第3話 開戦準備
「――というわけで、階層守護者の下で働く者たちの業務内容を密かに偵察したい。理解したか?パンドラズアクターよ」
宝物庫に着くなり、今置かれている現状を伝える。
内容は要約するとこうだ。「今までは階層守護者の仕事だけに重点を置いていたが、それよりも下位の者達の仕事内容について詳しい部分を調査したい」――少し誤魔化しはしたが、求めている解答を引き出すにはこれで十分だろう。正直会話をするだけでも冷や汗が出るが、仕方がない。設定では、パンドラズアクターはアルベドやデミウルゴスに匹敵するほどの知者なのだ。
「なるほど、守護者ではなく・・・そこまで配下の者達の事を考えてらっしゃるとは」
「短く、端的にでいいぞ。もったいぶったり、こう、いらない言葉を足したりしなくていいからな」
アインズのそれとない牽制に、何をおっしゃいますアインズ様――と言いたげなようにパンドラズアクターはかぶりをふる。逆効果だ。
「では――そうですね、まず階層守護者に察されてはいけないという第一条件。私には直接の配下がいないため私はともかくとして、他の守護者の力は借りることができません。しかしながら、これはアインズ様が直接赴けば如何様にも。アインズ様ともあれば完全なる気配の遮断が可能ですから」
ここでパンドラズアクターは言葉を切り、襟元を正しながら立ち上がり、首だけで振り返る。動作がいちいちわざとらしいが、気にしない。
「しかし、唯一アウラ嬢は魔物を従える中でレンジャーのスキルを多く習得していますから・・・とするとアインズ様が透明化を使って各守護者の仕事ぶりを見て回るというのも愚策。アインズ様の魔力効率や日々の業務への支障を考えても緊急時に脆弱になってしまいますから」
スラスラとパンドラズアクターが作戦を立案する。わざとらしく顎に手をやりながらカツカツと闊歩している様を抜きにすれば、今のところ順調だ。
「・・・しかし、やはり問題はアウラか」
この点に関しては、薄々気づいていたことではある。アウラの知覚能力を持ってすれば気配に気づくだろう。前に
「つまり、至高の御方であるアインズ様が取れる作戦は一つ。宝物庫に眠るアイテムを併用し、変装。守護者のもとで働くメイドや魔物と入れ替わることでしょうか」
概ね、アインズの読み通りだった。やはりあのハウツー本に書いてあったことはそれなりに効果的なようだ。
「なるほど、参考になったぞパンドラズアクター。では早速――」
ここまで聞くことができればもう用はない、早くこの場から去ろうーーそこまでアインズが考えた時だった。
「しかしアインズ様ッ!!」
「おおっ!?」
突然ずずいっ、と顔を詰めてきたパンドラズアクター。声を上げてしまったが、幸いにもパンドラズアクターは特にこちらを気にすることなく話をどんどん進めていっている。
「そもそもアインズ様の目的は彼らが与える仕事がどれほど厳しいものかを知ること。であれば至高の御方であるアインズ様自ら潜入するというのは、些かリスクが高すぎるかと思われます」
「そ、そうか?」
「その通りでございます。アインズ様の変装は一時的なもの、とすればいずれ正体を明かさなければならない時が来るでしょう。例えばメイドに変装したとして、共に働いたメイドたちがアインズ様に罪悪感を抱く者も少なくないかと」
そう言われれば確かにそうだ。ナザリックのメイド達は仲が良い。職場におけるギスギスした関係がないことは素晴らしいが、まさか昨日までタメ口で話しかけていた同僚が実はアインズだと分かれば、どのような行動にでるかは大体想像がつく。最悪、自害といったような手段をとるかもしれない。
「ーーう、うむ、確かにそうだな」
「更に言わせていただけるのであれば、各守護者にはそれぞれ特殊な配下がおり、アインズ様の変装は一種類とはいきません。以上の観点から見て、私はアインズ様が直接潜入するという事には反対です」
「・・・直接、ということは何か代案があるのだな?」
もう一度ソファに深く座り直し、パンドラズアクターへと向き直る。本という明確なソースがあっただけに、潜入という案が消えた事に少しだけ不安を覚える。
「
「競争ーー? アンデッドを・・・?」
「確かアインズ様の部下に一人、アンデッドと訓練を行っている者がいると存じております。そこからヒントを得たのですが・・・いかがでしょう、アインズ様」
(アンデッドと・・・? あ、ハムスケか!)
以前からハムスケがアインズの生み出したデスナイトとともに訓練を行っていることは知っている。そして、今のところ武技を習得するといったような成長が見られないことも。しかし、レベル100の階層守護者たちが指導役に付けばどうだろうか。もしかすれば、ただの低級アンデッドにもなんらかの特殊スキルが発動するかもしれない。
(もしかすれば、現状大きな仕事のない守護者を教官として訓練する、といったことも選択肢になる・・・のか?)
「狙ったな、パンドラズアクター。メリットも多い、素晴らしいじゃないか」
具体的なメリットの数を上げないことは対パンドラズアクターとの会話では重要であることをアインズは把握している。デミウルゴスはアインズの言った言葉を真と仮定して話を進めるが、パンドラズアクターは決してそこまで深読みしない。
「いえいえ、アインズ様はこの程度諸事万端、徹頭徹尾に至るまで把握されていたことでしょう。それに当然でございます、私はアインズ様に”唯一”作られた”Non-Player Character”で、ございますから」
「・・・そうだな」
「・・・」
パンドラズアクターは動かない。
「・・・?」
「あの、アインズ様・・・まだ何か?」
(話終わりかよ!)
「そ、そうだな・・・助かったぞ、パンドラズアクターよ」
手間を取らせたな、とパンドラズアクターに告げてアインズは宝物殿から自室へとテレポートする。
理解してはいたことだが、やはりパンドラズアクターとの会話は非常に疲れる。ドッペルゲンガーだから表情が読めないこともそうだが、なんというか、過去の自分を無理やり見せられてるような気がしてむず痒い気持ちになるのだ。しかも、昔はこれをカッコいいと思っていたが故に全否定できないのも複雑な心情だ。
(・・・昔、か)
アインズはパンドラズアクターの設定を練っていた頃ーーユグドラシルでのひと時を思い出す。課金ガチャ大会やPvPの練習など、かつての仲間とはよく競い合ったものだ。それを今、守護者同士で行う。初めての試みではあるが、やってみる価値はあるだろう。
「なかなか、面白いことになりそうじゃないか」
誰にも聞こえぬようにそう呟くと、アインズは計画を練り始めるのだった。
†††
それからのアインズの行動は早かった。必要な計算を終えるや否や、すぐさま準備に取り掛かる。今まで守護者の計画の一部として行動したり、他人を動かす必要があったりと複雑な仕事が多かったが、今回は自分一人で自由にできる仕事だ。
(ゲヘナーーだったか。デミウルゴスも、こんな気持ちで準備していたのかも知れないな)
アンデッドの用意、配布、会場設備ーーその他さまざまな準備をアインズは守護者に察知されないように、わずか1週間で終わらせたのであった。
(・・・それにしても、張り切りすぎたな)
今、アインズのいる場所からは様々な施設が見える。一際巨大な、イメージとしては第六階層ののような施設。その後ろには電光掲示板のような黒い大きな板が設置されている。
その円形闘技場の内部には、盤外での手出しができないように魔法によって隔離された部屋があり、守護者はここでのみ観戦を許可している。あくまでも今回調べるのは守護者達の指導方法であり、アンデッドが予期せぬーーアインズに対して無礼な行動をとった場合でも続行するためだ。
闘技場近くには様々な露店が並び、一般メイドが店番として配置されている他、闘技場の様子を映すリモートビューイングが空中に映し出されるようになっている。
これだけ見れば自分でも頑張ったほうだと思うが、それでもアインズは満足していなかった。
(どうやったらあんな綺麗になるんだ・・・?ブルー・プラネットさん、俺じゃこれが限界ですよ)
空には燦々と太陽が輝いているが、それでも第六階層のものと比べるとリアルさに欠ける。夜空に至っては作成が難しすぎて、太陽の位置を固定してしまった程だ。
(照明設備が少なくて済んだと思えば納得できなくも、ないか)
アインズが設備の最終チェックを終えると同時に、声がかかる。
「アインズ様、守護者の方々もすでに待機しておられるとのことですが、如何いたしましょう」
戦闘メイド、プレアデスの一人、ユリ・アルファだ。今回プレアデスには審査員を務めるようにアインズが命令を下しており、さらにナーベラルとルプスレギナには大会進行を任せている。
「うむ、どうやらあちらの準備もできたようだな。それではーー始めるぞ」
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