第11話

 内田が帰ると、僕はおじいちゃんに呼ばれた。何かいい知恵が入るかも知れない。

 母さんは夕食に野菜を使おうかと迷ったけれど、結局、熊笹商店街で買った野菜だけは使うことにしたようだ。

 おじいちゃんは、和室の隅っこのちゃぶ台で番茶の用意をしていて、僕が部屋へ入ると番茶を勧めてきた。将棋盤の位置はちゃぶ台に変わる場所だった。

 そして、正座して僕にゆっくりと向き合った。


 おじいちゃんは、番茶を啜ると話し出した。

「なあ、歩。いいかい……。これから、俺の言うことをしっかりと聞いてくれよ。まだ、お前にはよく解らないところや、嫌なところがあるだろうけれどな……。」

 おじいちゃんは、少しの間冷静な表情をした。そして、意地悪そうに見える皺だらけの顔を引きつって、

「最初に約束してくれよ。歩。人の心の奥には、例え好きな人でも、何が何でも入っちゃいけない時があるんだ。それが、例え他愛のない。些細な事だったとしてもだよ。裏の畑での人形の手足を子供の手足だという話は、お前が見間違いをしたのかどうかは、さて置いてだ」

「う……ん」

「人の心の奥には、その人自身にも……どうしても解らない部分がよくあるもんなんだ。そこには、何かが憑りついていることだってある。昔の人はそれをキツネ憑きとか言っていたな……。今では精神の異常とか言われているんだろうけれどな。だから、人の心の奥には入っちゃいけないんだよ。何がなんでもな……。俺の言っていること……解るか。歩」


 僕は首を縦に振った。


 キツネ憑きは昔の田舎ではよくあることだったみたいだ。キツネに憑かれると手のつけられない精神異常などが現れると言われているんだ。

「おじいちゃんの言っていることはよく解るよ」

 ここで、おじいちゃんにたった一つの動いていた足のことを話したら、これから起きることは予想できるのだろうかと、僕は考えた。確かに見間違いじゃないんだ。


 僕は頭を抱えて考えていたけれど、今は何も言わないほうがいいと思った。何故なら、時間が経つと人形になるという可能性があるなら、今からおじいちゃんと裏の畑へ行っても、もう人形になっているのかも知れない。

「人形の手足を埋めた。犯人というかやった人が、例えどんな人だとしてもだ。お前のような子供かも知れないし、大人かも知れない。或いは男かも知れないし、女なのかも知れない。でも、人の心の奥には入っちゃいけない時がある……。俺だって、子供の人形の手足を畑に埋める人間なんてものは、さっさと追っ払って普通に暮らしたいと思ってしまう。けれども、事件や犯罪ではないのなら、ある時。いつの間にか、何も起きなくなっていくもんさ」

 僕はそれを聞いて、不思議と胸のうちのざわざわした靄が再発した。


 キツネ憑きもお祓いをして、今後恐ろしいことがないようにと狐の霊にお願いをするんだ。後は精神の異常だとしても社会から隔離したりしているけれど、いずれにしても、今は精神の異常とかでも治る時代だし、この場合はどっちもどっちだと思う。

「これから、お前だけじゃなくて、みんなが何事も起きないように神様に祈ってニコニコしていなければいけない。そうすれば、何か起きても警察の人も関わっているし、近所の人たちもみんな顔見知りなんだし。きっと、安心してみんなで暮らせるんだよ」

「うん……解った」

 おじいちゃんの言うことは解るのだけれど、何だか、おじいちゃんに丸め込まれたような感じになった。


 例えば近所のちょっと変わった田中のおじさんが犯人だとする。すると、夜な夜な人形の手足とを畑に埋めている。となると、確かに何かに憑りつかれているんじゃないかと傍目には思える。それは、田中のおじさん自身も知らないうちに、憑りつかれてしまっているか。それとも、精神が病んでいるんだ。


 まだ、僕にはバラバラにされても生きている子供たちと人形の関係は解らない。

 これから起きることは、きっとみんなでニコニコしながら神様に祈っていないといけないことなのかも知れない。

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