第22話 水野と一緒に下校
二人で静かに歩道を歩いて、長い沈黙が続く。
セミの鳴き声がやけにうるさい中、俺たちの間は静寂を保たれている。
何か話した方が違和感がないだろう、とも思った。
女子と会話したのは家族なら母さんと不由美、学校でいうなら水野一人だけだから彼女のこともよく知っているわけじゃないから、どんな話題が彼女の好みなのかも知らない。要は、話題のストックがないからまた無言である、ということである。
彼女には悪いと思いながらも、ない頭を必死に回した。
ちらっと水野を見ると彼女は今もまだ優等生モードなのか口角を上げている。
「…………」
波留人は何も言わず、目線だけ彼女に向ける。
俺が今日感じたことを客観的に彼女を観察した結果、結論が一つある。
さっきの玄関のところでも首を傾げる角度も、鞄の持ち手をそっと触れながら笑顔を浮かべるのはきっと計算された笑顔だった。
彼女の笑みに関して擬態して溶け込むための技術が高く見える。
猫被り、とかはあまり言いたくないんだが彼女の擬態は俺から見ても完璧だと思ったからだ。
「何か?」
「いや、……なんでもない」
車道側に立って瑞帆の歩調を合わせながら歩く中、じっと俺の目線が気になったのか、俺には視線を彼女から前方へと向ける。
すると、からかっている声色で彼女は俺に質問してくる。
「青崎先輩は、女の子と話すのは苦手ですか?」
「苦手、というか、経験不足なだけだ。女子の好きな話題なんて、妹が好きな物くらいしか知らないし」
「……妹さんがいらっしゃるんですか?」
水野は一瞬目を見開いて、驚いたように横から俺の顔を覗き込む。
進む足を止めて、俺は首に手を当てた。
今日は天気予報でも涼しい方だって言っていたはずなのに暑い。
手からも汗が出ているのを感じて、妙に気持ち悪かった。
……? 前の時に妹がいるのは知っているはずなのに、なんで聞くんだろう。
あ、もしかして、違和感のないように聞いておきたい、ってことか?
俺は周囲を確認して、彼女のファンクラブがいないかどうか確認してから口にした。
「その、不由美っていうんだが……」
「春が兄なら、冬が妹さんなんですね」
「ああ、父さんが昔言ってたんだが最初につける名前の子はハルって名前が入っててほしいって母さんが押し切ったらしくてな」
「そうなんですか……じゃあ、不由美ちゃんの前には二人の妹か弟がいたりするんですか?」
「ああ……本当ならそうなるはずだったんだが、二人とも流産してな。最終的に不由美を産んでから、母さんは父さんと一緒に交通事故で亡くなったんだ」
「……すみません、無粋に聞いてしまって」
「いや、いいよ。逆に不由美がいてくれたら、俺はクズにならないで済めているわけだしな」
俺は空を見上げて、死んだ両親がきっと言いそうな言葉を頭の中で反芻していた。
きっと、不由美だけじゃなく水野のおかげで、俺は生きているわけだから。
感謝、しないとおかしいのかもな。
あんな言葉を水野の前で言ってしまったけど、あの時の気持ちはそれほど変わってはいない。不由美が死んだら、本当に俺が生きる希望をなくしてしまうから。
だから、言った、言ってしまった……ただ、それだけの話なのだから。
「……そうですか、ちなみに不由美ちゃんってどういう子なんですか?」
「可愛いよ。臆病で、でも素直で感情的で、俺にはできないところをたくさん持ってる大切な妹だ」
「なら、なおさら。死んだりして不由美ちゃんを泣かせるわけにはいきませんね」
「…………そう、だな」
水野の一言が、重く突き刺さる。
さっきまでと変わらず笑顔だが、彼女が内心、本当は怒ってるんじゃないかと疑ってしまう。あんなに俺なんかのために怒鳴ってくれる人なんて、千種以来だった。
「とりあえず、家まで送っていくがそれでいいか?」
「はい、お願いします」
そうして、俺と水野は自分の家へと、帰れる居場所へと踏み出した。
俺は水野の目を隣から見つめた。
澄んだ海のような彼女に、気高い魂を見せる彼女に嫉妬を覚える。
水野瑞帆に、羨ましいと思ってしまうのは。
彼女に羨望の視線で向けてしまうのは。
水野瑞帆に、恨めしいと感じてしまうのは。
……彼女に憎悪に似た激情に襲われるのは昔の俺を思い出すから。
彼女がまだ夢を追えるキラキラと透明に光る尾鰭を持っているから、最初彼女を見た時に感じたからかもしれない。
「? どうかしましたか?」
「……なんでもない」
「ふふ、変な青崎先輩」
俺は立ち止まると、彼女は顎に手を当ててくすりと、微笑んだ。
水野はそのまま、向こうへと進んでいく。
「……お前は、すごいよ」
俺は水野にも聞こえないように小声で呟く。
彼女は俺とは違う、透明のハゥフルなんだ。
好きなように夢へと泳いで行ける、そういう人間なんだ。
だから彼女の可能性のある未来を踏み潰す誰かがいるなら、俺は許してはならない……夢を追えなくなった彼女の共犯者として。
俺はどうしようもない燻ぶった黒い感情を、アスファルトでできた道路で踏みつぶしていった。
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