第24話 夜の散歩にて瑠璃川先輩と遭遇

 波留人は家に帰り不由美と一緒に今日の夕食を済ませ、一人外で夜の散歩をしている。要するに、夜遊びというやつだ。学生ならダメと言われているが、こんな田舎だ。親の買い物とかと言っておけば、多少は許されるだろう。

 俺はいつも通り、財布を上着のシャツのポケットに入れながら、ぼーっと夜の海上町を練り歩く。

 今日は天気予報で夜が肌寒いと聞いていたので、軽くブルー系のチェックのシャツを着て、サンダルで適当にぶらぶらと歩く。


「さぁ、今日はどこを歩くかな」


 俺の家は、海上海岸から数距離離れているとはいえ近い方である。

 だから、海上海岸周辺は間違いなく俺のよく歩く散歩コースである。

 海岸の階段を降りて、一人波打ち際に立つ。

 月明りに照らされる細波は、まるで簡単に消える泡のように儚い。

 次々と迫っては戻るを繰り返す白波は、いつも同じ波にはならない。

 一つ一つが、芸術のようにも見える海に、俺はドビュッシーの月の光が脳内でBGMとして鳴り響くのを感じた。


「……こんなところにいたんだ」

「……瑠璃川先輩?」


 後ろから聞きなれた少女の声がした。

 月明りに照らされて、月白色に輝く彼女の髪を見間違える奴はそうそういない。

 琥珀色の瞳は、まっすぐに俺を見据えている。


「…………どうしたんですか、こんなところで」

「あはは、偶然って奴、なのかな」


 瑠璃川は俺の隣にやってきて、制服姿のまま砂浜の砂の上で座り込む。

 俺は上着を脱いで、彼女の肩にかけた。

 彼女は目を丸くして、俺の上着をそっと片手で触れる。


「……ありがとう」

「気にしないでください」

「……青崎君って、そんなスマートなことできるんだ」

「嫌だったですか?」


 俯く瑠璃川はぎゅっと俺の上着を掴んだ。


「ちょっと、散歩したくてさ。上着忘れてきちゃったんだ。だから、ありがとね」

「……そういう時もあるでしょう」

「あはは……青崎君は、水野ちゃんと知り合いだったの?」

「誰から聞いたんですか?」

「いや、だって水野ちゃんのファンクラブの子たち、今日君になんか抗議してたんでしょ? 学校で叫んでる声聞こえたから、知ってる人の声だったし想像には難くないっていうか」


 瑠璃川先輩はんー、っと顎に人差し指を当てて理由を言った。

 まあ、叫んでるのはファンクラブの男子なのはなんとなくは察していたし、軽くスルーして教室に戻ったしな。

 恨みを買ってしまったような気もしたが、どうでもいい。

 だって、俺は水野と共犯者ではあるが、一番に友達なんだから。

 彼女に下心は一切ない、強いて言うなら美人で綺麗だ―、と見惚れたことが数度ある、というだけの話である。

 後輩だし、うん、下心はない、決して。


「……俺は、ファンクラブというもの事態はよくわからないですけど水野のことを応援するだけならわかります。でも水野に自分たちのイメージを押し付けて縛る、とか言う類のファンなら後でしっかり絞めておこうかとも考えたりもしました」

「? なんで青崎君がそんなことする必要あるの?」

「友達なら、追いかけてる夢の邪魔をしてくる他人がいたら、腹が立つでしょう?」


 ……悪い、水野。

 水野の夢は知らないが、それでも友達としては当然の怒りだと思いたい。

 共犯者、なんてカッコつけたものに憧れはしたりする男子高校生ではあったりするが、友達だと思って接してくれようとする相手に、ひどいことをしようとするかもしれない相手を止めようと思うのは、お前だって許せないはずだろ。


「……そんなに青崎君は水野ちゃんのこと好きなんだ」

「好き? そんなわけ――――」

「え? 逆になんで? だったら、絞める、なんてことはしなくたっていいんじゃない? だって、友達って、軽く浅く―って感じで付き合えればそれでもういいじゃない。それでもう、十分じゃない? 親友とか、そんなに親しい関係になりたいと思ってないならさ」

「瑠璃川先輩が、そんなことを言うイメージではなかったです……どうしたんですか?」

「どうしたも何も、仲良くしたい相手なら話は別だけど、って話をしてるだけじゃない? なんでそんなに青崎君が、水野ちゃんのことそう思ってるのか気になっただけだよ」


 マドンナ、と評されている彼女でもそんなことを口にするのかと、思わず俺も目を見開いてしまった。千種の補足情報で、瑠璃空は苗字あやかり「夜空のように心が広い」……、などと言われるほどの人物。

 ……だが、なんでさっきから水野の話題をしているんだ? 瑠璃川先輩は。

 そこがまず、俺がよくわからない点だが、コミュ力の高い彼女にはあっさりと負けてしまうだろう。


「少なくとも友達じゃなくて、恋人役を頼まれてだけの青崎君がそんなに怒る理由、青崎君はあるとは思えなくてさぁ」

「千種とのやりとり、聞いてたのか?」

「うん、何の話してたの? って、千種君に聞いたらすぐに教えてくれたよ」

「……アイツ」


 はぁ、と重い溜息を零す俺を見て、瑠璃川先輩は不思議そうに首を傾げている。

 ……聞かれていたなら、しかたない。

 だが、人を信用してもらうためにも素直な意見は言うべき、だよな。

 俺は額に手を当てるのをやめて、瑠璃川にはっきりと俺の思っている気持ちを言葉にした。


「……ファンクラブがいた経験はないが、少なくとも、知りもしない他人に勝手なイメージを持たれて水野の夢が押しつぶされるのを想像したら、そいつを殴り飛ばしてやりたいとは思った」


 瑠璃川先輩は俺の方に振り向いて、目を見開いた。

 黒猫の金色の目みたいにびっくりしているな、なんて失礼なことを考えたりしてしまいつつ、彼女はあはは、と乾いた笑みを浮かべる。


「でも、青崎君は水野ちゃんと一回も話してるとこ、見たことないよ?」

「……中学時代、剥離骨折したのは知ってますか?」

「うん、風の噂で」

「俺は、自分の夢を無くした。だから、他人の夢がわかってるなら、それを潰そうとしている奴を殺したくなるくらいに嫌ってる、ってだけの話ですよ」

「うわぁ、物騒……でも、それはそうだよね。青崎君は誰かの夢は応援したい人だよね。知ってるよ。そういう人ってことだけは」


 瑠璃川先輩は立ち上がって、お尻側のスカートについた砂を手で払う。

 満足げに彼女はうんうんと腕を組みながら数回、頷く。


「でも……そっか、そっかそっか。二人はそういう関係だったのかぁ」

「は? 今のでどういう関係とかわかるんですか? 瑠璃川先輩は」

「うん、少なくとも――――殺されちゃうかもしれないのに相手の将来のこととか考えちゃういい人は、きっと私たち神秘側の人間にとっては滅多にお目にかかれないし、出会えないとさえ思うもん」

「は、神秘――――って、まさか」


 瑠璃川は立ち上がると、軍人の敬礼を学生風にアレンジしたポーズで俺に宣言した。


「では、改めて! はじめまして、青崎波留人君! 私は水野瑞帆の親戚兼、シルフのクォーターの瑠璃川うしおです!」


 瑠璃川は満面の笑みで、爆弾を投下してきた。

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