第2話 なんでもない夜

 家に帰って直ぐ自室へ向かうと、急いでクーラーをつけた。

 鞄をベットへ放り投げ、どたどたと台所に向かう際中、通りかかった洗濯場へ制服を投げつけた。

 冷蔵庫の名から冷えたジュースと、アイスを取り出すと、急いで自室へ向かう。

 冷えつつある部屋の座布団を引き寄せ、その上に座りながら、プレイステーションのスイッチを入れる。やがて、おぞましい起動音をならせたあと、餓狼伝説のタイトルが映し出された。

「この瞬間こそ、至高よな」

 プレステ2が発売されてから何年たったか、大昔とは言えないまでも、一昔前である。親戚の兄ちゃんから譲り受けたこの機体と、どれだけ長い夜を越してきたか。

 俺はジュースを飲み、アイスをかじり、コントローラーをカチカチ言わせる。

 何のこともなき、いつもの夕暮れである。

 画面のキャラクターが、あいや、そいや、言わせているのを見ながら、きっとこの時間に構想とか練っていれば、もっといい作品が出来るんだろうなぁ、って思った。だがそんな考えを吹き飛ばすように、カチカチ動かし続ける。 

 ガンガンにつけたクーラーが、火照った体を冷やしていく。

 ガブリかじり、喉の奥へすとんと落ちるアイスの冷たさが、腹の底で、すうう、と広がった。そして一気にジュースを流し込む。

 さっきまで油絵のせいでいろいろとイカレそうになっていたが、すっかり回復した。

 そうして夜になっていく。



 

 夕飯を食べた後、部屋でゴロゴロとしていた。

 だがむくりを置きあがって、ps脇に積み上げられていたdvdを取り出した。そこにはショーシャンクの空とかかれ、空に向かって大手を広げる雨に濡れた男が映っていた。たしか半年ぐらいまえにヨシノから借りたきりで、そのまま放置していたdvdである。

 借りたことはなんとなく覚えていたのだが、いつか返せばいいやと思っているうちに随分と時間がたってしまった。

「まずったな、あいつ覚えてるかな」

 さすがにそろそろ返した方がいいだろう。

 携帯を手に、ヨシノへ電話を掛けた。

 8コールしたあと、はい、ヨシノ、と返事が返ってきた。

「3コール以内に出ろよ」

「女々しいこと言うなよ。それより、なんだい急に」

「いやさ、お前俺にdvd化したの覚えてる?」

 願わくば記憶に御座いませんと言ってほしい。

「ああ、ショーシャンクの空だろう?前に貸してから、季節を二つ越したね」

「やっぱり覚えていらっしゃいましたか」

「うん。え?なにそれのこと」

「さすがに悪りぃとおもってよ。今度返すわ」

「いや、せっかくだ。今日来い」

「まじ?」

「マジマジ、いやなのか」

「いや、別にいいけど」

「あと、お土産よろしく」

 そういってぶつりと切れた。

 時刻はもう午後8時に迫ろうかという時間だ。

 昼間に比べてかなり気温も落ち着いてはいるが、正直かなり憂鬱だ。

 きっとヨシノは夜になって口淋しくなったから、何か持って来い。と言ってきたのだろう。ちょっとしたパ尻のような体である。

 仕方がないのでズボンとタンクトップを着て、返しに行くことにした。

「おみやか、何にすっかね」

 冷蔵庫の中をガサゴソあさって、奥の方に朽ちかけたガリガリ君の姿を発見した。清浄であれば、長方形の完璧な黄金比を栄がいているその形は、なぜだか潰れたバナナの様な形状をしていた。

 きっと溶け切ったやつを、誰かが冷蔵庫に押し込んだのだろう。

 サンダルを履き外に出た。

 やがて涼しさをともなって芳香が、這ってきた。山裾から木々を抜けるようにして降りてくる冷やりとした冷気が、露わとなった肌をくすぐった。

 濡れた土の匂いがする。

 雲のない、よく腫れた夜空だった。

 濡れた土にの匂いである。

 両脇にある田んぼから、その匂いがする。青々とした稲が、ひとつのかぜにいっせいにそよぶいて波の音を立てていた。そこで、みずしかが鳴いていた。

 きりりと、なく鈴虫もいた。

 遠くに見える山の影が、狸の腹のように、ぼうんと膨らんで見えた。

 やがて坂の上にあるヨシノの家が見えてきた。

 居間の明かりが縁側を伝い、庭先に漏れ出ている。微かであるがテレビの音がする、きっと網戸にしているのだ。

 電話してついたことを知らせようかと思ったとき、玄関の戸ががらりと開いた。ちょっと驚いてそちらを見ると、ヨシノが立っていた。逆光の性で見えずらいが、キャミソールにほっとパンツを履いている。やたらと涼し気な服装だった。

