第4話 アンデッド・デスマッチ

「アインズ様がお造りになられたアンデッドの登場っすー!」


 ちび守護者達に相対する、同レベルのアンデッドが六体闘技場に現れる。人間を媒介としているためある程度の知性は有してはいるものの、なんの愛着もないので名前も適当だ。


 それでも流石に同じ格好の低級アンデッドでは見栄えが悪いだろうと思い、戦士職2体、魔法職2体、弓兵1、盾役1体の構成にしてみたが、服装をコピーしているちび守護者達と比べると絶望的に華がない。


「守護者様方には悪いですが、私たちはアインズ様より勝利を拝命致しました・・・この戦い負けるわけにはいきません」


 アンデッド側のリーダー、『戦士1』が啖呵を切る。武装はリーダーということもあってそれなりだ。魔力を帯びたサーベルと、上質なラウンドシールドにフルプレートの鎧。対してちび守護者達から進み出るのはちびアルベドだ。


「くふ、アインズ様から直々に名をいただくというご寵愛を受けていることは確かに羨ましいけれど、そもそも私たちの造物主様は同じ・・・アインズ様の顔に泥をぬれないのは私達も同じことよ、『戦士1』」


 負けじと切り返すが、装備品の複製は出来なかったため丸腰に等しい。腕を前で組むいつものポーズも、この姿だと美しいというよりは可愛げがある。


 しかしながら、ちびアルベドの目には明確な敵意が込められており、それは他のちび守護者も同様だ。戦闘開始の合図を前にして既に闘技場は高い緊張感に包まれている。観客にもそれは伝わったようで、今や先ほどまでの喧騒の波は無くなっていた。


 観客席を見渡しながら、アインズは思う。


(こうして見ると、大規模なイベントになりすぎた気がする・・・ここまでナザリックの人員を割く必要は本当にあったのか?)


 アインズの疑問に答えてくれる者はいない。「近いうちにあるイベントを開くので、見に来たいと思うものがいれば集めておいてほしい」とアルベドに通達した結果がこれだ。観客が大きめに作っていた円形闘技場コロッセウムを埋め尽くす様は壮観を通り越して少し怖い。


 今回、皆の前で行うのはアンデッド達による模擬戦闘だ。チームデスマッチ方式で、戦闘不能まで行うようにと伝えている。しかし、こういった模擬戦は時に熱くなってしまうものだ。ユグドラシルの時でも、仲裁役を付けていたのにも関わらず、致命傷を負わせてしまうことはたまに起こっていた。守護者が育てたちび守護者は、言ってしまえばアインズの孫のようなもの。死んでしまうようなことは避けなければならない。


(アルベドか、デミウルゴスのどちらかが戦闘指揮をとるだろうから、いらない心配かもしれないけど)


 アインズが調べたいことはちび守護者達の体力を調べることだけだ。体力が著しく低い者がいれば育成を担当した守護者には厳重注意を行うのだが、試合中にやることがむしろほとんどない。アンデッド同士を戦わせるのは、オマケのようなものだからだ。


(とりあえず、本来の目的を達成しておくか)


生命の精髄ライフエッセンス


 今アンデッドの指揮権はアインズにはない。よって、自分が召喚したものであっても魔法によって確認する必要がある。


 生命の精髄ライフエッセンスによって、ちび守護者達の残りHPが映し出される。元はアインズ作の下級アンデッドだが、勝つために本気で育成せよ、と通達しておいた。果たして残存HPはどの程度だろうか。


「む、これは・・・」


 今回育成を担当した守護者は六名。アルベド、デミウルゴス、アウラ、マーレ、コキュートス、そしてシャルティア。リザードマンの村を治めているコキュートスを除けば、戦闘訓練を誰かにつけている者はいないはずだが、果たして。


「全体的に見て・・・体力が多い?」


 結果は意外なものだった。体力ーーHPが明らかに普通の下級アンデッドのそれよりも多い。


(アイテムなどによる時間制限のバフ、もしくは魔法による強化か? いや、盤外での手出しはできないようになっている・・・とすると、この体力増加の変化はなんだ? レベルの変化があったのか?)


