願い

鏡を見ながら太夫は、気に入りの紅を軽く引いて、自分の顔をじっくりと眺めた。


以前と大して変わらず、美しい顔に見えたがなんだか陰がついたようだ。


いやに不思議な気持ちがするのだ。


この夏はむしむしと体にまとわりついて熱いのに、

心だけは何だか肚の方までにずしりと落ちて、ザワザワと凍えるようだ。


こんな街のどこで鳴くのか、セミの声がうるさい。


部屋があんまり暗くて暑くてジメジメと湿るので太夫は窓を開けたくなった。


期待など決してしていた訳では無いのだ・・・。


期待など・・・。


あの娘さんに怒られてきっともうここになど来ないに違いない。


最後に見た時だって、ここをこんなところと呼んでいた。







どうか彼がいませんように・・・。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る