第39話 不死の儀

「着いたわ。歩君」

 大雨が振り続ける薄暗い朝の六時頃に山の中腹に辿り着いた。

 小鳥がいない。そのかわりに雨に濡れたカラスたちが悲壮に鳴いていた。

「村の人たちは、朝は滅多に家の外へ出てこないから。今は安心できるけれど、油断は大敵です」

 羽良野先生はそういうと、車のトランクから、途中でよったガソリンスタンドで買っておいた大きなポリタンクを取り出した。

 木くずや雑草だらけの広間に、その周辺に点々としたあばら家が建てられた集落だった。広間の中央には、何かの大きな車が置かれている。


 その車は、例えるとぼくの知っている限り大型の農耕車に見える。

 土を耕すための末端部分に無数の鋼鉄の爪がある。ウルフガルテンに似ているものが、農耕車の後ろについていた。

 農耕車の座席には、子供たちの腕や顔、胴体が無造作に転がっていた。

 雨の中。カラスの鳴き声が一際激しくなった。

 こちらに一台の軽トラックが、遥か向こうから走って来る音がした。

「歩君……」

 羽良野先生はポリタンクを片手に、必死でぼくに合図をするかのように目配せをしながら、車を置いて近くのあばら屋に入った。 

 ぼくも身を隠すためにあばら屋へ走る。


 あばら屋は藁や木材でできたこじんまりとした。江戸時代にタイムスリップしたかのようなボロボロになった小屋だった。

 それらが、村の広場の周辺に集っている。

 あばら屋の中は薄暗く。ムッとくる埃の臭いと腐臭の空気が漂って、すごい時が経っていることが実感できた。

 200年も建ちっぱなしなのだろうあばら屋は、羽良野先生以外の気配がある。

 ぼくは、身震いして悲しい歌を心の中で歌いだした。

 ちょっと、口笛にしていたぼくは、相手を気遣っていたのだろうか?

 悲しいだけじゃないんだね。

「歩君。ちょっと……静かに」

 大原先生はポケットから取り出した何か大き目のものをゴクリと、飲むと。

 重そうなポリタンクで気配の主を殴りに駆けだした。

 バーンという音と共に、鈍い音が混じったその音を聞くと、ぼくは悲しい歌をくちづさむのを止めた。もう仕方がないんじゃないかな。

 どんなに歌っても、悲しんでも。


 薄暗い小屋の奥から、相手は前崩れに倒れ、ぴくぴくともそうでないとも形容できる奇怪な痙攣をしていた。

 そこで、今度は羽良野先生は鉈のような形状のもので、何か硬いものでつぎはぎだらけの手足や顔の相手の両手と両足を切断する作業に取り掛かった。

「羽良野先生……。可哀想だよ……すごく……」

「……仕方ないの。我慢して」

 こっちに、ちらりと振り返った羽良野先生の顔は酷く醜い化け物だった。けれど、凄い悲しそうな綺麗な目をしていた。


 車の停車する音と共に外が騒がしくなるのが聞こえた。

 薄暗いあばら屋の中の奥まで、両手と両足と胴体を順に引きずっていた羽良野先生は、呼吸を荒くして。ぼくに合図の目配せをした。

 ぼくは恐る恐る。バラバラとなった村の人の顔をよく見ると、それは、人形のような硬質な蝋がべったりと顔中にくっついた顔だった。体も所々に硬質な蝋で塗られ。腐敗した腐肉が覗き。ツルツルの蝋で固めてあった。今でも腐臭漂う肉はじくじくと不定期に動いている。

 生きているの?

 どうしてそんなになったの?

「羽良野先生? この人は?」

「しっ、隠れて!」

 ぼくはひやりとした。なぜなら明るい声だったけど、ひどく不気味で、後ろから複数の誰かの声が聞こえているからだ。

 慌てて柱を避けて藁に身を隠したけど、とても薄暗い空間で静かだから隠れなくても同じ意味だった。


 ぼくは腐臭を我慢して、体の震えを抑えた。

「いやー、二部木が死にそうだっていうから。来たんだが。こりゃ、死人が出るな」

 知らない声だ。

 ぼくは震える体を摩って、この声の主は誰だろうと考えた。

 急に空想が頭に溢れた。

 そうか!

 三部木さんには会っているから、この声は四部木さんか田中さん一家の人だ。

「また食うか!」

 すぐに荒っぽい笑い声がする。

 この声の主は三部木さんだ。

 ぼくは悲しい。

 涙が次から次へと流れても、とても悲しかったから胸が熱くなった。

 また悲しい歌を心の中で歌っていた。

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