第3話 何でもない日2

 良く晴れた日曜日の午前中である。

 夏の快晴はまさしく突き抜けんばかりであり、健全な青少年であれば、青少年のうちにしか済ませられぬ外見を忘れた鬼ごっこや、川泳ぎや、廃墟探索にいそしむべきであるのだが、自堕落を絵に書き連ねたような俺は圭司と共に格闘ゲームにいそしんでいた。

「だいぶ腕上げやがったな、圭司。でもまけねぇよ」

 圭司に初めてこのゲームをやらせたのは丁度一年ほど前だったか、あの時は簡単なコマンド入力すらできないずぶの素人だったのに、今では俺から一ラウンド先取するくらいには強くなった。

 だが、園津出生を許さない俺は、得意のコンボでそのこと如くを打倒すのだった。

 やがて画面にはKOの文字が表示される。

 もちろん俺の勝利である。

 圭司は目頭を押さえながら、ふー、と息を吐き。疲れたといわんばかりに上を見上げた。

「お前に勝っちまったら、それこそ終わりだぜ」

 そう言われてしまうと、返す言葉がない。

「負けて言う言葉がそれかよ」

「はははは、わるかったな。ほんとうのこと言っちまって」

「くうう、おまえぇ」

「来る日も来る日も同じゲームばっかでよ。さすがに飽きがこねぇのか?」

「来るようならやってないわい」

 二人して静かに笑った。

「なー圭司、きょう泊ってけよ、一日中ゲームしようぜ。そっから、夜中に。お前の原チャリで冒険しよう」

「やだよ、明日学校だろ?」

「ふけちまえば、ええやろんなもん」

「サボんのは結構大賛成だがな。あいにく今日の午後からバイトがはいってるんだ」

 圭司のまくられた腕を見た。その太い腕にところどころやけどの跡がある。バイト先のキッチンに入っているとき、油跳ねでいくつもできてしまったのだそうだ。

「今、なんのバイトしてんだっけ?」

「運送会社で荷運びのやつだ。そういや、お前も一年のころやってただろ?」

「あーめちゃ前だな」

 バイトをしていたのは去年の春から秋までの期間である。別に家の経済状況が苦しいというわけではなかったが、どうにもおこずかいが足らなくなってしまったのである。その原因は明らかに油絵であった。

 絵の具や溶液、キャンバスに至るまでアホかと思うぐらいに金がかかる。とくにキャンバスに限っては、がくせいのみぶんでいちいち変えるほどの値段ではないから、練習で段ボールをしようし、本番でキャンバスを使うといった現状だ。

 筆だってずっと使っていればばらけても来る。だがいいものは当然のように高い、しかしながら悪いものを使えば作品に影響が出てくる。

 技術を磨き続けるためにも金が必要であった。

「たしかファミレスかどっかでバイトしてたよな」

「そうそう、油絵の金を稼ぐためにね」

「続けりゃよかった」

「うーん、なかなかな。学業との両立はむずかしいのよ」

「ほお、たいそうな理由だけどよ。おまえその学業の方が結構危ういんじゃねぇのか。前回のやつ、結構下の方だったろ」

「いわんでくれよ、それを」

「それに、どうせむずかしいっていったって。バイトが怠かったってだけの話だろ?」

「うううむ」

「ほら図星だ」

 俺はごろんと横になった。そうして頭の方で腕を組む。

「夢をつかむには何かしら切り捨てにゃならんのよ」

「かっこいいこと言ってるが、何一つかっこよくないぞ」

 蔑んだ目で俺を見下す圭司の眼は、ちょっとばかしたれ目で大きくて、なんだか犬ころみたいだった。長い茶髪も、まんまゴールデンレトリーバーだ。

 勢いよく跳ね起きてその髪をわしゃわしゃとかき回すと、抱え込まれて床へ投げ落とされた。衝撃で部屋が振動するとともに、横に積まれていた本が俺の顔へなだれ込んできた。さっきはゲームで見事KOを果たした俺であったが、現実じゃ全く歯が立たなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る