第4話 幻想ポロネーズ(後編)
取調室は最近の刑事ドラマで見られるような近代的で小綺麗なものではなく、どちらかと言えば小汚い昭和風の小部屋だった。お昼にはカツ丼でも出るのだろうか。いや、そこまで長引かせてたまるか。絶対に昼までにケリをつけてやる。「小野田茉莉さんですけどね、他殺と自殺両面で捜査していますが、調べれば調べるほど他殺の線が濃厚になっています。そして残念ですが、部屋からはあなたが犯人であることを指し示す物的証拠が出てきているんですよ」
「そんなはずはない。物的証拠って具体的にはなんなんです」
「それは捜査情報ですから」とひとこと断って刑事は話す。「ひとつ彼女のスマホにあなたとのLINEの記録がありましてね。それによるとあなた、奥さんと別れて欲しいと再三ねだられて、ノラリクラリと逃げていますよね」
「そ、それは……」
確かにそのとおりだ。小野田は本気になり過ぎた。そのことに気づいた私は彼女を避けるようになったのだ。
「そして昨日の夜、あなたは『直接話したいから、今から会いに行く』とメッセージを送ってます。そしてあなたは彼女の家に行き、とどめを刺した……」
「う、嘘だ! 私はそんなメッセージ送っていないし、彼女の家にも行っていない!」
私は机をぶっ叩き大声を上げたが、刑事はまるで怯んでいる様子はない。
「先ほどあなたは川渡中央駅にいたとおっしゃったが、あの辺りで何をしていたんです?」
「それは……」
「何も言わないんですか? 物証もあることですし、このまま送検となりますが」
送検……それはまずい。一度警察がクロだと言ったことを、検察は滅多にひっくり返したりはしないと聞く。
「ちょ、ちょっと待って下さい。……実は、白石美香という生徒と一緒にいました」
刑事は漢字を確認しながら、白石美香とメモ書きする。
「それでこの白石美香さんとは、何をされていたんです?」
「……男と女のことです。後はお察し下さい」
「ほう、音大教授というのはいいご身分ですな」
刑事の嫌味は頭に来るが、保釈料と思えば安いものだ。
ところがしばらくして刑事がもたらした報せは予想外のものだった。
「白石美香という女性に連絡が取れたんですがね、彼女は昨晩あなたとは会っていないと言っていましたよ」
血の気がサッと引いた。一縷の望みが絶たれた。彼女は私を見捨てたのだ。あの日私が清水にそうしたように。
「ち、違う、彼女は昔サッカーで鍛えた恋人から度々暴力を受けていた、それを恐れているんだ!」
すると今度は刑事が机を叩いた。
「もう認めたらどうなんです! あなたが会っていたのは白石美香じゃない、小野田茉莉だ! 遊びのつもりだったのに奥さんと別れろと言われ続けて邪魔になった、だから消した、そうでしょう!」
ここぞとばかりの罵声は功を奏し、私は反論出来なかった。
「容疑否認のまま送検だと、検察の心象も悪い。今自白すれば無期刑は免れる。さあ、どうです?」
明らかな自白強要だ。しかしそれを主張する元気は私にはもうない。万事休すか。
そう思った時、取調室の扉がガチャと開いた。そして入室した警官が刑事に耳打ちした。その警官が退出すると、刑事は私に向き直った。
「あなたの話の裏が取れましたよ。当時そこでピアノを弾いていた男性が、あなたがたを見ていたそうです」
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私は清水の所在を調べた。すると、市内でレンタルビデオ店を経営していることがわかった。私はその店を訪ねてみた。すると清水は店頭にいて、私の姿を見ると手を上げた。そして私を店内の喫茶スペースに案内した。
「久しぶりだな、風間。色々大変だったみたいだが……」
「どうして証言した。俺はおまえを見捨てて今の地位を得たんだぞ」
「なにを言ってる。僕は見捨てられたなんて思っちゃいない。むしろ感謝している」
「感謝?」
「君は彼女に僕の潔白を証言してくれただろ。おかげで僕は彼女の信頼を得て、今では結婚して彼女との間に三人の子供がいる。今の生活があるのは君のおかげだ」
それを聞いた私は、店の中で号泣した。店の客には迷惑だっただろうが、清水は意に介していなかった。
結局小野田茉莉は自殺と認定された。私が殺したと思わせる物証は全て小野田が偽造したものらしい。LINEの書き込みも別アカウントを作って偽造したものらしい。当然その動機は妻と別れたがらない私への復讐だ。結果的には全て事が明るみに出て、私は三行半を突きつけられた。そして大学からも追い出された。
今は清水の店でアルバイトをしながら何とか食いつないでいる。そして時々、駅のピアノを弾きにいく。曲はショパンの幻想ポロネーズ。憑き物が落ちたような今の心境に、この曲はとても心地よく響いた。
第4話 終わり
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