意味のある模様をいろんな過程で紙に施した魔法と同じ効果を得られるというものだ。


 同じ模様を描いた紙だとしても全ての魔法陣が同じ制作過程なわけではない。

 例えばこの転移の効果を持つ魔法陣なら染料の中に空間魔法を使うモンスターの特殊な素材を加える必要があったり、別の効果を持つ魔法陣も様々な方法で作られているためだ。


 ただ、共通している部分もあり、陣を描くときには描く人が魔力を込めて書く必要があり、使う際にも使用者の魔力を使う。

 普通に魔法を使うよりも手間や魔力の量が多い分、普通では使えない魔法も魔法陣を使えばできるようになる。

 僕が魔法を習ってなくても、魔法陣があれば魔法が使えるってことだ。


「ここが教室です。これからあなたたちはそのまま地域ごとにクラス分けをされるはずなので、みんな一緒のクラスになりますよ。豆知識としてこの黒板というものは……」


 ここは教室で合っていたらしい。

 規格化された机椅子に、僕の『知識』にもある黒板。

 木目があるタイルに後ろのロッカーはとても郷愁を感じさせる。前世の記憶にあるものが多いからかな?


「かわいいー! 私もこの子欲しい! どうして捕まえちゃだめなの!」


 なんとか僕がアマンダさんの負担を減らそうと、虎徹を使っておびき寄せた犬耳娘はどうにか付いて来るようになったけど、叫びながら歩くのでとてもうるさい。

 あと他人のモンスターを他の人が捕まえるのは単純なマナー違反だ。出来ないこともないけどね。


「ここって何階なんだろう?」


 アリスがつい口に出たように疑問を言う。

 魔方陣をいくつか経由してこの教室にたどりついたので階数は分からない。


「そうだね、魔方陣が最初の一階にいっぱいあったし、あれのどれがどこにつながってるのか分からないと何とも言えないね。」


 僕がそれを言った瞬間、視界の中で犬耳がピクリと動いた。


「あ、まず」


 反応は出来たものの、僕に虎鉄以外にあの暴走車を止める手段はないのでどうにも出来ない。

 豆知識を披露していたアマンダさんが何となく悲しそうな顔をして話すのをやめる中、犬耳娘はカーテンを開けながら窓の外を見て叫ぶ。


「見てー!! 雲が下にあるーーー!!!!」


「なるほど、確かに窓からどれくらいの高さにあるのか分かるかも……待って、雲が下?」


 僕が思ったよりもまともな考えに感心しようとして、雲が下という事実に驚いている間に、興味を持った生徒たちが全員で窓に殺到するのが見える。

 ついでに悲しそうなアマンダさんの顔も見える。


「アマンダさんの説明聞きたいんだけどアリスはどうする?」


「私も一緒に行く」


 僕とアリスは顔を見合わせてアマンダさんの方に向かうことにした。


「アマンダさん。ここって雲よりも高いんですか?」

「そとから見えたのはもっと低く見えたよね?」


 僕とアリスが立て続けに質問すると、アマンダさんはうれしそうに答えてくれる。


「実はあの建物は別の場所に転移する魔方陣があるだけで、実際に学園があるのは全く違う場所なの」


 へー、つまりこれから授業を受ける場所はこの”雲よりも高い”場所なのか。


「じゃあ、ここにドラゴンとかっているんですか?」


 前のめりに質問するアリスは可愛い。


「ふふ、さすがにそんなに強いモンスターは居ませんよ。」


 いないのか……少しがっかり。

 いや、居たら少し怖いけどね。


 ドラゴンはとりあえず強いモンスターで有名だ。


 巨大な体躯に、魔法も物理も生半可なものでは傷つけられないほどの鱗。口から『息吹ブレス』を吐いて来たり、遠近、物魔どれもオールラウンダーに強いモンスターだな。

 童話や伝説には必ずと言っていいほど、強敵として出てくるので子供でも知ってる”強いやつ”だ。


 アリスが恥ずかしそうに咳払いをするのを横目に、アマンダさんは詳しくこの場所の話をしてくれた。


「この場所は不思議でね。反対側の教室から見れば分かると思うけど」


 アマンダさんがそういった瞬間。

 後ろから多数の子供たちが反対側の教室に走り出す音が聞こえる。

 興味津々に窓の外を見ていた割に、こっちの話はきちんと聞いていたようだ。


「……見に行く? 見たほうが早いね。」


 アマンダさんがなんか自信なくなってる。


「僕はアマンダさんの説明が聞きたい」

「私も」


 よし、僕とアリスの意見を聞いたアマンダさんの機嫌が良くなってる!


「私が生まれるよりずっと昔の話だから聞いた話でしかないんだけどね、昔のこの学園の創設者のエンリカン・ヴォルフガング・リオンという人が居たの。」


「「はへぇ〜」」


 二人揃って気のない返事を出す。


 偉人の話は凄いと言われてもいまいち凄さがわからんのだ。


 アマンダさんはそんな心情が透けて見えたのか、偉人の説明は最小限で抑えてくれた。


「その凄い人が凄い理由が魔法で空を飛べるってことなの。」


 最小限でもわかる凄さ。


 魔法で空が飛べる?

 ロマンの塊じゃん!


