第21話

 僕は嫌な気持ちを隠して、汗を拭いていると、亜由美が僕のほうへ振り返ってA4ノートを引っ張り出した。

 サラサラと大人並の綺麗な字で書いて、ぼくに渡した。

(学校に入って行った)

 と書かれてあった。


 亜由美はすごく目がいい。ここから、一キロ先の薄暗い学校の校門にパトカーが入ったことを見ていたみたいだ。

(校門の傍には羽良野先生と校長先生たちがいるわ)

 亜由美はすぐに校舎に入ったパトカーへの興味をなくして、黙々と歩いて行った。

 亜由美には怖いものがないのだろうか?

 ぼくがそう考えていると、藤堂君と篠原君も気が付いたようだ。

「学校にパトカーが入ったよ」

 藤堂君が深海魚のように呟いた。

「本当だ」


 篠原君は額の汗を拭っていたが、その顔は少しだけ陰りのある顔だった。

 二人とも何か事件が起きたというより、嫌なことが起きたと考えているのだろう。ぼくは一連の事件が関係していると踏んだ。

 校門に着くと、子供たちが回れ右して帰っている。

 校長先生と羽良野先生。胸元のホイッスルを子供たちが帰るようにと、急かすようにリズムカルに吹いている真壁先生がいた。置田先生は時折手で赤くなった目元を隠した素振りをしている。

 篠原君も藤堂君も震え上がる。

「何か起きたんですか?」

 ぼくは涼しい顔と子供の顔を張り付けて、羽良野先生に聞いた。

「なんでもないです。今日は警察の人たちに学校を調べてもらっているから。悪いけど今日は全校生徒は自宅で待機。すぐに帰りなさい」

 羽良野先生は口調はいつも通りだが青い顔をしていた。

 亜由美は校門から昇降口の方をしばらく見つめていた。


 藤堂君と篠原君は震え上がって、口も聞けないで回れ右して帰る。僕はすぐに作戦を考えた。何故って、一連の事件に関係しているのなら、ぼくが知らないと後で大変だ。

 裏の畑でバラバラにされても生きている子供たちを見つけたのは、ぼくしかいないし、そのことを誰か(恐らく犯人)に見られたからだ。

 ぼくは学校から少し離れると、羽良野先生たちを見て、こっちを向いていないのを確かめると、藤堂君と篠原君と亜由美に言った。

「ごめん。大事な本が教室にあったんだ。今、取って来るよ。亜由美は先に帰っていてくれ」

 亜由美は興味なさそうにこくんと頷いた。 

 藤堂君と篠原君も少し滲むような涙目で頷く。

 僕はすぐに学校の方へと引き返して、薄暗い杉林の中に隠れた。実は杉林からは楽に校舎の中へと入れるのだ。


 木々や葉っぱに引っ掛からないように音に注意して進む。

 ただ、下駄箱のある昇降口にも先生が見張っているはずだから、僕は一番手薄そうな体育館のガラス窓から入った。

 古い木の匂いと広さの中で、僕はステージに上がってガランとした体育館全体を見つめた。僕はあの裏の畑での事件以来、一人ぼっちなんだなと思った。

 誰も助けてはくれない。

 でも、生きているけどバラバラの子供たちを助けるためには、仕方のないことだと自分に言い聞かせた。

 さて、これからどうしようか。

 一人で学校中を何かあるかと探し回る訳にもいかない。

 警察の人や先生にバレるとかなり困る。


 そうだ。


 まずは用務員室へ行こう。

 きっと、何かの手掛かりがあるはずだ。

 人気のない校舎を目立たないように、ゆっくりと歩いた。足音を消しているつもりだけど、効果があるのかは解らない。

 用務員室は学校の西側に位置し、体育館の反対だ。

 窓の外を見ると、警察のパトカーの赤いランプが点滅している。

 広いグランドいっぱいにパトカーが数台停まっていた。

 心臓がバクバクする。

 でも、何故かどこか楽しい時間だ。

 僕の空想でも、こんなことは一度も考えたことはなかった。

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