第13話

 周りの子供たちはひそひそ話で留めているけれど、原因は知らないし、僕たちみたいに関係もしていないはず。

 僕はまた優しい嘘を吐いた。

「きっと、大雨が降るんで、帰りが大変になるからじゃないかな? この季節だし」

 藤堂君と篠原君は顔を見合わせているけれど、お互いその嘘にしがみつこうかと思案している表情だ。

 僕は亜由美が心配だと嘘を吐いて、この列から離れることにした。

 亜由美なら心配はしなくても大丈夫だ。きっと、こんな時にも体育館でみんなから少し離れて読書に没頭しているだろう。


 確か亜由美は巌窟王やピーターパン。宝島などが好きだった。

 僕は座っている子たちを避けて、屈み気味に体育館のステージの両脇の片方。横断幕が降りるところにいる校長先生と置田先生。そして、他のクラスの先生たちが一丸となっているところの会話を盗み聞きすることにした。そのため一番近い1年1組のところへときた。


 前の男の子は後ろの子とおしゃべりに夢中のようで、僕がその隣に涼しい顔で体育座りをしても気にしていない。体育館は杉林の覆うような日陰に対して弱い照明しかついていなかった。

 学校の先生たちの言葉に耳を傾けていると、

「隣町の幼稚園の児童たちが、送迎バスで帰る途中にそのバスの中の全員が行方不明になったって……? 本当なんですかね」

 置田先生は少し顎を引いて厳しい表情を作っていた。

「本当みたいよ。なんでも、帰りのバスが空っぽだったようで、運転手と保母さんもいなかったんですって。助かった他のバスの児童たちなんて、怖くていまだに泣いたりしていてみんな夜も眠れないみたいなんです」


「一昔前にもあったな。神隠しって、言われていたんだよ。その頃は」

 初老の校長先生は眉間の皺を増やして訝った表情をした。

「先生。怖いこと言わないで下さい。昨日の夜に石井君の家の裏の畑に、とても精工な人形の手足がたくさん埋めてあったって、警察の人から電話がきたんですからね。すごく不気味だし。これで、もしものことが起きたら……」

 置田先生は肩を摩っているが、背筋は曲がっていない。

「校長先生。その話って? S町のあれですか? 昔もありましたね。子供の大勢の誘拐事件」


 もう一つの隣のクラスの男の奥村先生が言おうとしたら、体育館中に音量が壊れたみたいな大きな音でチャイムが突然鳴り響いた。

「誰が鳴らしているんだ!!」

 白髪頭の校長先生が耳を塞いで叫んだ。

「私……見てきます!!」

 耳を塞いでいた細い置田先生と奥村先生が、血相変えて校舎の方へと走って行った。行き先は三階の放送室だ。

「あ、私も行きます!」

 と、もう一人の女の先生が後を追った。


 僕は好奇心で先生の後を追おうとしたけれど、おじいちゃんの言葉を思い出した。その場でことの成り行きを神様に祈って見守るしかなかった。

 僕はチャイムがなんで鳴ったかを気にしていない。

 三階の放送室に生徒が残っていて、悪戯をしたのなら、その生徒が裏の畑に精工な人形を埋めたのかもしれない。けれど、僕は子供たちをバラバラにして埋めた人はやっぱり大人だと思う。


 子供では無理だからではなくて、大人の方が都合がいい。

 何故なら裏の畑で遊ぶ子供たちは、僕と藤堂君と篠原君だけなんだ。そして、その近辺の子供たちは学校帰りに遊ぶとしたら、裏の畑ではなくて家でゲームをしているかアニメを観ている普通の子供たちばかりだ。でも、大人なら毎日裏の畑で作物の手入れをしているし、食料の調達だとするとどんな時間帯でもいられる。

 逆に子供だとすると、目立ちすぎてしまうからだ。


 しばらくすると、羽良野先生たちが放送室から戻ってきた。

 どうやら、誰もいなかったようだ。

 でも、みんな真っ青な顔をして、顔を見合わせている。校長先生に話すときには、なんとか落ち着く努力を精一杯してるみたいだった。

「ちょっと、冗談にしてほしいですけど、誰もいなかったんです……。本当に……。それに、こんな物が置いてあったんですよ。校長先生」


 置田先生が一つの人形の手のようなものを校長先生に渡していた。

 僕の心にまたざわざわした靄が発生した。

「血のりもついているし、こんな不気味なことをする子供がいるなんて」

 校長先生は人形のなにかを手でつまんで、しげしげと見つめながら訝しんだ。

 よく見ると、それは人形の手のような一部だった。恐らく赤黒い血のりがついているのだろう。

 僕は一部始終を確認して、胸の奥へとざわざわした靄を押し込めると、自分のクラスの5年2組へと戻った。

 校長先生はステージの教壇へと急いで向かう。


 教壇に設置してあるマイクを何度かつついた後、みんなに話し出した。

「みんな。隣の人たちをよく確認してほしい。もし、いなかった子やいない子がいた場合。近くの先生に言うように」

 急いで羽良野先生が僕の脇へと歩いてきた。

 みんなどよめいていたようだけれど、僕は真っ青になった。きっと、悪戯をした子を見つけるために、校長先生が考えた作戦だ。

 

 青い顔で藤堂君と篠原君は話の途中だった。

 隣の女子が羽良野先生が近づくと、手を挙げた。

「先生。石井君がいませんでした。途中、どこかに行ったんです」

 羽良野先生は一瞬、奇妙な顔をした。

「石井君……? 話をよく聞かせてください」

 羽良野先生はそう言うと、僕の腕を掴んで無理矢理立たせて、体育館の奥の方へと引っ張って行った。






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