第37話

 ぼくは急いで看護婦さんの元へ走ると、自然に体に力が戻り。普通に走れた。視界も広がり、生き返ったかのように体が元に戻った。

 それと同時にお腹がギュウと鳴って、物凄い空腹感を覚えた。

 我慢してエレベーター内の看護婦さんのマスクを外していると、羽良野先生もエレベーターに乗ってきた。

「その人も……。子供たちの血はまだ残っているのね」

 ぼくは一瞬。解らなかった。子供たちの血?

 この白いスープは子供たちの血?

 涙がでそうだったけれど、ぼくは力強く右足で床を踏んで地団駄して我慢した。

「さあ、看護婦さん。飲んでね。羽良野先生もいるから……もう大丈夫だよ」

 看護婦さんの口に残りの白いスープを少しだけど流し込んだ。


 看護婦さんは、首を少しだけ動かして目を瞬いている。

 少しだからあまり効かないんだ。

 ごめんね。


 羽良野先生は外の様子を見つめていたけど、ゆっくりとエレベーターの一階のボタンを押した。

 赤いランプの明かりで、疲れ切ったように見えるボロボロの服装の羽良野先生は、今までどこにいたの? それと、床の上の患者さんたちは死んでいるの? 酷い話だけれど、村で殺されている子供たちは? そんなことを聞きたかった。けれど、今は一階の父さんと母さんも無事にこの病院から出ることを考えた方がなによりもぼくには大切だった。

 エレベーターがゆっくり開くと、そこは一階。

 しんと静まり返っている。

 ぼくの父さんと母さんも寝ているんだ。

 なんだか不気味だけれど、羽良野先生が率先して角の多い父さんと丸っこい母さんを探してくれる。


 キビキビと歩く羽良野先生は今までよりも先生らしい。

 無言なその行動には、少し迷いがあるかも知れないけれど、今となっては心強い味方だと思うんだ。

 そう、ぼくにはわかるんだ。

 羽良野先生は根はいい人だと。

 この事件はわからないことばかりで、味方になってくれる人がいるけど、紛れもない現実と空想の入れ替わりのような、悪夢のような事件だ。

 カタンッ……。とロビーの奥から何かが倒れた小さな音が聞こえた。

 誰か起き出した人がいるんだろう。

 怪物の羽良野先生と一緒だとまずいけれど、この際仕方がないんじゃないかな。

 説明するのは難しいから放っておいてほしいんだ。気にせずに父さんと母さんを探していよう。


 空調が壊れているような暑さの病院の総合受付には誰もいない。けど、ガラス窓を挟んだ奥には明かりのついたナースステーションがある。ぼくは汗を掻いて、その隣には色々な診察室が並んでいるのを見回した。おかしな病院だけど、やっぱり病院だ。大きい薬局は病院の外にあるみたいだね。

 羽良野先生は教師のようにぼくの前に立ち、キビキビと薄暗いロビーの広い待合室を探してくれている。

 ぼくも父さんと母さんを探していたけど、空っぽの椅子が並んでいた。

 誰もいない空間だった。

「羽良野先生! 父さんと母さんは!」

 ぼくは涙を流していつの間にか叫んでいた。

「歩君……慌てないで。まだ大丈夫だから。途中で家に帰ったのかも知れないし……確かに村の人たちに連れて行かれたのかも知れないけれど。基本的には村の人たちは大人は殺さない……きっと大丈夫。」

 羽良野先生は恐ろしい形相のまま悲しい顔から苦悶の顔をした。

 何かを飲み込むことと関係もしているんだろうけど、ぼくには心によるものとも思えた。


 大声で叫びたい気持ちがぼくの中で膨らんできた。

「歩君。まずは、あの看護婦さんをどこか安全な場所で休ませてやって。辛いでしょうけど、今は優先は優先です。さあ、元気を出して。その後は不死の儀の村へ行きましょう」

 羽良野先生は背筋をピンと伸ばした。

 学校の時の優しい先生が戻って来た。

 ぼくは地団駄を数分すると、頬を両手で何度も叩いて気合いを入れた。

 羽良野先生と一緒に優しい看護婦さんを一つの診察室のベットへ運ぶと、外は大雨が降りだしていた。

 暴風と稲光の後、物凄い雷が近くに落ち。どこかの山の木々に直撃したようだ。ぼくらを包んだ厚い空気がより一層。厚くねっとりとしてきた。


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