第9話 水野の家へ
おそらく目的地である水野の家がもうすぐなのか、漆黒の門扉を通り抜ける。
車が停車して、水野のお父さんはボディガードにフロントドアを開けてもらって車から出た。
「何をしているんだい? 出たまえ」
「……はい」
水野父に促され、俺も車から降りる。
降りれば目の前に飛び込んでくる光景に畏怖の念を抱いた。
扉は繊細な泡のような青色の模様が刻まれた月白色の扉が見える。
青藍色の三角屋根は人魚になった水野の尾鰭の思わせ、月明かりで噴水が反射した光が死んだ人の青白い肌にも似ている屋敷の壁がより恐怖心を煽らせる。
建物の中のライトがないせいか、より不気味さを際立たせている。それともそれとも心地の良い海水の水音と、暑苦しさを感じさせる蝉時雨が聞こえるせいか。
一体、この屋敷の中に入ったら一体何が待っているのだろう。
まるで、遊園地のお化け屋敷よりも怖いところに踏み込んだんではなかろうかと心が縮こまるのは水野父に悟られないように鉄仮面を装うことにした。
「どうかしたかい?」
「いえ、素敵な家かと」
「…………はは、もうこの時間は基本的に我が家では就寝時間でね。お化け屋敷だと思ったかい」
「……………うちは貧乏な方だと思うので、ちょっと水野さんの自宅の大きさに少し驚いてしまいました」
「君、我が家のことは知らないのかい?」
「たった二日間くらいしかまともなやりとりをしたことがないので……金持ち、というのは親友から聞いていましたが、ここまでとは思ってなくて」
「……そうか、それじゃ行こう。
「はっ」
パチンと指を鳴らして、氷室と呼ばれたボディガードは玄関の扉を開けていく。
水野父は氷室さんが開けるのを少し待ってから俺に視線を送る。
俺は頷き、屋敷の中に入った。
中に執事らしき
「
「はい、執務室にいらっしゃられます」
舟生さんは俺が視線を向けるとニッコリと微笑んだ。
社会経験のまだまだ浅い俺には、それがどういう意図なのかは判断できなかったが嫌な意味ではないとは思った。
氷室という人は、後ろに下がり俺の後をついてくる。
理由はなんとなく察せるけど深堀したらいけないのは感じゃなくてもわかる。とにかく、殺されないということなのなら家に無事に返してもらうことに期待しながら、俺たちは執務室に向かった。
建物の中も白と青を基準としたかのような作りになっていて、なんだか海外の番組で見た白か何かにいる気分にすらさせられる。長く青い絨毯の通路が続く中、舟生さんは目的地の執務室に着いたのかドアノブを捻る。
開かれたその場所には、水野が一人だけ底に立っていた。
「――――――――青崎くん」
鈴が鳴った音色のような声色の彼女の瞳の奥が、震えているのを感じた。
「水野、大丈夫だ。俺はまだ死んでない」
「………っ、ええ」
涙がこみ上げそうになったのか、彼女は自分の瞼を拭った。
嫌味のつもりはもちろんない。水野のお父さんに殺されていたかもしれないという不安を拭おうと思って出た言葉だったのだから。
彼女も、気づいてくれたと期待したい。拭われた瞳には、もう怯える色はなく、まっすぐに澄んだ彼女の瞳がはっきり伝わってくる。
「……仲がいいみたいだね、二人は。仲良くなってまだ間もないだろうに」
知らぬ間に椅子に腰かけ、執務机に両ひざを立てて俺たちに水野父は笑いかけていた。
それは言えてますね、と口に出そうとしたのを無理矢理唇を噛んで言葉を殺す。
よくよく彼の目を見ればその瞳は獰猛な獣、いやファンタジーや世界の伝説上に出てくる神話生物の中の一匹である人魚としての睨みを見た気がした。陸であるはずなのに、まるで海を彷彿とさせるこの屋敷の中は、彼らにとっては海の中の住処に当たるに決まっている。
……その中で、自分の子供に手を出そうとする
「……すみません、そういうつもりでは」
「いいよ、ただ私の娘に私の前で変なことをするのは今やめておくべきだね」
「お父様、彼をあまりからかわないでください」
「あはは、ごめんね。瑞帆……けど、私はまだ彼を全て見極めたわけじゃない。絶対に裏切らない人間だという絶対的な確証を得るためには、こうでもしなくてはね」
水野父は指を鳴らすと、彼の背後からモニターがゆっくりと降りてくる。
『……すぅ、んー……お兄ぃ……ん』
画面に映し出されたのは、茶髪の少女が映し出されていた。
かわいらしいピンク色の布団ですうすうと寝息を立てている少女は見覚えがある。しかも、彼女の周りにはたくさんのぬいぐるみがベットに置かれ、俺が彼女にクレーンゲームで取ったピンクのイルカのぬいぐるみもそこにあった。
見知ったこの部屋に覚えがないはずがない。
「不由美!?」
「……誰?」
「俺の、妹だ」
「……!!」
瑞帆が隣で目を見開いている様子よりも、俺は画面に釘付けだった。
流れている映像はおそらく水野父の部下が撮っている、と思ってもいいだろう。
俺は焦燥感に駆られ、思わず水野父に声を荒げる。
「何をする気だ……!!」
「これは臆病な我々ができる、君への脅迫だ。理解してもらえるね」
「お父様、一体何を考えて……!!」
「お前は黙っていなさい、私は彼と相談をしているんだ」
「……っ」
水野は水野父の圧に負け、黙り込む。
彼女の父親の目は、おそらく当主としての問答を邪魔するな、という意味なのだろう。
「君は確か、自分の妹が生きているなら自分は死んでもいいと言っていたね」
「……はい、そうです」
「君の知人、恋人、家族にたった少しでも我々の存在に気づかれた時、君の妹は我々が殺す……そこまでの脅しがあれば、君は絶対に私の娘のために行動してくれるよね?」
「……そんなことしなくても、俺は水野さんの秘密をばらさないように動くつもりです」
「それは、我々に絶対だと誓えるのかな?」
「……はい」
「それじゃあ、もし他の人が気づいたらその人物は君が殺しなさい」
「――――――!! それは、なぜですか」
「私の娘の手を汚したくないんだろう? それに君は足を骨折してから、将来の夢だった水泳選手の夢を諦めたそうじゃないか。少年院に私の娘を入れたくないなら、できるよね? 君の将来の夢は、もう途絶えてしまったのだから」
「……っ」
バラさなければ、不由美は殺されない。
だったら、俺はそう答えればいいだけじゃないか。
……絶対に彼女の秘密を守り抜けば、俺のたった一人の家族が、殺されなくて済むんだったら、それでいいじゃないか。
それに、水野に人殺しをしてほしくないなら、こんな夢のない俺の人生なんて所詮は白紙になって踏み潰されているのだから、なんら変わりはない。
……ここは、腹を決めよう。
「わかり、ました……だから、妹は殺さないでください。水野さんの秘密が誰かにバレた時、俺がそいつを殺します」
俺は拳を血が出そうなくらい拳を強く握る。
今の自分にこれ以外の選択肢なんて、他にはない。
他に、ないんだ。
「……いえ、そういうわけにはいきません。お父様」
「……水野、さん?」
彼女は、俺の前に立ち俺の両手をそっと握る。
「――――青崎くん、貴方の恋人になる代わりに私の秘密は誰にも言わないでくれる?」
それは、爆弾よりも恐ろしい核兵器に等しい言葉が投下された。
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