第22話

 学校とは連絡通路で繋がっている用務員室には、警察の人たちがたくさんいた。僕は真っ青になって、ひょっとしたら殺人事件が起きたのだろうかと思った。


 身を低くして、廊下の窓から覗いていた。

 ブルーシートは張ってない。

 テレビと違うのかなと思っていると、後ろ側の西側階段から先生たちが来たみたいだ。大人の大きい足音がしてきた。

 僕はすぐ近くの教室に音もなく。といっても、最初からドアが開いていた。教壇の中へと隠れると、先生たちの会話が聞こえて来た。

「置田先生。警察の方たちもいるんで……。あまり言いたくないですけど……。用務員室に大量の血痕があって、壁中に人形の手足があったなんて……。松田さん(用務員のおじさん)はどこへ行ったのでしょう。あの松田さんのことだから、どこかへほっつき歩いているかも知れません。まさか、殺されているなんて、絶対考えたくはないですよね」

 話の内容はともかく、声は真壁先生の声だ。

「…………」

 しばらく、沈黙の後に、羽良野先生の声が聞こえて来た。

「村の方ではなくて、何故ここなんでしょう?」

「それは、解りません」

 今度の声は校長先生だ。

「これじゃあ、一昔前と同じですが皆さん気をしっかり持ってください」 

 校長先生が咳払いした。

 

 僕は一通り話を聞いていると、先生たちが用務員室へ向かったので、教室の反対側から足音をたてないように歩いて行った。

 見つかるわけにはいかないから、ある程度急いで学校を抜け出さないと、そう思ってじりじりして廊下を歩いていると、いつの間にか1年3組の教室のドアが開いているのに気が付いた。


 あれ? 確かに閉まっていると思ったのに。そういえば、ほとんどの教室のドアが開きっぱなしだ。

 僕は興味が湧いて、ちょっとだけ教室内を覗いた。

「わ?!」

 教壇の上に口を開閉している用務員のおじさんの顔があった。

 首から下はない。

 僕は心臓がバクバク鳴りだして、吐き気が緩やかに喉元まで漂ってきたけど。ぐっと抑えて、その首へと近づいた。

 用務員のおじさんは目はしっかりと開いている。

 口を開閉しているけれど、何も言わなかった。

 その目は僕を見てはいない。

 そう、視界に入っていないみたいだ。

「大丈夫?」

 そう呼びかけても用務員のおじさんは、口を開閉しているだけで、視線もあらぬところを見ていた。

 そうだ。この首を持って、警察の人のところへ行こう。

 多分、ちょっと怒られるくらいで済むだろう。

 僕は用務員のおじさんの首を持った。

 それは想像以上に重かったが、ぐらつきながら両手で抱えて持ち上げた。

 辺りを見回しても、他の体の部位は見当たらない。


 そんなことより、早く持って行かないと、この人が死んでしまうかもしれない。

 

 校舎の廊下を足早に靴音を立てて、歩いていると、前方にゴクリ。という何かを飲み込む音がした。


 なんだか不気味な音だった。

 僕は立ち止まって、静かにしていた。

 開いている窓の外からは、生暖かい空気が風とともに吹いている。太陽は相変わらずさんさんとしていたが、雲に隠れてしまった。

 心臓がこれ以上ないほどバクバク鳴っていた。

 呼吸も忙しくなって、苦しくなってきた。

 僕は静かに立ち止まる。


 前方の教室から現れたのは羽良野先生だった。

 顔が真っ青で今にも倒れそうに見える。

「歩君。きみは何故こんなところにいるの?」

 羽良野先生は少し優しげだが、詰問気味に言った。

「先生? 僕はただみんなに内緒で何が起きたのかと、学校に侵入しちゃっただけです。この首を見てください。生きている。このままだと死んじゃう。早くみんなに知らせて病院に持って行かないと」

 僕は羽良野先生が犯人だと確信した。

 何故って、さっきは先生たちと用務員室へと行ったのだ。引き返す理由はどこにもない。その先生が現れた教室は1年1組だ。まったく、関係ないはず。

 多分、用務員のおじさんの他の部位を隠しに来たはずなんだ。

 後はこれからどうするかが、一番の問題だと思う。


 僕が殺されては、裏の畑でのバラバラ生き事件と用務員のおじさんの事件の犯人は、見つからなくて終わってしまう。

 助ける人が一人もいなくなってしまう。

「首? 何を言っているの? それは人形よ。歩君。こっちへ来なさい。家まで送るわ」

 僕は首を地面に置くと、回れ右して全速力で走った。


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