第41話

 まるで、一見。怒っているようだけど、どこか涙がでてきそうな顔にも見えた。

「そうかー。そうかー……」

 四部木さんが、芝居がかったように何度も頷いて、納得したような目をしていた。けれど、次の言葉は……。

「人は美味いんだぞー」

 不気味な声だった。

 村の人はぼくをただじっと見つめている。

 ぼくは口をいっぱい開けて、叫んだ。

「さあ、ぼくは怖くはない! これからも、こんなことを、いつまでも続けていればいいんだ! いつだって、死ねる! 死ぬののどこが悪い!」

 四部木さんが再び頬をびくびくと痙攣し、自然な涙を流していた。

 拳を振り上げた。

 でも、四部木さんの拳は三部木さんの分厚い腕でがっしりと止められた。

 拳を降ろした四部木さんは、涙を拭いてこのあばら家の奥の木枠へと歩きだした。

「お前にいいものを見せてやろう。不死の儀といってもな。ただ人を食うための礼儀みたいなものなんだ」

 振り返った四部木さんの顔には、無邪気な微笑みが張り付いていた。

 三部木さんは、また荒い笑い声を発した。

 いつの間にか、奥の木枠から子供たちの泣き声が複数していた。

 確かに、幼稚園児の声だった。

「へっへっ、これから、お前の目の前で食ってやろう。内臓も胃袋も。血も」

 四部木さんがそういって、あばら家の奥の方まで行くと、

 バン!

 奥から何かが破裂する大きな音がした。

 この世のものとは思えない笑い声が、後ろからぼくの耳をつんざいた。

 ぼくは助けが来たんだと嬉しくなった。

 きっと、村田先生だ。

 こちらに血相変えて逃げて来た四部木さんの後ろには、散弾銃を構えた村田先生が壊れたテープレコーダーのような笑い声を発しながら追いかけだした。


 羽良野先生も、木枠から鉈のような形状の刃物を振り回しながら、躍り出た。村田先生の後に続き。四部木さんと三部木さんを追い回す。

 あばら家は、突然猟奇的な空間へと変貌した。

 当然、四部木さんも三部木さんも死なない。

 バン!

 村田先生の散弾銃を浴びても、二人は逃げおおせ。腐臭漂う。濁った空気のあばら家から、やっとのことで外へ停めてある車に二人して体をねじ込んでいた。

 でも、村の人は別だった。

「ほれほれ。ほれほれ」

 三部木さんたちが車で逃げ出しても、村の人は羽良野先生と村田先生へと近づいて鍬を振り下ろした。


 酷い形相の羽良野先生が狂気に任せて刃物を振り回している。

 村田先生の散弾銃が何度目かの火を吹いても村の人は死ななかった。

 それを、ぼくはじっと、見守っていた。

 また、縛られたままで悲しい歌を歌っていた。


 鉈と散弾銃で村の人がバラバラにされ、ぼくは羽良野先生に縄をほどいてもらった。

「歩君。田中一家や村の人たちが大勢来てしまうわ。もうすぐに燃やすしかないの。だから、燃やしてしまう前に、この村の秘密を話すわね。……この子にすべて話すわ。村田先生は外を見張ってて」

 羽良野先生は学校の先生とは、程遠い醜く恐ろしい形相の中に慈愛が滲んだ目をしていた。そして、ぼくを見つめる。

 ぼくは遥か昔の学校の授業を思い出していた。

「1883年の飢饉で、その時はもともと貧困のお百姓さんたちが餓死していたの。徳川幕府は市中にたくさん御救小屋を設置したのだけど、救いを求めている人たちは70万人もいた。百姓一揆や打ちこわしとかまだ歩君は知らないことを、その当時の人たちはしていたの。でも、毎日100人から200人の餓死者がでたわ」

 いつもの学校の先生だ。

 羽良野先生?


「でもね。まったく餓死者がでなかった場所があるの……」

 ぼくは、また悲しい歌を歌った。

 心の中で……。

 そう。その答えはもう知っている。

「そう、この街です」

「羽良野先生? 村の人は200年近く生きていたの?」

 羽良野先生は、頷き。そして、首を振った。

「彼らは生きていないところもあるの。呪い? いえ、自然よ……。永久腐敗。それが彼らの身に起こったことだった。それがこの世のものとは思えない悲劇を産んでいるの。そう、私もそうなの……彼らと同じ……人を食べないといけない体なの……」

「え?」

 羽良野先生は醜い顔のまま。小さな女の子のように泣き出した。

「ごめんね……。ごめんね……。歩君……」

 ぼくはそんな羽良野先生に何も言えなかった。

 羽良野先生も悲しい人だった。

 不死の人たちはみんな悲しい。

「私も同じなの……人を食べないと生きていけないの……生きていけないの……」

 羽良野先生は泣き崩れ、同じ言葉を繰り返し繰り返していた。


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