第11話 頭が痛い現状
あの後、俺は水野のボディガードに車で自宅まで送ってもらった。
……ボディガード、と言う奴がかなり無口な奴なのは漫画の世界だけだと思っていたが、意外と現実とさして違いはないようで内心驚かされた。
事実は小説よりも奇なり、ということわざを言った英国の詩人バイロンの言葉が頭に過ぎたのをよく覚えている。
「…………ふぅ」
一人、机にもたれながら重い息を吐く自分に視線を注ぐ者はいない。
こういうホッとできる時間は、学校内ではおそらく校門が開かれた早朝のタイミングにしか体感できないだろう。
不由美には家に「千種に呼ばれたから、先に学校行ってる。テーブルに朝ごはんあるから食べてくれ」とメモを書いておいたし、アイツが寝ている間に頭を撫でてやってから学校に来た……兄としての務めは、全うしていると思いたい。
目がやけに冴えて、朝早く学校に来た波留人がいる教室はやけに物静かだ。
蝉の鳴き声がやけに耳に残らないのはきっと昨日のことで頭の思考を囚われているからとも感じられる。本当は、夢だったのではないかと思いたくなる衝動が頭痛となって襲ってくる。
「……後で、頭痛薬買ってくるか」
口の中から溢れるあくびを吐き出しながら目を擦る。
結局、水野のことを知って色々驚かされてなかなか寝付けなかったしな。
……まあ、最後に「お嬢に変なことしたら、当主様の命令じゃなくても殺しますよ」と、脅された時は、ヤクザなのか? とか、突っ込みたくなるのをぐっと飲みこんで「はい、心に留めておきます」と言ったのは、未だに正しかったのか……色々ありすぎて冷静ですらなかった気もする。
水野の前で、不由美の前でさえ口にしまいと隠し続けてきた本音を口にしてしまったのは、情けないと思う。水野を納得させるためだったとはいえ、あそこまで吐露しなくてもよかったような気がしてくる。
「情けない、な」
俺は片手を頭に当てて項垂れた。
情けなさに、滑稽さに。
……もしかしたら、彼女が自分を口実にして楽になろうとしてる、と。
不由美がまるで、俺の人生で重みに感じていたかもしれないと、よくよく考えれば、そう受け取られても仕方のないことを口にしていたかもしれない。
そんなこと、ないはずなのに。そんなこと、あるわけないのに。
「別の夢なんて……俺なんかが、追えるわけないのに」
俺は自分自身に嘲笑した。
水野のおかげで生き延びる選択肢を選んでしまった俺にこれからできるのは、不由美のために自分の我儘を捨てて全部不由美のために金を稼がなくちゃいけなくなる。
水野父は妹の保証はすると言ってくれていたから、ギリギリ金のことは何とかなると思いたい。
「……ダイジョブ? 青崎」
一瞬、落ち着いた声をかけてくる言葉に俺は顔にやっていた手を離し戸惑いながら隣を見る。この恐る恐る小さく心配してくる声色は、耳馴染みがある。
「……
少し寝不足なのか、目元に少しの隈ができている水銀色のように滑らかであるが鋭さもある瞳の少女が、俺を心配そうに自分の席から顔を窺っている。
いつも彼女ならよく遅刻してくる彼女にしては珍しく学校に登校していた。
安っぽい黒のヘッドフォンを黒いセミロングの髪から覗かせる。
彼女は
俺は彼女と話すことはあまり多くはないが、千種がパソコン部に行こうとか言われた時、彼女のタイミングの速度には感動を覚えた。
何も答えなければ、彼女も困るだろうから俺はとりあえず質問を投げかける。
「どうした、急に」
「その……頭抑えてたみたいだったからさ。頭痛薬あるけど、使う?」
「…………少し、もらっていいか」
「うん、ちょっと待っててー」
俺はだんだん頭蓋に響く痛みを少しでも和らげたくて彼女の問いに頷くことにした。俺は頭を抑えながら尋ねると彼女は鞄を漁り始めると、市販の頭痛薬を俺に差し出してきた。
「はい、どうぞ」
「悪い、今度何か礼をする」
「いいよ、無理しなくていいから。こういうのは、甘んじて受け取っておくと得が多いんだよ? アタシの実体験がソースね」
「…………そういうことなら、ありがたくもらっとく」
生雲に頭を軽く下げてから、波留人は差し出された頭痛薬を受け取った。
虹美は歯を見せながら波留人に笑みを見せる。
「もしまた痛くなったらいつでも言いいなよぉ、いつでも貸してやるからさっ」
「ああ、ありがとな」
生雲は気を遣わせないよう笑い飛ばしてくれる笑顔に素直に感謝した。
「あ、アタシ今から美術室に行ってくるから、今日は無理するなよー? 青崎っ」
「ああ」
俺は、生雲にもらった頭痛薬の錠剤を手に水飲み場まで向かって薬を飲むことにした。そして、放課後に炭酸水でも買って飲むことにしようと決意した。
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