第32話 白いスープ
午前の診療時間には多くの人たちがこの病院へと集まる。強い太陽光と生暖かい風を受けながら、汗ばんだ母さんの手に握られて、父さんの白い車に乗った。
昔、父さんはこの車は4輪駆動なんだと自慢していた。その車でドライブをした記憶が真新しい。大きな店で一番高い値段で買い取った中古車さ。と言っていた。村田診療所の広い駐車スペースを見回すと、一台だけ駐車が下手くそな自動車があった。黄色い軽自動車の前輪がそっぽを向いていた。
父さんと母さんは深刻な話を極力しないようにしているみたいだ。夜中の電話では詳しく話せなかったはずなのに、二人はお互いに意志を汲み取っているのだろう。診療所の屋根にはカラスが数羽鳴いていた。
ぼくはあれから、色々とこれからのことを考えた。バラバラにされても生きている子供たちの体は農薬とオニワライタケの力などで、生きていたんだ。ぼくは何をしようとしているのか解らない。決して治らない体にされた子供たちの仇を取ろうとしているのだろうか?或いは子供たちを病院へ連れて行くとお医者さんが、バラバラの部位を繋げて治すのだろうか?ここまで考えてみて、そんな思いが過る。
これから総合病院へ行って、治るのならバラバラにされても生きている子供たちを救えるはず。
でも、まずは犯人たちの居場所だ。
そこに子供たちはいる。
ここ御三増町はなかなか広いはずなのに、連絡を取り合って犯人たちは普通にそれぞれ潜んでいる? というのは、どうかな?
連絡方法は多分電話か何かだし気にしないことにして、犯人たちはどんな場所にもいて。どんな人でもある。田中さんや、佐々木さんに大家族の田中さん、藤堂君や篠原君の父さんと母さん。学校の先生たち。等々、幸助おじさんも危険かも知れない。
ぼくはそこで思うんだ。村田先生や幸助おじさんのように、ぼくを助けてくれる人は犯人側の人たちでも味方だと信じよう。
この町に不死がある?
どういう意味だろう?
警察の内田や斉藤は、味方だろうか?
こんな事件の話をしても意味はあるのかな?
信じてもらえるのかは、ぼくにもさっぱり解らない。
やっぱりかなり不思議なことだし、話す訳にはいかないはず。
そこまで考えていると、ふと思った。羽良野先生はどうしたのだろうか?
学校で用務員のおじさんを殺害して、ぼくに酷い怪我を負わしたんだ。警官は嫌でも捕まえるはずだ。
さて、どうやって父さんと母さんに聞こうかな?
車窓からの陽光がクーラーの効いた車内に、落ち着きを与える。何とはなしに聞いてみた。
「ねえ、父さん。羽良野先生はどうしたの?」
父さんは前方を向きながら、母さんとしばらく沈黙を保った。
停止した時間。
ぼくは緊張していた。
「あの後、田中さんから聞いたんだけれど。どこにもいなかったんだそうだよ……でも、歩。すぐに捕まるから安心してね。警察の人たちが今、大勢で探しているから大丈夫」
父さんの優しい言葉がぼくの耳にゆっくりと入り出すと、逆にぼくは怖くて冷や汗を掻いていた。心臓がまたバクバクと鳴りだした。
「歩。大丈夫さ。警察の人たちに任せなさい」
「そうよ。子供は親や大人といれば大丈夫なのだから」
父さんと母さんは落ち着いていた。
多分、普通の事件だと思ったんじゃないかな?
でも、これは誰もが犠牲になってしまい。関わると決して後戻りできない。そんな大きくて不思議な事件なんだ。
しばらく、静かな住宅街の迷路のような細道を走り、林道を走ると、大きい坂を上る。丘の上に御三増セントラル病院があった。
T字型の建物は、全体を白い色で塗りたくられているけど、所々ペンキが剥がれている。病院の窓たちは風雨に晒され、薄汚れていた。
古びた病院だった。
鳥が羽ばたいたような一階の連絡通路で、こじんまりとした放射線科と老人ホームと繋がっている5階建てだった。けど、周りから森林で覆われている。
まるで森の一部のようだった。
「さあ、ここだぞ」
父さんは広大な駐車場に入り駐車スペースを探している。
地面の白線も薄くなっていた。
その時、車の後ろで黄色の軽自動車が駐車してきた。
駐車が下手のようで、何度も白線からはみ出しては入れ直している。
ぼくはその光景を前にも見た気がした。
胸騒ぎがしたけど、これからの検査に緊張していた。
やっと、バラバラにされても生きている子供たちが助かる情報が入るかも知れない。
知らせを受けていた看護師たちが来た。
数名の男性たちは、ぼくが車から降りると車椅子に乗せる。
一人で歩けるけれど、ぼくは車椅子で院内へと入った。
父さんと母さんが心配顔で後ろをついてきた。
ぼくは生暖かい風を受け、今頃は藤堂君と篠原君は何をしているのだろうと考えていた。
夜。
一人部屋の病室で、様々な検査をしたぼくはベットの脇に小さい手紙があるのに気が付いた。
真夏の夜は汗が滲む。
院内は空調が弱く少し暑かった。
「なんだろう?」
開いてみると、羽良野先生からだった。
ギョッとなってしばらく目を瞑っていたけど、勇気を振り絞る。
綺麗な字で書かれてあった。
「歩君へ。村田先生と話したけど、もうあなたを今は襲わないことにする。私たちは学校で生贄になる子たちを探していたの。そのことを書くわね。何故、生贄となる子供たちを探していたのかは歩くんは知らない方がいいかも知れない。でも、書くことにしたわ。怖ければ読まなくてもいいからね」
優しい字だった。ぼくを殺そうとした時の羽良野先生じゃないみたいだった。手紙には、確かにそう書かれていたんだ。
ぼくは冷や汗をかいて心臓がぎゅっと締め上げられる。たけど、静かに読むことにした。
きっと、読めばバラバラにされても生きている子供たちを助けることができるはず。
薄暗い病室だったから、テーブルライトを点けて勇気を振り絞った。
「まず、人は死なない。本当のことよ。ちょっとしたことで死なない体になるの。それを知った昔の人々は大昔から繰り返し繰り返し行われる酷いことをしていたの。勿論、死にたくなかったからなのね。その人達は飢饉の時に不死を知ったの。大昔の大飢饉から学んだといっても過言ではないわ。そう、彼らはどんな飢饉でも生存する術を身につけた。それは儀式。御三増町から少し離れた村で、儀式は今も毎年に行われるようになっていた。そう……大昔から伝わる幻の儀式。…………不死の儀……。それは……薬を使って仮死状態になった子供を食すというものなの……。昔は生で食べていたのだけど……今の時代は薬を使うようになって、むしろ被害が拡大している」
ぼくは緩やかな吐き気がしてきたけど、冷や汗をかいた顔を両手で拭い。気が付くと、何度も手紙を読んでいた。
涙が溢れた。
バラバラにされても生きている子供たちは、もういない。この世には……。
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