第20話 異様

 僕はその日は一人で家に帰った。

 玄関で幸助おじさんと出会う。

「遅かったじゃない」

 溝の深い幸助おじさんは、木刀なのか真剣なのか解らない脇差を、2年前からある玄関の刀箱に入れる。

 刀箱はおじいちゃんが昔、骨董品売り場で買ったものだった。

「幸助おじさん。今日はおじいちゃんに勝てるかな?」

「今度は勝つ。剣の道と同じく真剣勝負でしょう」

 ゆっくりと頷くと、幸助おじさんは二階へと上がって行った。

 残念。また負けるよ。だって、おじいちゃんは今まで誰にも負けたことがない人なんだ。可哀想だけど幸助おじさんは勝つことはないと思う。

 僕はキッチンで夕食を作っている母さんに、野菜を水に漬けるとどうなるのか聞いてみた。


 テーブルにランドセルを乗っけて、座り直した僕にオレンジジュースをだしながら、母さんは首を捻り。

「さあ、お野菜に水?」

「うん。どうなるの?」

「さあ……。長持ちするのかしら? そうすると……? 母さん分からないわ。でも、大根なら水に浸すと辛味が抜けたりするわよ」

「そう……。どれくらい浸すの?」

「5分から10分くらい」

 僕は納得した。田中さんは、あの時。買い物袋に入った野菜(恐らく大根)に裏路地のバケツから水を大量に入れていた。異常なことじゃなかったんだ。

 きっと、田中さんは一人暮らしだから、家に帰るとすぐに大根の調理をするからだろう。


 でも、何故すぐに調理するのかな。

 あ! 夕食を早めに終えて、何かの作業をするためなんじゃないかな?

 やっぱり田中さんが犯人?

 でも、隣町のバスの中の子供たちと先生や運転手が全員いなくなったのは、関係するのかな?それと、花壇に落ちてきた大原先生のような体格の人は?

 しばらく考えていたけど。

 今の段階では、なんともいえないや。

 僕はオレンジジュースを飲み終わると裏の畑を窓から覗いた。

 今では大家族の田中さんや、佐々木さんが作物を収穫していた。

 あの子供たちはどうなったのだろう。

 人形の手足がでてもみんなにはやっぱり生活があるんだ。


 登校時間のだいぶ前に、正確にはおじいちゃんが起き出す前に、ぼくは裏の畑に向かった。理由?田中さんが畑で作業していたからだ。

 今は午前4時40分。

 弱い日が差す裏の畑でぼくは田中さんに近づいた。

「おはようございます」

 形式的な子供の挨拶をすると、田中さんののっぺりとした丸顔が向いた。

 田中さんは自分用の畑から大根を掘り出していた。

 裏の畑は誰もが使える。

 自由に野菜を植えて、また、収穫ができるんだ。

 向こうの雑木林からカラスの鳴き声がこだました。


 田中さんはこっくりと頷くと、ぼくに大根を一本くれた。

「少し辛いぞ。ぼく」

 田中さんはそう言うと、均等に分けた頭髪を片手で直した。

「ありがとうございます。大根いっぱいあるね」

 田中さんのスペースの畑には、大根しか植えていなかった。青々としてふさふさの大根の葉が生温い風で汗をかいているようだ。

「ああ。僕の大好物さ。大根を使った料理は色々とあるんだよ。でも、最近辛い大根ばかりが、育ってしまうんだ。変だよね」

 ぼくは、それをバラバラにされても生きている子供たちが原因なのだろうかと考えた。大根が辛くなるのはどうしてだろうか。

 犯人は一体誰なのだろう。


 目の前のちょっと変わった田中のおじさんなのか。今のぼくにはまだわからない。昨日の熊笹商店街の裏路地で、やっぱり田中さんは大根の辛味を水によって、抜いていたようだ。大根が辛くなる?

 この畑ではない場所では、辛くない大根を売っているはず。

 熊笹商店街の八百屋の大根は辛くないのでは?

「歩―!! ご飯だよー!!」

 家の方からおじいちゃんの大声が響いた。

 ぼくは貰った大根のお礼を再度言ってから家に向かった。

 

 酒屋の前で亜由美と並んで藤堂君と篠原君を待った。

 また、野菜を食べれなかった。

 僕はあの日から、野菜をまったく食べていなかった。

 家族には気が付かれていない。

 僕は野菜を食べ残していても、自分の分の食器を自分で洗うから、誤魔化しようは幾らでもあった。


 例えば洗い場にあるくず入れに入れてしまったり、最後は口に含んで後で自分の部屋で捨てたり。おじいちゃんには気が付かれてしまいそうで、怖かった。

 自動販売機の日陰で待っていると、藤堂君と篠原君が走って来た。

 僕たちは学校へと向かった。

 生暖かい南風を受けてスクールゾーンと書かれた道路を歩いていると、パトカーが数台走り過ぎていった。

 学校の方だ。

 何か起きたのかな?

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