 これがアインズの見間違いでなければ、見えてくる選択肢がある。レベル100NPCが稽古をつければ、ステータスの変化が発生する可能性。現状、守護者の中に手の空いている者はいないが、であればアインズがその役を買って出てもいい。


(ふむ、武技の習得がなかった以上、アンデッドに経験を積ませることは意味がないと考えていたが。反復ではなく、経験?モンスターを狩る、とかではない・・・ん?)


 とりあえず、守護者が部下に無理な仕事を押し付けていないようだと一安心したその矢先、アインズの脳裏を何かが掠める。思い出すのは、先ほどのちびアルベドの言動。


 違和感のない、ちび守護者の台詞を何故思い出したのだろうか。特筆すべきこともない、そのまま守護者を小さくしたようなーー


(いやまて・・・!性格、だけなのか?)


 守護者達は『作成者の性格+ユグドラシルで設定された性格』を引き継いでいる。明確にそうだと示されたわけではないが、たっち・みーさんの正義感を引き継いだセバス、まるで姉弟のようなアウラとシャルティアの関係性が良い例だ。


(作成者の性格というのは、彼らにとっては守護者がそれにあたるはずだ。では、設定された性格は?)


 電撃的閃き、まさに悪魔的発想と呼べるそれ。若干の仮説を含むが、アインズは一つの結論にたどり着く。


(守護者が自分に似るように育てたということは、例えばデミウルゴスとアルベドのちび守護者はとてつもなく頭がいいんじゃないか!?)


 見分けがつかないからと、守護者の姿を模すように魔法をかけておいた過去の自分を声を上げて褒め称えたい衝動をグッとおさえる。


 自身が作成したアンデッドとはある程度思考や状態を把握できる。考えを共有することができれば、困ったときに手軽に考えを質問できる相手ができる。質問ができれば、デミウルゴスやアルベドに迷惑をかけない、理想の支配者になれる。完璧だ。


「素晴らしい、素晴らしいじゃないか・・・!」


 結局、感情が抑えられず口を突いて出てしまう。しかし、アインズの日頃のストレスのうち半分強が消えるともなれば、これも仕方のないことだろう。


「まだ戦いは何も始まっていないのに、アインズ様がお褒めになっているっすー!これはどういうことなんすかねー?」


 アインズが歓喜に打ち震えているとは知らず、疑問を浮かべるルプスレギナ。


「ルプスレギナ、早く始めなさい」


 ナーベラルがぎろり、とルプスレギナを睨む。曰く、アインズ様のお考えを邪魔しないの、と言わんばかりだ。


「今日のナーちゃんは特に厳しいっす・・・あー、わかってるっす!缶とか、投げないで欲しいっす!試合、始めるっすよ!」


 誰もそんなものは投げていないのだが、ルプスレギナがマイクを振り上げながら試合開始を宣言する。それと同時にナーベラルが備え付けのゴングを鳴らす。これもアインズ作成のもので、準備段階の時にプレアデスたちに代わる代わる叩かれていたので、既に少々傷んでいる。


               †††


(考えが正しければ、俺の一番の心労とか、罪悪感とか・・・とにかく、そういうのがなくなるんだ。頼んだぞ、ちび守護者達!)


 ついに試合が始まった。いまや、オマケなどではない。アインズにとってとても、とても重要な一戦となっていた。


 アインズの予想が確かならば、装備の差があっても勝利することは可能だろう。指揮官の存在というのは、それほどまでに重要なのだ。最も、勝負に絶対は無いため油断はできないが。


「先手はいただくわ、いきなさいシャルティア!アウラ!」


「迎え撃て、『盾1』『戦士2』!」


 どうやらちびアルベド、『戦士1』二人がそれぞれの陣営の戦いの指揮をとるようだ。アインズから見れば残念すぎる速度だが、それでも弾のような速さでシャルティアがアンデッド軍団へと襲い掛かり、アウラが小さな魔獣をけしかける。


 それに対して、丁寧に対処していくアンデッド軍。『盾1』がそれを受け止めつつ、『戦士2』が魔獣を切り伏せる。いくらシャルティアが攻撃に特化しているとは言え、スポイトランスのない今の状態では盾役を抜くことができない。その結果、シャルティアが集団戦の中で孤立する形になる。


(む、なんであのアルベドはシャルティアに突貫させたんだ・・・?集団戦のセオリーは大抵が人数差だ。単純に数の差で勝敗がほとんど決まると言っていい。瞬間的にだが、今のシャルティアは1vs6。ここからすぐに追撃しなければ無駄死にになるぞ?)


