第8話 小夜さん

 小夜は今日、ちょっと怒っていた。

 圭司くんと松葉くんは二人そろって学校をお休みである。心配になって圭司くんに電話を掛けると、元気そうな声でこういわれた。「松葉が休んでるから今日は看病で朝まで遊ぶわ」つまりはさぼりである。

 学校をさぼるのなんて、ふつうあってはならないことである。だいたい、彼ら二人は一か月に5回はそうして休んで遊びに繰り出しているのである。

 不真面目なこと、この上ないのである。

 しかも、ヨシノちゃんはヨシノちゃんで朝から皆に囲まれて東京でのことを聞かれているから、全く小夜に構ってくれないのである。勇気を出して話しかけようともしたのだけれども、女子たちの壁に邪魔されてとうとうやめてしまった。

 小夜はヨシノ以外に女子の友達がほとんどいないため、一日中机に突っ伏していた。

 そう言う理由から、一日中ぷんすかしていたのである。

 ひどいよ、三人とも。

 そうして放課後のチャイムが鳴った。

 日が落ちるのもかなり長くなったので、空は結構明るいままである。教科書を詰め込みながら、空をぼんやり眺めてた。

 かえり、松葉くんの家に寄ろうかなー。あ、圭司くんもいるかも、おかしとか買って行って皆で食べたいなー。

 ヨシノちゃんと一緒に帰るため、教室内を振り返り見わたした。

 教室に残っている生徒はまばらだった。でも、そのなかにヨシノちゃんはいなかった。

 ががん、と心を打たれたみたいだった。

 ひょっとして帰った?!ほかの子と?!

 毎日一緒に帰ってはいたけど、べつに約束をしていたわけでもない。いってしまえば、誰と帰ろうが自由なのであって、その自由の中でたまたま小夜のことを選んでくれていただけなのであって…。

 小夜は心が、みるみるしぼんでいくのを感じた。

 ヨシノちゃんは女子皆と仲いいし、後輩の子たちからもカッコいい先輩として一目置かれている。まえに、女の子から告白の手紙をもらったって、言っていたこともあった。

 足取りが重い。

 昇降口まで来た時、肩をポンポンと叩かれた。

 誰だろう、と身構えながら振り向くと。そこにヨシノちゃんの涼しい顔があった。

「やあ、一人で帰るなんて、随分寂しい事するじゃないか」

「ヨシノちゃ~ん…」

 思わず抱き着くと、彼女はよしよしと言いながら腕を回してきた。


「いやぁ、申し訳ないねぇ。ちょっと用事があったものだからさ」

「うんうん、大丈夫だよ。あたしこそ、てっきりヨシノちゃんが先に帰っちゃったんだと思って、帰ろうとしてごめんね」

「いいんだよ。あいつらが間違えるならともかく、小夜なら」

 ヨシノちゃんは小夜の頭をウリウリと撫でまわした。

 帰り道に、松葉くんの家によることに決めた。

 ヨシノちゃんは昼休みに圭司くんに連絡していたらしく、それによると松葉くんの体調はすっかり元通りということらしかった。

 そんなことだろうとは思っていたが、小夜は胸をなでおろした。

 スーパーによるため、いつもとは違ってルートで歩く。両脇に田んぼの広がる道を歩きながら、ヨシノちゃんの横顔を見上げていた。

「人は私の横顔が随分好きらしいね」

「え?」

「今日見た新聞の見出しは、私の正面からの写真ではなく。横顔だったんだよ。それにちょっと前だったかな。松葉が私の横顔を見詰めてきたことがあったね。そして今、君が見ている」

 小夜はカッと顔を赤らめた。

「え、えとね。ヨシノちゃんの顔見てたらなんとなくテレビのこと思い出してね」

「テレビ?」

「うん。松葉くんたちといっしょにテレビ見てたら、ヨシノちゃんが舞台袖から歩いてきてね。すごい、かっこよかったよ。宝塚とか、劇団の人みたいに背筋がピンて伸びてて、すっごくかっこよかった」

「……画面映えにする顔に生まれてきてしまったか」

「ふふふ、そうだね」

 小夜の脳裏にはあの時のヨシノちゃんがまるで、本当に王子様のように見えていた。慄然とした表情や、自分の絵が評価されているときの動じなさなど、同じ年代の女子とはとても思えなかった。

「そのとき、松葉はどうしてた」

「松葉くん?」

 記憶を手繰りよせる。

 テレビにヨシノちゃんが映った。圭司くんは口をぽかんとあけながらテレビに見入っていた。

 そのとき、松葉くんはたしか。

「ただ黙って画面を見てたかな」

 何の表情でもなかった。口を堅く結んで、目を少しだけ大きく見ひらいて。顔色を変えることもなく、つばを飲み込むこともなく、ただ黙ってヨシノちゃんの姿だけを追っていた。

「そうかい」

 こともなさげにヨシノちゃんはつぶやいた。

 なんだか、すこし残念がっているようにも見えた。


「そうだ、さっき何の用事だったの?」

「え?」

 スーパーで飲み物を買っている最中だった。小夜がカゴをもっていたのだが、コーラを入れた時重みでふらついた瞬間、ヨシノちゃんがさっと身体を支えカゴを受け取ってくれた。

「学校で、何の用だったの?」

 何気なく聞いたつもりだったがヨシノちゃんは、ふーむ、とかるく考え込むそぶりを見せた。

「ちょっと、変な話をするよ」

「?」

「小夜にとって、私はどんな人間だい」

「え」

 ヨシノちゃんは笑いながらそう言ったけれど、そこにはなんだか不気味なものが含まれてるみたいだった。

「突然言われても…」

 わたしにとってのヨシノちゃん…

 頭の中でいろいろなことを考えた。

 高校生になって初めて話した時のことや、今までのこと。

「え、えとね。す、すごく高倉健な人かな!」

「高倉健?!」

 勢いあまってなんとなく頭に思い浮かんだことを言ってしまった…。

 高倉健な人って、それどんな言葉だ。普段使わないし。意味わかんないし…

 思わず頬が熱くなる。

 ヨシノちゃんはきょとんとした顔で見つめてくるし。

 お願いだからそんな顔で見ないで。

 目を伏せると静かな笑い声が聞こえた。

 見上げるとヨシノちゃんは口に手をやって小さく笑っていた。

 小夜の頭をなで、カールした紙に指を絡ませてもてあそんだ。

「学校ではあんまりよくないことをしていたかなぁ…」

 そうやって、ごまかしちゃった。

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