第6話 海にて

 千種とゲーセンにて、クレーンゲームで大量のぬいぐるみを獲得した。

 千種が学校で取ると言っていたとあるぬいぐるみを見せつけられた時は、思わず笑ってしまったが、こういう友人を持てて悪くないと思っている。

 他にもアニメや漫画のキャラクターのフィギュアもあったが、とりあえずピンクのウサギのぬいぐるみとブルーのペンギンのぬいぐるみは今回一番の戦利品だった。

プレゼント用の包装紙や飾りを買っているところを千種に見られた時は少し焦ったが、千種はふぅーんと言っただけで特に問いただしては来なかった。

 俺は心の中で胸を撫で下ろした。

 千種は勘が鋭いが、土足で踏み荒らすような詮索する男ではない。千種と一緒に帰路に就く中、くだらないことを駄弁りながら別れ、家へとたどり着いた。

 俺は玄関に入ると、不由美の声と足音が近づいてくるのを感じる。


「あー! お兄、今日は何を取ってきたの―?」


 不由美は楽しみにしていたと匂わせる発言を聞いて、俺はピンときた。


「……千種が教えたな?」

「ぎ、ぎくぅ……っ!! な、なぜ見破った!?」


 これは推測だが、おそらく不由美が昨日俺に怒ったことを言い過ぎたかなと思って千種に相談した、的なことなのだろうとすぐ察せた。

 なぜそんなことがわかるのかと言われたら、千種と親友になってから不由美が俺に怒ったことを千種に話していることが度々あったのを目撃していたからだ。嘘が下手な不由美は気づいてないかもしれないが、記憶力と感が悪くないと自負している自分にとっては、本人が口にするまでは黙っていると決めている。


「さぁ? どうしただと思う?」

「教えてよ、お兄!」

「教えてやらない」

「くぅー!! お兄のいじわるぅー!!」


 後々千種から聞いたとかで千種の心象を悪くしないための処置でもある。

 波留人は、無言の状態でいても納得しないと思ったためはっきりと言い切る。

 むぅーと顔を膨らませて、腕をぶんぶん降る妹に頭を撫でる。


「とりあえず、今日の晩飯何が食べたい?」

「んーと……えへへ、あ! きゅうりの漬物!」

「お前それ好きだよな、主食になりません」

「えーと、えーと……お兄! 頭撫ですぎちゃダメ!! えへへーってなって考えられなくなる!」

「はいはい」


 俺は不由美の頭から手をどけると、んーと腕を組んで悩む妹の前でとりあえず靴を脱ぐ。両足を式台に乗せてからスニーカーのプルタブのある部分を掴んで靴を揃えてから、俺は家へと上がった。


「顔がブサイクになってるぞ」

「ん? お兄! 女の子に向かって失礼だよ!? だから千種お兄みたいにモテないんだよ!!」

「じゃあはやく決めないともっと言っちゃうかもしれないな」

「う、うぐぐぐぐ……!!」


 不由美は両手の拳を強く握って、俺に全力悔しがった。俺はとりあえず冷蔵庫を確認しに行こうとすると、急に不由美がシャツの裾を掴んで来た。


「お兄! 冷やし中華食べたい!」

「……麺がないな」

「買いに行こ? 今日は一緒に行く!」

「わかった、おやつは500円までだぞ」

「はーい!」


 その日の晩、不由美とキュウリたっぷりの冷やし中華を食べた。

 漬物も軽く作ってやったので、不由美は大喜びしていた。

 俺と不由美は食べ終わった後、食器を片付けて不由美は俺がお湯を入れておいた風呂に入っている。


 ――――行くなら、今か。

 

 俺は母さんと父さんの写真立てがある仏壇に、両手を合わせる。


「行ってくる、母さん。父さん」


 俺は居間の上着掛けからウィンドブレーカーを羽織る。

 念のためポケットにスマホを忍ばせて。

 不由美には、いつもの日課だからあまり心配することはないだろう。

 俺は玄関を出て、水野と約束した海上海岸まで向かった。町の街灯やそれぞれの家の光ではっきりと道がわかる。自宅から海上海岸は5キロ程度。

 まあまあの距離だが、いつも夜の散歩を歩き慣れている自分からすればそれほど遠くはない。


「水野とスマホの連絡先交換しておけばよかったかな」


 少しでも待たせてしまないように、少し急ぎ足で行くことにした。

 ぽそりと呟いた声は、涼やかな夏の夜の風に消えていく。

 瑠璃色の澄んだ夜空は、白い輝きを持つ星々が点々と輝いた。海上町は環境汚染の対策が徹底され、田舎というのもあるがなかなか夜空の美しさには定評がある。

 そろそろ海上海岸が見えてくるころだろう。

 どこからか、聞き惚れてしまう歌が聞こえる。

 この歌は、もしかしたら彼女なのだろうか。


「水野……?」


 海上海岸に着いて、白いワンピースを着た黒髪の少女が砂浜で立っているのが見えた。階段を下りて行き、俺は彼女に声をかける。


「水野、待たせたな」

「いいえ。私も来たばかりよ」


 彼女は歌うのをやめて髪を靡かせながらこちらを振り返る。

 その一連の様を見て、些細な仕草が本当に女性的な彼女に少し意識してしまう。

 何とか出た声がそっけなくて、彼女が気にしないか少し冷や冷やした。


「……それなら、よかった」

「それよりごめんなさい、二度手間をかけてしまって」

「いいよ、君は俺のことを考えたくれた上での行動だったんだろ」

「そう思ってくれるのは嬉しいけれど……ここで、本当に話してもいいかしら」

「ああ、座りながらでも話さないか? ずっと立ちっぱなしも辛いだろ」


 俺はウィンドブレイカーを砂浜に敷いて、彼女に座るのを促す。


「……貴方はいいの?」

「ああ、気にしないでくれ。たまに砂浜で海を眺めることもあるから慣れてるしな」

「そう……本当にごめんなさい、でも、ありがとう」


 彼女はそういうと、俺の上着を下にして座った。

 俺はそのまま砂浜に座る。

 波風が頬を撫でて、ゆらゆらと海面の光が俺たちを照らしていた。

 星々と月の光を浴びた水面みなもは幻想的に映る。


「それで、教えてもらえるか?」

「――――――ええ、そのつもりで来たのだもの」


 水野はゆっくりと俺に説明を始めてくれた。

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