「シャルティア、配下の蝙蝠で撹乱しつつ一人を狙って!」


「わかったでありんす!」


 シャルティアの声に呼応するように、多数の蝙蝠がシャルティアとアンデッド達の間に割り込み、無秩序な攻撃を繰り出す。一匹一匹は小さいが、群れとなれば無視するわけにもいかないだろう。


「お前たち、うろたえるな!シャルティア様を探せ!」


『戦士1』が声を飛ばす。防御力の高い戦士と盾役、足の速い弓兵ならば、蝙蝠をいなすことは容易い。


 では、足が遅く、攻撃に詠唱を要する魔法職はーー?


「まずは一人、打ち取ったでありんす!!」


 蝙蝠に身を隠しつつ接近していたシャルティアに気づかなかったのだろう。『魔法2』が思い切り吹き飛ばされる。スポイトランスがないため、多分、あれは右ストレートだ。


(これで5vs6・・・いや、違うな)


「さぁ、次は誰でーーッ!」


 攻撃のために身を現したシャルティアを、無数の弓の雨が襲う。弓よりも早い攻撃をシャルティアはいくつも所持しているが、きっとレベル的に信仰形魔法はコピーできなかったのだろう。


 つまり、ねずみ花火のように飛び込んでかき回す、というシャルティアの使い方をアルベドは選択したようだ。


(うーん、どうにも腑に落ちないな。アウラに魔獣をださせて、その陰に隠れさせればよかったんじゃないか?魔獣ならば弓兵も蝙蝠以上に対応する必要があるだろうし、シャルティアも傷を負わずに済んだと思うが)


 ベターではあるが、ベストではない。そんな選択をアルベドがしたことに、アインズは疑問を抱いていた。その間にも、戦いは進んでいく。


「・・・それならっ、麻痺パラライズ!」


 弓を打たれながらも、シャルティアが魔法を起動させるが、効果はまったくない。


「駄目よシャルティア、敵はアンデッドよ!一度下がりなさい!」


 アルベドの怒号が飛ぶが、もう遅い。


「ええっ?アンデッドに麻痺ってきかないのでありんすかーーきゃあ!」


 魔法詠唱の隙を逃さない者はいない。蝙蝠ごと、『戦士2』がその手に持つハルバードを振り下ろす。シャルティアの耐久では、戦闘続行は難しいだろう。


 これで5vs5だ。


 シャルティアの出した蝙蝠は数こそ多いものの、体力が少ない。そういった意味でも、やはり先ほどは魔獣をデコイにすべきだったとアインズは考えるが、それよりも気になることがある。


 (・・・!? 麻痺パラライズ!?。麻痺は睡眠や毒とちがって、成功率が高くて便利だから使いたくなるのはよくわかるがーー)


 アンデッドに対して無効となるのは、毒、麻痺、睡眠、即死、クリティカル、病気など。マイナーな部分に能力値ダメージ無効などがあるが、アンデッドに対して麻痺が無効なのは常識中の常識だ。シャルティアとて戦いにおいてはエキスパート。知らないわけがないのだが。


(一体、これは・・・?)


 何か、異常な事態でも起きているのかと、試合を一旦中止させようと手を伸ばしてしまうが、沈静化によってすんでのところでそれは止められた。


(いやまて、いくらなんでも過保護すぎる。アルベドが敷いた、なんらかの伏線である可能性もまだ捨てきれない)


 解説のルプスレギナもこれはあんまりよくないっすねー、と若干納得がいっていないようだったが、彼女が明確に変だ、と言わないのであれば問題はないのだろう。


(やっぱり、希望的過ぎたかなぁ。頭がよくても、教え方が上手とは限らない、か)


 その点、やまいこさんは行動こそ直感的だったものの、人に物を教えるのは人一倍上手だった。いつも、ギルドメンバーにステータスの説明とかをーー


「あぁーっと、デミウルゴス様が押されてるっす!やばいっす!!」


(今度はなんだ!?というか、このレベル帯の戦いなら、実況はいらないぞ!多分!)