「やあ、ちょっと遅いんじゃないか」

「お前と俺んちじゃ遠いんだよ。ほれ」

 そういって紙袋を差し出す。

 ヨシノは待ってましたとばかりに、袋の中に手を突っ込んだ。そして、変形したガリガリ君を取り出して、袋を向く。そして、いぶかし気に顔をゆがめた。

「おいおい、出来損ないだよこれ」

「我慢してくれよ、それしかなかったんだから」

 本当はいろいろとあったのだが、それを言うのはなんだか癪だった。

 ヨシノはガリガリ君にかじりついた。

「味は普通だな。それより、思い出したみたいに電話してきたな」

「うん、実際思い出したから連絡したんよ。それに暇してたし」

「暇してるなら、勉強でもしたらどうだい、最近芳しくないじゃないか」

「お前とくらべたらだろ。いいんだよ、おれは絵の方でがんばっから」

 ちらりとヨシノの格好を見る。肌の露出といい、かなりのものである。年頃の女が男の前に出る格好とはとてもいいがたかった。

「お前、その露出真みたいな格好辞めろよ、お前の婆さん、そういうの起んだろ」

「気にしない、気にしない、それより、露出の度合いでいったら松葉もそうじゃないか。タントップのサイズあってないからぶかぶかだし」

「いやだ!見ないでよ助平」

 体をよじらせて胸元を隠す。

「見ねぇよ」

 ヨシノはけらけら笑った。

「それで、どうだった?」

「は?」

「ショーシャンクの空、面白かったろ」

 内容を思い出す。

 確か冤罪で逮捕されてしまった元弁護士が、刑務所の中でその知識を働かせながら自らの環境を変えていくっていう始まりだったはずだ。だが、どれだけ変えようとも結局、支配される側であるから、どれだけ自由に近づこうとも自由に離れないし、ほんの少しの悪意で他人の命が奪われるような、そんな映画だったはずだ。

「結構よかったよ。救われない感じが」

「そうだろうそうだろう。小学生の時に、誕生日プレゼントで買ってもらったんだよ。テレビで放送されてるのを見てね。一時期こればっかりみてたなぁ」

「可愛げのねぇガキだな」

「そんなことを言うなよ」

 小学生のころからそんな感じではあった。妙に達観したところがあったし、人が気にならないようなことに熱中して、すぐに飽きていた。

 小学生のころ、川がどこから来ているのか知りたかったらしく。山に入ったまま、2日間見つからないことがあった。街総出で探したが、どこにもいない。季節は冬だったために、いよいよダメかと思われた。

 ヨシノの婆さんがいったん家に帰ったとき、台所の方からガサゴソ音がする。泥棒かと思て恐る恐る除くと、おひつに手を突っ込んで貪り食う姿があったそうだ。全身が真黒だったことから、ツキノワグマだとおもった婆さんは腰を抜かした。

 だが、それはよく見ると、泥だらけになったヨシノだった。

 婆さんが返ってきたことも分からず、ただ二日分の空腹を埋めるために一心不乱に飯を食らい続けていたそうだ。

 ちょっと、偏執的なところがある。

 いまでこそ、落ち着いたが。

「そうだ、ちょっと寄っていくかい?ゲームでもしようよ」

「いや、いいわ。なんか疲れた」

「そっか、それじゃまた」

 そう言って別れた。何だか似たようなことを繰り返しているような気がする。

 この間、なんとなく暇になったのでヨシノを呼び出して明け方までゲームをしていた。そのほかにも、ずっとだべっていたこともある。

 付き合いが長いせいなのか。

 妙に馬が合う生せいなのか。

 そう言う関係が長く続いている。

 一般的な男女の関係ではないと思う。

 ただ単にマブダチと言ってしまえばそれだけの関係だ。

 夜空を見上げながらふらふら歩く、身体の中のじくがふらふらする。頭の上のくせ毛がゆらゆら動く。夏の夜が運んでくる、噛み締めたいような、どこかうそぶくような、だけどもなんだか魅力的な涼しさが、酒のように体に染みた。

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