第19話

 主に食品を取り扱っている店が建ち並び。よく幼稚園の時に母さんと歩いた。

 篠原君がくだものを売っている店の前で、「お腹空いたな」と呟いているのを聞くと、僕は三軒先の八百屋に田中さんを見つけた。

 大家族の田中さんではない方。

 のっぺりとした丸顔に微笑みを浮かばせていた。

「あ」

 田中さんは、何かを詰め込めた袋を店員のおばさんから、受け取った。


 変だ。


 裏の畑があるから、わざわざ買わなくてもいいはずだ。

 人形の手足がでてきたという話は田中さんは知らないはず。

「ねえ、僕は母さんにお使いを頼まれていたんだ。忘れてた。だから、ちょっと、買って来るね。先に帰っていて」

 篠原君と藤堂君は顔を見合わせて、頷いた。

 その顔には不安が色付いている。

 でも、僕は田中さんの向かったもう一つの八百屋へと走り出した。

 買い物客のおばさんたちの多いこの時間。尾行は簡単だと思ったら、おばさんたちが多いのが裏目に出てしまった。


 見失ってしまった。


 田中さんは八百屋から買い物袋片手にどこかへと消えていた。僕の前を通り過ぎるおばさんたちが邪魔をして、今では「いらっしゃい。いらっしゃい」と客引きをしている太ったおばさんの店の人だけが、僕の視界に映っている。

 くだものを買った主婦が僕の傍を通った。

 今日は諦めて藤堂君と篠原君に追いついて帰ろうと思った。その時、田中さんが店と店の間を歩いて裏路地に向かう姿が主婦たちの境目から垣間見えた。


 僕はすぐに走った。

 店と店の間まで走ると、裏路地にはゆっくりと足を踏み入れる。

 裏路地は商店街とは違い。

 薄暗い場所だった。

 さすがに母さんと歩いた記憶がない。

 僕は少し怖くなったけど、目が慣れてから辺りを見回した。


 狭い裏路地には、コンクリートの地面に雑巾や野菜のくずが散乱していた。木くずが削げかえっているベニヤ板の壁が両側にある。

 その先には僕と同じ背丈の大きなバケツが水を張っていた。

 田中さんはそのバケツから、ひしゃくで水を汲んで買い物袋に入れていた。

 ひやりとした僕はどこか隠れる場所を探したら、丁度薄暗い隅にボロボロの木箱があった。その中に急いで入ったら、生ごみの臭いが充満していた。

 おあつらえ向きに小さな穴が無数に開いていて、ここから田中さんが見える。

 田中さんはバケツの水を、いっぱいに買い物袋に入れていた。


 一体何をしているのだろう?

 買い物袋には野菜が入っていそうだ。

 その中へ水を入れることは必要なのかな?


 僕は心臓がバクバクと鳴っていることに気付くと、裏の畑でバラバラにされた子供たちのことを思い出した。

 少し勇気が湧いてきた。

 一連の動作を終えると、田中さんは裏路地から商店街の方へと歩いて行った。

 後を追おう。

 僕は木箱から這い出て、服に付いた生ごみの臭いに顔をしかめながら、体中にくっついた木くずを叩いた。

 商店街に行くと、田中さんはどこにも見当たらなかった。

 目の前の陽気な主婦たちは相変わらず買い物袋をぶら下げていた。


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