 物思いにふけることすら、盤上の戦いと、ルプスレギナが許してくれない。


 みれば、コキュートスとマーレが『弓1』を追い回している間に、『魔法1』が安全圏からデミウルゴスを集中砲火している。


「なっーー」


(俊敏性に優れる弓兵を追いかけるなんて自殺行為じゃないか!近接戦闘では勝利できるだろうが、うまく引き撃ちされれば範囲外から戦闘不能まで弄られるぞ!?)


 アルベドに続いてデミウルゴスまでこの場では不適切な指令を出している。


 先ほどから何度か感情が沈静化されてはいるのだが、それでもなお、アインズの心象は穏やかではなかった。何かが、何かがおかしいような気がするのだ。確かにあのちび守護者達は元となる守護者の性格には沿っているように感じる。しかし、不純物といえば良いのかーー


「不純、物・・・」


「アインズ様?如何なさいましたか?」


「あーっ、無理やり一匹倒したっす!!コキュートス様気合はんぱないっす!」


 質問するナーベラルの声も、興奮するルプスレギナの声も、アインズには届いていなかった。欠けたピースがちょうどはまったかのようにスルスルと思考がつながっていく。


(これ、俺のせいだ)


 あまりにも情けない答え合わせに、アインズは思わず天を仰ぐ。たどり着いた結論は、つまりそういうことだ。アインズ、そして鈴木悟は、そこまで頭がよくない。


 そして、それがアンデッドに悪影響を与えたのだろう。今回の場合、アンデッドの作成者は一人ではなく、二人。守護者とアインズその両方だ。サラブレッドを作るつもりで、片方が雑種のようなもの。ユグドラシルの知識以外の部分が普段の守護者よりも下回っているから、元がアルベドやデミウルゴスでも、中級者どまりの行動しかできない。


(俺が守護者に頭の回転で追いついていれば、PvPの知識も、軍略や政治にも精通しているサラブレッドの誕生だったのに・・・)


 簡単に言えば、アインズがアンデッドを作成していなければ、彼らちび守護者は2倍弱の実力が出せていたはず。逃れようのない事実が、アインズに重くのしかかる。


 アルベドやデミウルゴスは、これを単なる不調とは考えないだろう。アインズのせいでアンデッドの能力が下がっていることを察されていてもおかしくはない。


(あー、どうやって、言い訳しようかな・・・)


 今だ戦いの続く闘技場から意識を逸らし、どこか遠い虚空を見つめ始めたアインズは気づかない。結果、また余計な苦労を一つ背負ってしまっていることにーー


                †††


 闘技場内、魔法による干渉を受け付けない部屋。そこには守護者六人が集まっていた。円卓を囲むようにして、それぞれが向かい合っている。


「さて、皆様方。各々、言いたいことはあるかと思いますが・・・」


 話を切り出したのは、デミウルゴスだ。先ほどまで試合が映っていた画面を切り、皆に向き直る。


「・・・ぼ、ボクたちの育てたアンデッド、やられちゃいましたね」


「サイゴノ、アルベドノトウシハ、リッパデアッタ。ヒキワケ、トイッタトコロカ」


 試合の結果は引き分け。それも、気合によるものが大きい。アルベドの育てたアンデッドが2体のアンデッドと刺し違えたのだ。レベル差のない中で、1vs2を行うのはそれこそ不退転の覚悟がなければできないだろう。


