第38話
稲光に照らされながら、ぼくは大雨の中を病院から大急ぎで駐車場を羽良野先生と走り抜ける。まるで、これから何が起きても後悔はしないんだというぼくの気持ちを雷が激しく揺さぶっているみたいだ。負けないぞと大声を心の中で張り上げ続け。白線内の少し斜めに止めてある軽自動車に向かった。
これから不死の儀の村へ行くと決めたんだ。
そう、ぼくの父さんと母さんのために。
看護婦さんは診察室の一室で休ませたからきっと大丈夫だろう。
ぼくの体は、あの白いスープのお蔭でだいぶ楽になっているから、看護婦さんも明日には目を覚ますはずだ。
土と草の匂いが充満した車の中で、ぼくはワイパーというのが右へ左へと忙しなく動いているのを見つめていると。ふと、前方を見つめる羽良野先生の顔は、いつの間にか人間の顔に戻っていた。
辺りを包み込む暗黒は、この町全体を今にも押し潰そうとしているかのようだった。車のライトで照らされる周囲の森林からは、枝葉の陰が雷が落ちる大音響とともに悲鳴を上げながら暴風で踊っていた。
ぼくは色々と考えるのをやめて、一番大事なところだけを羽良野先生に聞いてみることにした。
「羽良野先生。子供たちだけどうして食べられてしまうの? 不死の儀って一体何?」
ぼくは、それが一番気がかりだったけど、父さんと母さんとはやっぱり比べられないんだね。両方とも同じ気がかりだった。
「歩君は、人は何故。ものを食べるか知ってる?」
ぼくは考えた。
「お腹が空き過ぎると大変だから。……生きるためかな?」
「そう。死を免れるために。そして、生きるためにね。彼らも同じです。形は違えど彼らは人間なの」
「え? 羽良野先生。あの村の人達は一体どこから来たの?」
ぼくは少し身構えていた。
空腹でお腹がギュウギュウ鳴っていて力が出ないけど。必死に堪える。
青い顔をしているのかも知れないけれど。でも、やっぱり気になっていた。
「村の人たちは……。昔の人たち……。今まで生きていた。昔の人たち。そう、何百年と今まで生きているの」
ぼくは裏の畑のことを思い出して、目を閉じてしまった。悲しい歌を口ずさむように心を落ち着かせた。子供たちを食べる儀式。不死の儀。そんな大人たちは許せない。
きっと、これは子供たちの仇を取ることになる旅になる。
「でも、歩君。悲しいことだけど。特別なことじゃないわ。大昔から人が人を食べることはよくあるの。それは歴史の授業では誰も言わないけど。本当のことよ。人間の裏側の黒い歴史と呼べるの」
大原先生は前を向いているはずなのに、ぼくに優しく微笑んだかのようだった。
十字路が見え。黒い街並みが見えて来た。
静かすぎる街並みをぼくは見つめていた。
月も隠れていて、誰も明かりを照らさない街。稲光しかこの街を照らさない。雨でぬれていて、湿っていて今にも街全体が泣き出しそうだった。
この街の人たちの中にも犠牲者がいるんだね。悲しいこと。辛いこと。いっぱいあるけれど、でも、やっぱり生きていくしかないんじゃないのかな?
「羽良野先生。今までどこにいたの?」
大原先生は苦悶の表情をして、俯いた。
でも、少し顔だけを上げ。
「不死の儀の村にいたの。そこでは今後の不死の儀をどうするかの相談を村の人たちとしていたわ。もう止めましょうよと、少しづつ話していたけれど、村の人たちは生きるためだといって……。頑なに聞かなかったわ。だから、しょうがなかった」
ぼくの頭に突然、空想が充満してきた。
まるで、恐怖心を隠そうとしているのかのようだ。
「御三増セントラル病院で何が起きたの?」
「村の人たちと、争ってしまったわ……。まだまだ不死の儀の村は遠いから。歩君。今からいうことをしっかり聞いて……」
大原先生は、また少し俯き加減で苦悶の声を振り絞った。
「大丈夫?」
「ええ。大丈夫……。私と一緒に不死の儀の村を燃やすの。何もかもね」
黒い街を通り過ぎると、山の中腹へ向かうと聞いた。
羽良野先生は、時々くぐもった声や苦しそうな顔などを表面に出していた。
ぼくはその都度。羽良野先生を気遣っていたけど、何か大きなことが羽良野先生の心の中で、強い衝突をしているんだと思えるようになっていた。
枝葉の影がおいでおいでと揺れ動いている。
今はぼくは怖くはない。
死んでいるのかわからない体では、きっと戻ってこれないだろう。ぼくはこの暗い山で明日になったら死体で見つかるんだ。でも、もういいんだ。もうこの黒い街での悪夢のような出来事を終わりにする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます