第14話 仮面
私どれにしようかなー」
「あんまり高いのはよしてくれよ」
「わかってるよ、貧乏学生におごってもらうんだ。それぐらいわきまえてるさ」
「貶してるだろ」
その後、圭司はヨシノを原チャリの後ろに乗せ。ふもとにある定食屋に来ていた。舗装された田舎道にぽつんとある定食屋であり、すぐ後ろにある青々とした竹林に飲み込まれてかけていた。いっけんすると、雀の宿の様である。トタン屋根は錆で覆われ、店の名前が書かれた置き型のネオンはもはやその原型をとどめていない。
店の中に入ると、だしの匂いがした。
イラッシャーとしゃがれた声が出迎える。二人は、一番奥の席に座った。
「私はそばにするよ」
「そか、すんませーん!」
店主を呼んで注文を済ませる。運ばれてきた水を一息で飲み干すと、ほっと息を着いた。
ヨシノは汗を拭きながら、頬杖をついていた。濡れた髪が光っている。
「そうえいば、結構久しぶりじゃないのかい?」
「なにがだ」
「君と二人っきりなの」
考えてみればそうだ。前に松葉が言っていたが、基本的に松葉がいるときはヨシノがいるときで、ヨシノがいるときは基本的に松葉がいる時だ。
ヨシノと二人きりになったのは、本当に久しぶりだ。
圭司は思わず、手ぬぐいで首筋に流れる汗を拭いた。
「いつも松葉がいたし、遊ぶときは四人か三人だったからな」
「だよね。なんか変な感じだ」
「そうだな」
「最近はみんなで遊ぶことばかり考えるよ。去年の今頃は、毎日のように遊んでいたね。私の方で忙しいから、なかなかそういう具合にはいかないけど」
「別にそれでもいいんじゃないのか?貧乏暇なしの真逆じゃないか」
「そういう捉え方ならまだいいけどさ。ほら、私はまだまだ遊びたいざかりだからね。たまには一日絵のことを考えずにいたいものだよ」
「ここ一週間当たりいなかったそうだが、東京に出てたのか?」
「いいやちがう。でもそのあたりかな、いろいろなコンクールとか、集まりとかに顔出したりしてたよ。その合間に絵を描いたりだね。ああ、でもあれだ。今回描いた奴はかなり良かったね。うんよかった」
彼女は満足そうに頷いていた。
その絵がどんな絵であったか。圭司はある雑誌を目にしたとき、偶然知ってしまった。芸術への疎さを自称している彼であるが、その絵を見た時誰の絵であるかピンと来てしまった。そして、それを誰が改ざんして飲み込んでしまったか。
「あの絵、前に見たよ」
「ほお、ああそうえばいくつかの雑誌に載せてもらったね。いやはや、絵というのは単に売るだけの商売じゃないみたいだね。いろいろなところに乗せるだけでお金が入ってくる」
ヨシノはニマニマと笑っていたが、圭司はそれに眉をひそめた。
あれが誰の絵であるか当然わかっているし、それが友人であれば、当然許せない。
「ヨシノ、何であんなまねをしたんだ」
「あんなってどんな」
「魚の絵のことだ。あの絵の描き方、松葉の奴とそっくりじゃないか」
夏休み入る前から松葉が描き続けていた魚の絵、それはヨシノの描いたそれとうり二つだった。だいたい一か月ぐらい前から構想を練り、ゆっくりと、しかし確実に色を重ねて質感を出そうとしていたのを十分に知っている。
汚れた筆を手に取り、カンバスに向かい続けている松葉の横姿を、圭司は何度も見てきた。その真剣な目線が、その筆遣いが、松葉の情熱が、一瞬で覆されてしまったのだ。
君のそれは取るに足らない。
言葉よりも直接的に言われたようなものだ。
「ふむふむ、やっぱり君ら辺りにはわかるか」
「わかるって…お前」
「別にここで隠しても何にもならないから言うけど、確かにあれば松葉のものを模倣した作品だ。とはいっても、魚の構造や書き方だけだけどね。彼がやっていることと、同じことやっただけだよ。逆に言うなら、それ以外はどれも私が考えてやったことだ。屁理屈を言うようだけど、主体を少年捉えたら、あの作品は少し違うものになるだろ」
「本当に屁理屈だな」
「そうはいわないでよ。というか、彼は最後まであの絵を完成させなかっただろ。わたしはね、圭司、途中で放棄した絵をどうしようが勝手だと思っているんだよ」
「そんなこと」
「ちょっと、厳しい言い方をすれば、ひょっとするとあの絵がコンクールに入賞していたのかもしれない。あと一週間頑張って書き続けていれば、性に受かってそのままとんとん拍子に画家への道が切り開けるのかもしれない。
松葉はそういう可能性をなげうったんだよ」
こともなさげに彼女は語った。
淡々とした口調で、事実がそうであるという風に。
「正直、罪悪感はあるよ。きっと、彼は許さないだろうしね。そういう意味でもかきあげてから後悔したさ、でもそれ以上にね。
素晴らしい絵だと思ったんだ」
「…―」
「今にもはち切れそうな腹の膨らみだとか、濡れたような瞳だとか。正直、かけるかどうか不安だったんだよ。でも描き上がって満足のいく作品になったんだ。それだけで満足だったよ」
目を落としながら語る彼女はどこかはかなげだった。圭司には絵のことが全く分からないから、描きかけの絵を美しいと語る彼女の意図を、完全に理解はできなかった。
「それが、本当なら、それでいいが」
「ははは、君に許してもらえたが、はたして松葉に許してもらえるかな」
「どうだかな。あいつはあれでねちっこい」
「そうだよな」
ヨシノは溜息を吐いた。
その後、運ばれてきたものをたべてその定食屋を後にした。原チャリの後ろに乗る彼女の姿を、ミラーで何とも確認した。白い足がやたらと目に刺さって途中、前を走っている車に気が付かなかった。
おいおい、きおつけてくれよーとけらけら割る彼女の声に、どこかくすぐったさを感じる。
夏の日差しに燃えそうな日ではあったが、どこか和んだ日でもあった。
卵の殻理論 桜漬けの青年 @suzuawo111
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