第15話 海上海岸にて連絡先交換
俺は水野と一緒に夜の海上町を歩き出す。
彼女のスッキリとした足をより強調するよう、青いロングスカートが風に揺れている。少し夏にしては冷える夜に彼女の黒髪が闇夜に容易に溶け込んでいた。
星と月の光で、彼女の存在をより強調しているようにさえ感じる。
「……それで、波留人」
「二人の時は名前で呼ぶことにしたのか?」
「ええ、そうよ」
「……そっか」
二人の間にすぐ静寂が生まれる。
嫌いな沈黙ではないが、胸に少し緊張が走る。
彼女がなんのために俺を呼んだのか、が気になるからでもある。
サンダルで踏み出す歩道のコンクリートがやけに固く思えた。
潮の香りがだんだん強くなる中、後ろを振り返らずに水野は俺に尋ねる。
「貴方は呼ばないの」
「共犯者ではあるかもしれないが、恋人じゃないだろ?」
「……それもそうね」
水野は当然とも聞こえる声で囁いた。
海上海岸から聞こえてくる波飛沫の音が、俺たちの間の空気を繋いでいる。
歩道から、階段の方へと下って行って青白い光を纏った砂浜の所までやって来ると、彼女はようやく俺の方に身体を向けた。
「それじゃ、本日の要件を言わせてもらうわ」
「……ああ」
「お父様から、貴方が私たちの秘密を守ってくれるなら、貴方の妹の将来の寄付はするって言ってたわ」
「……そう、なのか」
水野は後ろで腕を組みながら、俺にはっきりと宣言した。
……水野のお父さん、怖い人だと思ったけど優しんだな。
と言っても、娘に先輩を殺させようとしたのだから怖い人、というイメージは拭いきれてはいないが。
水野は、不思議そうに俺の顔を覗いてくる。
「……もっと動揺するのかと思ったわ」
「動揺しすぎる俺は、逆に俺っぽくなくないか?」
「それも、そうかもしれないわね……でも、昨日は怒っていたように見えたけど?」
「あれは……すまん、俺もちょっと感情的になった」
「認めるのね」
くすっと笑う水野は、少し嬉しそうというより、企みが成功した悪代官っぽい笑顔だ。いや、あんなにいやそうな顔をしているって意味じゃないけど、なんとなくそれっぽい。
「要件ってそれだけか?」
質問する俺に、水のは自分の白いスマホを取り出した。
「連絡先教えて。昨日は無理だったから」
「……だと思ったよ」
俺はすっとズボンのポケットから紺色のカバーを付けたスマホを取り出す。
電話帳で書かれてあるのはうちの家の電話番号だけだ。
俺としても、今後のことを話すとしたら連絡先を交換しないと話にならない。
「……水野はカバーつけないんだな」
水野のスマホは、本体をそのまま手にしている。
俺の場合、千種がふざけて変な写真をラインでたまに送ってくるので、不由美の精神衛生上のためにわざとつけている。後は、不由美に教えられない生活費などの一か月の総額とかを見られないためにという用心も兼ねている。
水野がお嬢様、なのか俺的にはよくわかってないけどなんで水野はカバーを付けてないんだろう?
「つける理由がないもの。私、友人なんて作ってこなかったし、強いて言うなら貴方以外の人は今のところ作る予定はないわ」
「……そっか」
波留人の疑問に、すぐ水野は答えた。
つまり……俺が、彼女の友人第一号ってことになるのか?
だとしたら、ちょっと嬉しい。
女友達がいたら、不由美が今後のことで相談しやすくなるだろうし……って、まず水野を不由美に会わせてもいないんだった。
明らかに不由美関連のことを押し付けてしまうのはよくないよな。
俺は深くは言わずに、お互いに連絡先を交換し終えると、水野はじ、っとスマホの画面を見る。
「どうした?」
「な、なんでもないわっ」
「……?」
水野は俺が声をかけると、慌てて後ろに向いた。
なんだか嬉しそうに、胸元に抱えている。
別に隠すような物なんてないだろうに……変な水野。
ハッ、と我に返ったのか、水野は一度咳払いをする。
「と、とにかく今日はもう帰りましょう。今度から、これでお互いやりとりができるわけだし」
「そうだな……家まで送るよ」
「遠いでしょう? 無理しなくとも」
「俺は迷子の女の子を家に送るって話を妹としたんだ、あまりにも急に帰ったら不由美に疑問に思われる」
「……もう少し、違和感のない理由にできなかったの?」
「だって、水野は女の子じゃないか」
「っ、そ……そういうことじゃないでしょう!?」
水野は顔を真っ赤にして反論した。
不由美にはいい理由だったと思うんだが……水野はどうやらそう思ってくれないらしい。女の子の扱いは難しいって父さんも言ってたよな。
でも、これだけは聞きたい。
「なんで赤くなってるんだ?」
「貴方がおかしいことを口走るからでしょう……もう」
「水野と友人らしいやり取りができるのは嬉しいよ」