 隣を見てみると、先ほどとは打って変わってキラキラした目をしたアリスが居た。

 ふふふ、これはアリスの新しい一面が見れた。かわいい


「そのエンリカン・ヴォルフガング・リオンさんが見つけたのがこの島で、この島を利用するために、その時に住み着いてたドラゴンとかグリフォンとかを倒して、飛ぶことが出来ない人のために転移の魔方陣を設置したのがこの学園の始まりなの」


「「「「すげー」」」」


 聞いてる皆で合唱してしまった。

 どうやら窓を見ていた人たちも興味のある話題を聞きつけて戻ってきたようだ。


 アマンダさんは微笑みながら続ける。


「そしてそのエンリカン・ヴォルフガング・リオンさんが初代学園長になって、この学園に色んな仕掛けをしかけたそうよ? 廊下の壁は裏返してみれば秘密の通り道があったり、図書室にある一つだけ欠けた本棚に最後の本をはめれば地下室への階段が現れたり、天井裏にはエンリカン・ヴォルフガング・リオンが残した財宝があったり、色んな噂があるから学園生活の中で探検してみるのも楽しいと思うからみんな頑張ってね」


「「おお!」」


 秘密の通り道! 地下室への階段! 財宝! 楽しそう!

 どうしよう! スライムを何体も放ってどれくらいで見つかるかな? 


 何から探しに行こうかと考えていると、アリスがじっと僕の顔を見ているのに気が付いた。


「どうかしたの?」


「なんだかそんな楽しそうな顔してるのは久しぶりに見たなあって」


 虎鉄を見る目でアリスが見てくる。母性に目覚めたような顔だ。胸は無いのに。


「なんか変なこと考えてないよね?」


「ヒッ! か、考えてないです!」


 目のハイライトが消えて、魔力が漏れて髪が浮き上がっている。

 怖い。


 ご、ごまかさないと。


「そ、そんなに分かりやすく顔に出てたのかな?」


「ふふ、周りも見えないくらいに楽しそうだったからね」


 ふぅ、誤魔化されてくれたか。


 そんなに楽しそうだったのか。

 以外に楽しい学園生活になりそうでワクワクしてると、今度はアリスもワクワクした顔をしながら訊いてくる。


「やっぱりこの学園にきてよかったね。」


「うん」


 あれだけ学校に行きたくないと、ごねていた僕でも驚くくらいにすんなりと返事が出てきた。

 楽しい学園生活になるといいな。





★☆★



 その後は、アマンダさんの案内のもとで色んな施設を回って、細々とした連絡が書かれた紙を貰ったあとに自由行動たなった。

 今は一緒の馬車に乗った人たちと別れて、アリスと虎徹目当てに何となく付いてきた犬耳娘と一緒に廊下を歩いているところだ。


「入学園祭? ってのがあるんだ、お祭りってことかな?」


 アリスが犬耳娘を怖い目で見ながら訊いてくる。

 虎徹を取られて嫉妬してるのかも。


「何やってるのかな? 僕はよく知らないけど、どっかで出店が出てるらしいよ。」


 入学園祭って正直なんなのか分からない。

 僕の『知識』には入学と学園祭は別だったし、何なら一年生も一緒に出し物をやるものだったけど、この学園での入学園祭とやらは一年生は出店や出し物を回ることだけしか出来ない。

 仕事をしなくてもいいと言ってもいいかもしれないね。


「ここどこー!!!」


 後ろでなにか犬耳娘が叫んでいる。

 肩に虎徹を乗せてぐるぐる教室を回っている。

 あっちの教室に行ったりこっちの教室に行ったり、かなり迷っている(?)ようだ。


 ずっと手に地図を持ったままで走っているので、進行方向にある机や椅子を蹴散らしながら縦横無尽に走り回っている。


 地図が読めないのは魔方陣のせいで複雑だから分からなくもないけど、なんで教室の中で走り回るのか。

 虎徹は風を感じて気持ちいい顔をしている。


「ねえ、えっと名前なんだっけ?」


「アリス酷いじゃん、馬車の中でずっと一緒に居たのに名前覚えてないの?」


 犬耳娘もアリスに懐いていたじゃないか。


「リンはじゃあ覚えてるよね?」


「……虎徹、耳を噛んでみて。」


 どうやら犬耳娘はまだこっちに気づいていないので、肩に乗ったままの虎徹に犬耳娘の頭の上に生えた耳に噛みつくように指示を出す。

 もうちょっと遊びたかったと虎徹の顔は不満そうである。

 それでも指示通りにガブッと耳を噛んだ。


「ひゃあん」


 ……思ったよりも色っぽい声が出たけど聞かなかったふりをしよう。

 僕の反応から何かを感じ取って厳しい視線を向けているアリスも無視した方が良いと本能が言っている。


「え、なに?」


 耳を撫で擦りながら犯人を探す犬耳娘。

 どこを見ても視界には入らないはずだ。犯人は今もすました顔で肩に乗ってる。


「道が分からないなら、案内するから暴れないで。」


 どうやら今回は聞こえたようで、こっちに向いて笑顔で頷いた。

 無邪気で純粋な笑顔だ。


 これには僕とアリスもにっこり。


「で、この散らばったものはどうするの?」


 アリスの声にふと我に返る。

 ……この教室、このままにしちゃ駄目だよね。


「片付けようか」


 そんなわけで、お祭りに参加する前に僕とアリスも手伝ってぐちゃぐちゃになった教室を片付けた。

 元の配置は分からないくらいに散らばっていたのがかなり整頓できたと思う。


「このくらいでいいか」


 ……机と椅子のサイズが明らかに違う気がするけど疲れたからもういいかな。


「で、犬耳娘はどこに行こうとしてたの?」


「名前で呼びなさいよ。馬車でずっと一緒に居たなら覚えてるはずでしょ?」


 ……怖い


「……この場所に行こうとしてて」


 そこは出店が出ている場所だった。

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