第40話

 涙を拭いても拭いても、嗚咽しそうでしばらく両目をごしごし拭いていた。この惨劇を呼んでいる事件は、一体何?

 真相は何?

「まあ、夜だな。夜に見つかるよ。ほんじゃ、お前。夜にまたガキたち連れてくるからな」

「俺。死なねえから、腹減って腹減って」

 三部木さんの声ともう一人の声が、大笑いしていた。豪快な笑いで、二人は本当の意味で悲しかったんだとぼくは思った。罪の意識もなにもないんだね。

 ぼくはその時、二人以外の人が一度も笑ってもいないし、話してもいないことに気が付いた。

 でも、確かに誰かもう一人いるんだ。

 足音がしたからだ。

「次はあの学校か。確か稲荷山小学校だな。あの俺たちを嗅ぎまわっているガキがいる学校だから、食うのはいつまでも覚えてって腹が膨れるかもな!」

 三部木さんの声の後の誰かの笑い声で、ぼくはさすがに空想が霧散しカチンときた。

 すぐに藁から這い出て、あばら家から外へ歩き出した。

 静かに呼吸を整えて、三人の間へ向かった。一人の大人は四部木さんで、もう一人は村の人だった。

 

 ぼくは大人たちに叫んだ。

「やーめーろー!!」

 ぼくは何をしているの?

 大人たちに追い回され、引っ張られ、捕まって……。

 急に笑い出した三部木と四部木さんの腕からは、物凄い力が伝わりだしていた。ぼくの腕や頭や髪は、瞬く間に激しい痛みを発していた。


「ほれほれ。ほれほれ。こっちだ、こっちだ」

 村の人は、蝋で固まった硬質な声を出しながら、ぼくをこの不死の儀の村で一番大きいあばら家へと歩けよ歩けよと言っている。ぼくの両腕は四部木さんと三部木さんが互い互いに笑いながら、物凄い力であちこち引っ張り回している。

 カラスの鳴き声が辺りに響いて、数羽がこちらに向かって降りて来た。

 きっと、カラスもお腹が空いているのだろう。

 子供たち同様に、ぼくの体を狙っている。

 ぼくは怖くはない。

 悲しい歌を口ずさんで、俯いていた。

 これは、きっと、彼らに対してだ。

 ぼく自身はまったく悲しくない。でも、彼らは悲しい。そう、ぼくは彼らを悲しんでいるんだ。

 羽良野先生は、きっと、どこかでガソリンを撒いているはずだ。

 もう、ぼくを気にせずに村に火を点けてもいい。

 何なら、この悲しい。そして、黒い街ごと……全て燃やすのもいいんじゃないかな?

 全て何もない灰色にしてしまえばいいんだ。

 悲しいこともなく。子供たちもいなくなることもなく。

 

 子供たちはどこへ消えたの……。

 街の人たちもいっぱい関わっていたし、もう黒い街に呑み込まれてしまったの……。


 あばら家の奥まで、ぼくは歩かされた。そこは一段と暗く。腐臭の臭いが殊更強かった。

「坊主。お前一人か? そうじゃなくてもいいが、どうせ、村田先生か羽良野先生がいるんだろう?」

 三部木さんが、古い木々の香りのするあばら家の柱へとぼくを、きつく縛った。でも、丁寧な縛り方だったけど、何故かしら? 優しさもあったかも知れない。

 それは、ぼくの体を極力傷つけたくないのだろう。

 ぼくのおじいちゃんの部屋より三倍もある部屋。黒く燻っている藁が目立ち。農具が壁に至る所に立て掛けられてある。

 この集落で、もっとも古い農家のようなあばら家だった。

 

 ぼくの体はグルグル巻きみたいだけど、顔と口は無事で何でも見たり話せたりできた。

「あの人たちはなあ……悲しいのさあ……人を食わぬ」

 村の人が呟いた。

「食わねばのう……。食わねばのう……。生きていけない体じゃのう……」

「違う! そんなわけない! 羽良野先生たちは悲しいわけじゃないんだ!」

 ぼくは叫ぶと、ひどい空腹感が一時だけなくなって両腕に力が戻った。それらをめいいっぱいに動かそうとした。

 何故? それはぼくの心が叫んでいるから。

「悲しい人は、きっと自分では気が付かないんだ! 羽良野先生は気が付いていたんだ! 人を殺したって、殺さなきゃならないんだって、きっと、ずっと悲しんでいたんだ!」

 目の前の三部木さんと四部木さんが、一瞬、笑うのを止めた。

 二人はびくびくと頬が痙攣してきた。

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