 それでも、守護者に漂うムードは決して良いものではない。コキュートスによる推察では、八割程度の勝算があるとされていただけに、なおさらだ。


「や、やっぱりシャルティアのアンデッドは本人に似て突撃しちゃったよねー!」


「な、なんでありんすか!?あれはアルベドの命令でありんす!それを言うなら、アウラのだって碌なものを召喚できていなかったでありんせんこと?」


「それでも1人やっつけたもん!」


「わたしだってやっつけたでありんすよ!」


 アウラとシャルティアがいつも通りのやり取りをするも、どこかぎこちない。アウラに至っては、目が泳いでいる。なんとかこの場を和ませようとしているが、逆効果だ。


「静かになさい、二人とも。それで、デミウルゴス。アインズ様はこの結果に満足されるはずがない。そうでしょう?」


「えぇ、とても残念なことにね」


 私達はまた、アインズ様にご迷惑をかけてしまったーー言葉はなくても、沈黙がそう物語っているようだった。そんな中、おずおずとシャルティアが手を挙げる。


「勝つことができなかったからでありんすか?それとも、何かほかに原因があったのでありんすか?」


 シャルティアの質問は、今最も必要なものだ。自分の意見を発し、さらに、疑問をぶつける。精神支配される前のシャルティアとは、似ても似つかない。


「それもあると思うけれどーーデミウルゴス、貴方はどう考えているの?」


「そうですね、アインズ様の思惑は最低でも6つある、と私は考えています。1つは我々が何らかの方法でレベルダウンさせられた場合、我々が戦闘をどのように行うかを把握すること。ナザリックが弱体化した場合の課題を見せたかったという事でしょう。そして2つ目はアインズ様はいつでもそうなった場合の戦闘のシュミレーションを行える環境を作りたかったのだと思います」


 少しずつ、緊張が解けてきたのだろう。今度はマーレが手を上げる。


「で、でもそれならボク達に言ってくれれば、直接ご覧に入れたのに・・・」


「その通り、と言いたいところだけれど、アインズ様が我々にアンデッドを配られた際の発言をーー誰でもいい、覚えているかい?」


「え、えーと・・・」


「『アンデッドヲソダテヨ、ジカンガアルトキデイイガ、ホンキデソダテルノダ。』ダッタカ」


 今度の発言はコキュートスからだ。コキュートスもまた、リザードマンとの戦いを経て、成長している。以前は自らを一本の剣であることを掲げ、無念無想を持って敵を切ることを信条としていた。しかし今では、与えられた命令を自らの中で反芻し、完全に覚えてしまうほどだ。


「その通りだよ、コキュートス。アインズ様は片手間ではなく本気での育成を望まれた。我々の代替となる存在を必要としたのでしょう。レベルの差によって完全に我々と同一とはいきませんし、何よりアインズ様が製作者となっている分、えー、これは恥ずべきことであるためあまり言いたくはありませんが・・・」


 デミウルゴスが横目でアルベドを見ると、コクリとアルベドが頷く。これは自分が言わなければならないことだと判断したのだろう。席を立ち、一度周囲を見回してから話し出す。


「そうね、では、それに関しては私が説明しましょう。シャルティア、アンデッド達の戦い、どう思った?」


「え、えっと・・・正直、そこまでレベルは高くなかったでありんす。そもそも、私の育てたアンデッドに至っては無効となる魔法を打っていたくらいでありんすから・・・」


 申し訳なさそうに言うシャルティアに対して、アルベドの声色にシャルティアを責める様子はない。むしろ、どこか悲し気だ。


「そうね。でもそれはあなたが気に病んでもしかたのないことだわ。これは私の推測なのだけれど、あまりにもアインズ様の頭脳に我々が追い付けていなくて、アンデッドがパンクしてしまったのではないか? と私は考えているの」


「パンク、でありんすか?」


 シャルティアだけでなく、デミウルゴス以外は頭上に「?」を浮かべている。


「そう、アインズ様は数多の知識を持っているわ。それこそ私たちが把握できないほどに。その知識と、私たちNPCの設定という膨大なデータを低レベルのアンデッドに詰め込んだら、どうなると思う?」


「と、ということは、ボクたちの教え方が悪かったから、いっぱいいっぱいになっちゃっていたってことですか・・・?」


 アルベドは答えないが、沈黙こそが答えだ。もしあのアンデッド達の体力が確認できていれば、ステータスのほとんどが普通のそれよりも下回っていたことだろう。言わばあのアンデッド達は知恵熱を起こしていたようなものだとアルベドは考えている。


 重い沈黙を破るように、しかし淡々とデミウルゴスが話を進める。


「えー、いいですか、皆さん。悲観に暮れるのはそこまでにしましょう。この件に関しては、もしかすれば、時間の経過でどうにかなるかもしれません。それに我々が犯したミスはこれだけではありませんよ。アインズ様の思惑の3つ目ですがーー」


 反省会は、続いてく。


                 †††


(な、なんだこの禍々しいオーラは!?まるでお通夜じゃないか・・・!?)