女友達なんて初めてだけど、父さんも爺ちゃんも言っていたが、基本女性には優しく、というのは昔から叩き込まれている。
「貴方……天然って言われない?」
「千種からは、素直クールと呼ばれたぞ」
「知らないわよ、そんな単語……はぁ、とにかく、リードしてくださる?」
「もちろんだ」
頷いて答えたら、水野はフッ、っと穏やかに微笑んだ。
美少女の笑顔、というより水野の笑顔は大輪の花や豪華な花っていうより、一輪の儚い花のような美しさがあった。美少女の笑顔というものは、やはり花があってきれいな物なんだなと再確認した。
瑞帆と波留人は一緒に夜の町の中へと踏み出していく。
「あ、そういえばお前後輩だったんだな」
「……今更気づいたの?」
会場海岸通りに沿って俺たちは砂浜からコンクリートの歩道に上がって、蝉の鳴き声を耳にしながら口にした。水野は歩いたまま少し不満そうに言う。
「いや、後輩というより同級生だと思ってたくらいだったから、意外だなと」
「……そう、変? 私がこの口調は」
「いや、それが本来のお前の性格なんだっていうなら、うれしいとは思うよ。友達に素を見せてくれてるってことだろ」
「……友達友達って、貴方そんなに友達いないの?」
「はっきり言って、同級生の千種以外の男友達はいない。女友達なら、水野一人しかいない。俺の人生で知ってる友達は水野と千種だけだ」
「……っ、なによ、その言い方」
水野は俺がいる後ろを向いて、ジトっとした視線を向ける。
波留人は立ち止まり、瑞帆の視線の意図を理解するために思考しながら軽くズボンのぽっけに片手を突っ込んだ。
何か彼女の気に障るような言葉は言ってないような気がするんだが……もしかして、水野は俺のこと友達って思えてもらってない、とかか?
水野さんとか敬語使って呼んでないんだし……ダメだったろうか、でも水野のそういう表情は、友達だからこそしてくれるんだと思いたい。
「……なんで黙るの?」
「俺が初めてできた女友達は、水野だけだ」
「…………貴方、普段からそういう言い回しをしているの?」
「今でも千種にたまに注意される程度だな、上から目線だったか?」
「そういうことじゃなくて…………はぁ、まあいいわ。貴方がそういう人なんだと理解するようにする」
水野は重い溜息を吐いて、一人で先に歩き始める。
俺は気に入られたいからこういう言い回しをしているとかそういうわけじゃないって水野にもわかってほしいけど、無理……なのだろうか。
はっきり言うと、俺は鉄仮面というか感情が顔に出ないし、目も釣り目だから、怖がられている自覚もある。他の生徒よりも身長は高い方だし……きっと威圧感もある。だから、水野みたいに素で接してくれる相手は貴重だ。
口下手ながらも、俺なりに噛み砕いて水野に伝えることにした。
「……少なくとも、俺にとっては水野は良いやつだぞ」
ピク、っと水野の肩が揺れた。
彼女の瞳のウルトラマリンブルーの瞳も揺れたの感じた。
「……貴方、殺されかけたの忘れたの?」
「忘れてないよ」
「じゃあ、やっぱり友達より、共犯者同士であろうとするのが自然じゃない?」
「けど、水野は俺の本音を知ってるだろ? あれは、千種にだって教えてない」
「親友よりも?」
「そうだ」
「…………ふーん、そう。そうなの」
水野は口元に手を当てているが、わずかに見える角度から、彼女の口角が上がっているのが見える。
……そんな変なことを口にしただろうか。
「? おかしなこと、言ったか?」
「普通、そういう悩みは親友にも話すことじゃない?」
「千種は、友達だ。気のいい、友達なんだ。だから、迷惑はかけたくない」
「そう、じゃあやっぱりそれも私と貴方だけの秘密ね」
「……そう、だな」
水野はもう一度前へと歩き始めて、俺も遅れて彼女の後を追いかける。
以降は他愛ない会話はせず、はっきり言ってほぼ無言だった空気はいやな感覚にはならなかった。波音が響く今日の夜は、いつもより青みがかっていて一人で家に帰る時の夜より、孤独感がない。
誰かと一緒に夜の町を歩くのは、きっと父さんたちなら夜遊びと、叱られてことだろう。けど、こんな夜も、悪くない――――――そう、俺は思う。
水野を家まで送ってからコンビニでプリンを買ってから家に帰宅すると、外から見て家の明かりが消えているのを確認して、不由美はもう眠っているのだと察した。
俺は不由美のお気に入りのシールが張られた階段を上がっていって、俺のアザーブルー色のネームプレートがカランと鳴る音を聞きながら自室に入った。
学校の教材の準備を終わらせてから部屋着に着替え、俺はベットの海へと沈んだ。
「……寝る、か」
波留人は、眠気に誘われながら呟いて、カーテンから差し込む月明りを目に漢字ながら眠りについた。
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