 観戦を終え、アインズが守護者を集めた部屋の前までたどり着くと、全身が異様な寒気に襲われる。この先には守護者がいるはずだが、何かあったのだろうか。


「・・・入るぞ」


 ノックなどはせずに、許可も取らずに扉を開ける。アインズとなってからは当然のごとく行っているが、タイミングが悪かったらどうしよう、と毎回少し緊張しているのであまり好きではない行為だった。


 部屋に入ると、先ほどまでのオーラが嘘だったかのように消え、守護者全員が跪いているのが見える。いつからそうしていたのか、表情は見えないがあまり喜んでいるようには思えない。もしかすれば、ちび守護者達がアインズの用意したアンデッド軍団に勝利できなかったことを気に病んでいるのかもしれない。


 結局のところ大きな収穫こそなかったが、守護者達が部下に対してきつい仕事を押し付けていないということがわかっただけでも、不安の種が一つ取れたようなもの。アインズとしては、むしろ今まで部下がどういった仕事を与えていたのか知らなかったことを謝りたい気持ちで一杯だった。


「皆の者、面を上げよ。勝利とはいかなかったが、それでも大成功だ。今回はよくやってくれたーー」


 アインズが表彰の言葉を言い終わる前に、今にも泣きだしそうな表情でアルベドが顔を上げた。


「ーッ! アインズ様。どうかあのアンデッドの処分は我々で行わせてください!」


(え、処分?)


「アインズ様のご期待に添えず、ザイトルクワエによる集団戦の経験と長い準備時間を預けてくださったのにもかかわらず勝利を収めることができなかった我々の処罰は後程、如何様にも。ですが今は、あの者たちに私たちの手で罰を与えようと思います」


(ザイトルクワエ?じゅ、準備期間?一体、何のことだ?)


 アインズは思考をフル回転させるが、何を言っていいのか見当もつかない。


「我々が至らないばかりに、アンデッドのパンクを招いてしまうような事態。どうしてこれが責められずにいられましょうか!?」


 その間にも、新たな情報が追加されていく。これは非常にまずい。


「ま、待て、待つのだアルベド。お前たちが何を勘違いしているのかは知らないが、私は今回の実験、全て成功とみなしている。もちろん、お前たちが育てたアンデッドも、だ。処分という真似はよせ」


 なぜかはわからないが、どうやら守護者一同はちび守護者達を処分したいようだ。よく見れば、ほかの守護者達も悲痛な面持ちでこちらを見ている。


「そもそも、武装がないのによく引き分けまで持っていけたと私は考えるぞ、うむ」


「ですがアインズ様の能力に我々が!!」


「い、いやだから、それは、だなーー」


 たじたじとアインズが後ずさると、コンコン、とすぐ後ろの扉からノックの音が聞こえる。


 会場の撤収を任せていたプレアデスの誰かだろうか?


『失礼します、入室してもよろしいでしょうか? アインズ様、守護者の皆様方』


 その声は、アルベドのものだった。


「ん、アルベドがふたーーあぁ、いや、アンデッドの方か」


 入って良い、とアインズが言うと、扉が開かれる。


 そこにいたのは、ちび守護者六名だった。


『アインズ様、無礼を承知で申させていただきます、アインズ様、どうか守護者の皆様方をお責めにならないでください』


 深々と頭を下げるちび守護者達。アインズはなんだかとてもいけないことをしているような気持ちになる。


「貴方達、いくらアインズ様が作成したとはいえ失礼ーー」


「待て、アルベド」


 これだ。これしかない。アインズはこの千載一遇のチャンスを利用すべく、必死に言葉を手繰り寄せる。


「やはり私の思った通りだ、いや、思い過ごしだった、というべきかな。見事だ、守護者達よ。あえて、私がパンクするように設定していたアンデッド達に、こうも気に入られるとはな」


 パンク、というのは育成期間に詰め込みすぎてしまった、というようなニュアンスだろう。ならば、これで問題はないはずだ。


「先程からも言っているように、双方に罰は与えん。何故ならこれは私にとって成功だったからだ。また、後ほど、皆に説明するとしよう。それで、お前たちアンデッドには・・・そうだな、特別な仕事を割り振る。来い、お前達!」


 アインズが強引に歩いていけば、ちび守護者達はついていかないわけにはいかない。一応、ちらっとアルベド達を見れば、いつもの感激と尊敬のーー多分だが、そんな目をしていた。


 

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